記憶と音と春の色

花楠彾生

プロローグ


 巡り巡る血液を透かす光。その眩しさに私は思わず目を細めた。すると後ろからザーッと風が吹いて、花の柔らかな香りが鼻腔を満たした。

 冷たいものが鼻先へポツリと落ちた。私はビクリと肩を震わせながら、目を見開いた。

 先程までの眩しさはどこへやら。そこには、大きな桜の木がそびえ立っていた。柔らかな花弁を満開にし、それは雨雲の中でも美しく見えた。

 そうだ。雨が降っているのだ。でも、不思議とあの湿り気の多い嫌な匂いはしない。その代わり、花の匂いがする。

「ねぇ。私の事を迎えてくれたんだよね」

 震えた小さな声。数秒後、それが私の声だと初めて認識した。

 不思議な感覚だ。現実に限りなく近いのに、まるで夢みたいだ。夢の中にいるようだ。

「……夢、だ」

 そう。夢だ。これは私、三波小春みなみこはるの夢の中だ。

「でもあの花は……」

 春に満たされる草原を見守るように立つあの桜。その桃色の花弁たちが風に乗り私を迎えてくれた。

「あそこに居るんだよね。君はそこに居るんだよね?」

 あの優しい花に、私は惚れてしまった。だから、

(まだ起きたくない)

 と、木に近付こうとした。

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