第27話新たな部員と葛藤する少女

 セミの鳴き声に囲まれながら、いつもの道を歩く。

 部活が休みの日は放課後まっすぐ帰って、歌の練習に励むようにしている。

 照りつける太陽に目を細めていると、不意に後ろから声がした。

「克己くーん!」

 先輩の声。振り返ると、慌てた様子で先輩がこちらに走ってきていた。

「克己くんのっ、ともだち、歌唱部に、入れることになったからっ、伝えといてっ!」

 膝に手をついて、ハアハアと息を切らしながら手をグーサインにする。

「ほんとですか!?ありがとうございます!」

「それで…その子の担当なんだけど…」

 ボーカル、ギター、ドラム、ナレーション。この他に思いつくものはあまり無い。1つ思いついたのが―

「キーボード!どうかな!?」

 加藤くんは音楽ができないと自称していた。できるだろうか。

「明日聞いてみます!」

「わかった!じゃ!」

 走っていく先輩の背中を見送って、僕は帰路に着いた。


 翌日、加藤くんに伝えるため走って学校に向かっていると、加藤くんの背中が見えた。

「あ!加藤くん!」

「克己くん!どうしたの?」

 心臓が高鳴る。手に力が入って深呼吸をした。


「加藤くん!歌唱部にようこそ!!」


「……!?……ほんとに!?」

 戸惑いの表情はすぐに明るくなり、加藤くんは目を輝かせてこちらを見る。

「うん!!」

「でも俺音楽できないよ…?」

 少し不安そうな様子でこちらを見る加藤くんを見て、慌てて伝える。

「加藤くんの担当はキーボードの予定なんだけど、どう?」

「キーボードならできるかも!昔ピアノやってたし!」

 加藤くんの不安を払拭できた。

 こうして歌唱部の部員は5人になった。



 セミのやかましい鳴き声に囲まれながら一花さんの家に向かう。

 無機質なナビの音声に導かれ、「滝崎」と書かれた表札を見つけた。

 立派な一軒家だ。築何年だろうか。外壁は新築のように太陽の光を反射して輝いている。

 ノートが入ったリュックを背負い直して、インターホンを押した。

 ………………………

 無言のインターホンを見つめる。

 もう一度押してみる。30秒ほど経って、ピッと機械音を立てていちかさんの声が聞こえて来た。

『……っ!はい!』

 よかった。いつもの一花さんだ。

「ノート届けに来たんだ!」

『はーい今出まーす』


 ドアの向こうからドッドッドと低い音が聞こえ、ドアが開いた。

「わざわざありがとー!」

「一花さんそのクマどうしたの?」

 目元には大きなクマがあった。寝不足なのだろうか。

「た、体調悪くてあんまり寝れなくてさ!」

 ……ほんとにそうなのかな?

 脳裏に数音先輩の言葉がよぎる。


 一花ちゃんって、ほんとにただ体調が悪いだけだと思う?


「ありがとね。気をつけて帰って――」


「っ!一花さん!」

 考えるより先に、言葉喉の奥から飛び出ていた。

「ほんとに体調が悪いだけなの?」

「……うん」

 一花さんの言葉が途端に弱々しくなる。

「教えて。何かあったなら」

 僕が解決できることではないかもしれない。

「………上がって」

 でも言う価値はあったようだ。


 一花さんの部屋は真っ暗だった。カーテンも締め切って、光がない。

 一花さんの手がスイッチに触れる。パチッという音とともに部屋はパッと明るくなった。

「ベッドに座って。そこしかないから」

「うん」


 少し音を立ててベッドが軋む。静かに一花さんがデスクの椅子に座った。

「何があったの?」

「怖かった」

 慎重に質問をし、帰ってきたのは上ずった一花さんの声だった。


「みんなにどう思われるか、私の曲を聴いた観客のみんながどう思うか」

 低く、冷たい声だった。

「私の…私の曲は『ダサい』だとか『よく分からない』とか言われてきた。でも歌唱部のみんなは私の曲を笑顔で聞いてくれて…嬉しかった。今の私ならどんな曲でも胸を張って届けることが出来るって思ってた」


 俯いたまま、一花さんは言う。長い髪の毛が前に垂れて一花さんの表情は全く見えなくなった。

「胸を張って曲を作るって言った癖に、昔の記憶がフラッシュバックして、全く曲を作れない。情けなかった。情けなかった!!こんな自分が!!」

 ビリビリと空気が揺れる。一花さんの手は震えていた。

「そっか」

 たった3文字を一花さんに投げる。

 一花さんは鼻をすすって、深く息を吸う。ゆっくりと息を吐いたあとに涙目になった目を僕に向けた。

「克己くんは怖くないの……?」

「うん」

 自信を持って即答する。理由は1つ。

「みんながいるじゃん」

















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