ぼくはくろっち

@koukou1

第1話 「ぼくはくろっち」

 ぼくはくろっち。

 黒柴のくろっち。

 黒柴って、何って?

あれ、しらないの?

黒い色の 柴犬のことだよ。

 柴犬はね 茶色が多いけど、ぼくはね、黒い色なんだ。

 黒い色は かっこいいんだ。

 顔がきりっとするからね。

 だってね、かよママが 

 ぼくはかっこいいって、ハンサムだよって いつも いってくれるんだ。

 えっ?ハンサムって 何って?

 うーん。なんだろう、、。

 かっこいいってことじゃないかな。

 とにかくぼくは 黒柴で、かっこいいんだよ。

 えっ?かよママって 誰って?

 あれっ。知らないの。

 あのね、かよママはね、ぼくのママだよ。

 ママってね、あったかいんだよ。

 いい においもするんだ。

 それからね けんいちパパもいるよ。

 ぼくたち 3人 一緒なんだ。

 かよママもけんいちパパも、とってもやさしいんだ。

 ごはんをくれるし、散歩にもつれていってくれるんだよ。

 それにね、2人ともぼくをぎゅって、だきしめてくれるんだよ。

 ぎゅってされると、あったかくって、こそばくって、うれしくなるんだよ。

 だからぼくは、ふたりが大好きなんだ。


 ぼくたちはね、外がみえる大きな窓のあるおうちに住んでるんだ。

 マンションっていう、建物なんだって。

 ぼくが初めて、おうちに来たときは、窓ガラスに鼻をぶつけちゃったんだ。

 ぼくが痛いって泣いたら、すぐにかよママがきてくれたんだ。

 だから、泣かないでがまんしたんだ。

 だってかよママが、とっても心配そうだったから。

 心配かけちゃだめでしょ。

 今はもう大丈夫。

 窓ガラスのこと、知ってるからね。

 ぼくは かしこいんだ。えへん。

 毎日、窓から外を見るのが大好きになったんだ。

 それにね。

 かよママとけんいちパパが、お出かけとき、ぼくはちゃんとお留守番ができるんだ。

 窓から外を見ながら、ふたりが帰ってくるのを待ってるんだ。

 えらいでしょ。

 ふたり見える、ずっと前から、ぼくにはふたりの足音が聞こえるんだ。

 ほんとうだよ。     

 けんいちパパのすこし、せかせかした足音。

 かよママのパタパタした足音。

 ぼくにはわかる。

 大好きな、ふたりの音だから。

 窓から見える、公園の向こうから、ふたりの音が少しづつ、近づいてくる。

 マンションの前の通りに来るころには、ふたりの顔が見える。

 ふたりは顔を上げて、ぼくに手を振ってくれる。

 ぼくはうれしくってうれしくって、窓の前でグルグル回るんだ。

 目が回りそうになるけれど、うれしくって 止まらないんだ。

 それから大急ぎで、玄関のドアまで走って いってふたりを待つんだ。

 カチャッ。

 かぎが回る音がする。

 ギー。

 ドアが開く音がする。

 ふたりの顔がみえる。ふたりとも笑ってる。

 「ただいま。くろっち。」

 帰ってきた。帰ってきた。

 ぼくはうれしくってうれしくって、ふたりに飛びついちゃうんだ。

 そして顔を、ペロペロなめちゃうんだ。

ふたりは大笑いして、ぼくをぎゅって、してくれるんだ。

 そしたらね。

 おなかが あったかくなるんだよ。

 そしてね。

 ぼくはとってもとっても、うれしくなるんだ。

 ほんとうだよ。

 ぼくは ふたりが大好きなんだ。


 今日はね、かよママだけがお出かけした。

けんいちパパは、ぼくとお留守番だ。

 ふたりでゴロゴロして遊んでうちに、ぼくもけんいちパパも寝ちゃったんだ。

 寝ていたら、音が聞こえてきた。

 よく知っている音だ。

それも大事な、大好きな音だ。 

 この音、知ってる。

 この音は、かよママだ。

 ぼくはいっぺんで、目が覚めた。

 かよママが帰ってくるって分かったら、うれしくって、寝てなんかいられない。

 けんいちパパを見たら、まだ寝てる。

 もう、しょうがないなぁ。

かよママの音、聞こえないのかな。

 ぼくは窓の前にいって、いつものように座って外を見た。

 かよママ、まだかな。

 足音は少しづつ、大きくなる。

 でもいつもの歩く音じゃなかった。

 なんだかノロノロして、なにかを引きずっているみたいだ。

 鼻でクンクンにおうけど、窓のガラスでにおわない。

 おかしい。おかしい。

 かよママ、どうしたの。

 ぼくは心配で心配で、窓の前をいったりきたりしたりしたり、部屋中をウロウロ歩き回った。

 もう少ししたら、かよママが見えるはずだ。

ぼくは立ち上がって、背伸びした。

 やっと公園の向こうから、かよママが歩いてくるのが見えた。

 そのとたんに、ぼくは動けなくなった。

 だってかよママの顔が、苦しそうで泣きそうだったから。

 かよママは苦しそうな顔で、窓のぼくを見上げた。

 「くろっち。助けて。」 

 声は聞こえなかった。

 でもぼくには、かよママの声が聞こえた。

 そしてゆっくりと、かよママは道路に倒れた。

 ぼくは吠えた。

 生まれて初めて、吠えた。

 かよママッ、かよママッ。

 どうしたのっ。どうしたのっ。

 ぼくの大声に、けんいちパパが目を覚ました。

 「くろっち。そんなに吠えてどうした?」

 ぼくはけんいちパパのズボンを噛むと、窓まで力いっぱい引っ張った。

 けんいちパパは、

「なんだい。どうした。ひっぱるなよ。」

と目をこすりながら言った。

 ぼくは窓の外を見ながら、もっと大きな声で吠えた。

 かよママを助けて。かよママがっ。

「どうした。そんなに吠えて。うるさいぞ。」

 けんいちパパは、まだ気がつかない。

 ぼくは、前足をグンと踏ん張って、もっともっと吠え続けた。

 けんいちパパに気づいてもらうために。

 そして、かよママに聞こえるように。

 ぼくが見ているから。

 大丈夫だからって。

 ぼくがあんまり外に向かって吠えるから、けんいちパパもやっと窓の外を見た。

 そして「あっ。」

と叫ぶと、すぐにドアを開けて外に走っていった。

 マンションを出て、通りを渡るけんいちパパが、かよママを抱き上げるのが見えた。

 そのとき、かよママがぼくを見た。

 「くろっち。ありがとう。」

って言ったんだ。

 聞こえなくても、ぼくにはわかる。

 

 それから、しばらくかよママはうちに帰ってこなかった。

 家にはけんいちパパとぼくだけだった。

 ぼくはさみしくて毎晩、けんいちパパと一緒に寝たんだ。

 けんいちパパもさみしそうだった。

 どうしてかよママが帰ってきてくれないのか、ぼくにはわからなかった。

 それからまたしばらくすると、けんいちパパがお出かけした。

 ぼくは窓の外を見て、待っていた。

 すると音が聞こえてきた。

 大切で、大好きな音だ。

 ひとつはけんいちパパだ。

そしてもうひとつは。

 そうだ。これはかよママだ。

 かよママが帰ってくるんだ。

 ぼくはうれしくってうれしくって、グルグル回った。

 でも、まてよ。

 なんだかかよママの足音がへんだ。

 いつもとちがってゆっくり、慎重に歩いているみたいだ。

 もしかして、またどこか苦しいのかな。

 ぼくは心配になって、外をじっと見た。

 あぁ、見えた。

 かよママだ。

 かよママが笑っている。パパも笑っている。

 あぁ、よかった。

 あれっ。なんか、かよママが ぎゅってしてる。

 なんだろう。なにかな。

 ぼくは待ちきれなくなってドアまで走った。

 ぼくはドアの前で、ウロウロ、クルクル回った。

 かぎが回る。

 ドアが開く。

 「ただいま。くろっち。」

かよママだった。

 あぁ、やっと帰ってきた。

飛びつこうとしたその時、

 「おんぎゃー」と声がした。

 ぼくはびっくりした。

 「くろっち。今日から妹ができたのよ。仲良くしてね。」

 かよママの腕の中には、赤ちゃんがいた。

 かよママがぎゅってしてたのは、あかちゃんだった。

 かよママは、赤ちゃんを産んで帰ってきたんだ。

 ぼくは赤ちゃんを見た。

 クンクンした。

 赤ちゃんは、小さくて赤くて、ふにゃふにゃで、いいにおいがした。

 ぼくを見て

 「あー」って言って笑った。

 ぼくには わかった。

 赤ちゃんが、お兄ちゃんって、言ったことが。

 ぼくのこと、大好きだってことも。

 ぼくには わかったんだ。

 ほんとだよ。

 

 ぼくは黒柴のくろっち。

 かよママとけんいちパパ、そしてちいちゃんと住んでいる。

 ちいちゃんは赤ちゃんで、ぼくの妹だ。

 ほんと、かわいいんだ。

 ちいちゃんのことを考えるだけで、おなかが、あったかくなって、うれしくなるんだ。

 でもね。

 ちいちゃんは、よく泣くんだ。

ぼくが かおをペロペロするまで、ずっと泣いてるんだ。

 それにね。耳とかしっぽを引っ張ったりするんだ。ちょっと痛い。

 けど、がまんする。

 赤ちゃんだから、しかたないからね。

 それにね。いろんなことを知らないんだ。

 足音のこととか、クンクンすることとか、吠えることもね。

 ぼくが教えてあげなくっちゃいけないんだ。

 だってぼくはちいちゃんの、おにいちゃんなんだから。ね。

 ほんと、お兄ちゃんは、たいへんなんだよ。

 でもね。ぼくは、ちいちゃんが大好きなんだ。

 これからもずっとずっと。大好きだなんだ。

 ちいちゃんは、ぼくの大事な妹なんだ。


     終わり


  













 




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