コーヒーの香りに誘われて

amegahare

カフェにて

 知らない街の駅で降りてみた。

 知らない街を一人きりで散策するのは心がウキウキしてくる。街の様々な表情に癒される。

 でも、、、ついつい長く歩いてしまった。


「少し休憩しようかな」

 独り言を私は呟き、周囲にお店はないか首をふった。


 カフェらしきお店がある。

 恐る恐る私は窓から店内の様子を覗きこむ。お店の中には観葉植物が綺麗に飾られている。観葉植物があるカフェは美味しいということを友人が言っていたことを思い出し、このお店に入ることに決めた。


「いらっしゃいませ」

 爽やかな声が私を出迎えてくれる。短く整えた髪の青年が厨房から顔を覗かせた。

「うちのお店は、本日のお薦めの飲み物しかないですが、、、、いいでしょうか?」

 青年は申し訳なさそうに私に尋ねてくれる。

「それで大丈夫ですよ」

 青年の清潔感に好印象を抱きつつ、私は快く返事した。

「お好きなお席に座ってください。用意しますので、少しお待ちください」

 その言葉を残して、青年はまた厨房に姿を消した。私は観葉植物が飾られている窓際の席に座ることにした。白を基調とした店内は午後の暖かな日差しに包まれて心を和ませてくれる。自然と笑みがこぼれた私は、窓から街行く人達を観察することにした。


「お待たせしました」

 青年の穏やかな声とともに、可愛いハートのラテアートが描かれたカフェラテがテーブルの上に優しく置かれた。

「素敵なハートのラテアートですね」

 私は感じたままの感想を伝えた。ハートの白い模様が液面に浮かんでいて幻想的だ。徐々にハートの境界線が黒色と混じり合いぼやけてくる。


 青年は少し照れた様子で、こう言ってくれた。

「あなたをイメージして、ハートを描いてみました」

 窓際の観葉植物が日差しに照らされて、キラキラと輝いている。コーヒーの香りが店内に充満している。お店には青年と私の二人だけだった。


「一目惚れです」

 青年は力強い目で私を見つめてくれる。その堂々とした雰囲気に私は一瞬たじろいでしまった。

「一目惚れ、、、ですか?」

 私は言葉の意味を確認するために反芻した。


「はい、一目惚れです」

 清々しい声が青年の返事を届けてくれる。ここまではっきりと言ってくれる人は珍しいかもしれない。

「そうですか、、、、」

 私は次に自分が何を言うべきか考え込んでしまった。一目惚れというのは、相手と自分との恋愛における温度差があると感じている。気持ちの盛り上がるタイミングが一致しないところが難しい。私は悩んでも仕方ないと考え、尋ねてみることにした。


「私のどこが気に入りましたか?」

 この返答次第で状況が大きく変わるだろう。

 もし「顔が好み」という回答だったらどうしようか。確かに悪い気はしない。でも、それはただのナンパではないか。いや、既にこの状況はナンパだ。

 例えば「雰囲気が素敵」という回答だったらどうしようか。それも悪い気はしないが、抽象的すぎる。なんというか、押しが弱い感じがする。

 私は悶々とした気持ちで思考を巡らした。

 青年は確信に満ちた声色で伝えてくれた。


「ストラップです」

 一瞬、何を言っているのか、わからなかった。確かに青年は「ストラップ」と言った気がする。いや、「ストラップ」と言った。サラサラの髪の毛でもなく、大きな瞳でもなく、手入れした爪でもなく、「ストラップ」と言った。

「ストラップ、、、、ですか?」

 私は念のために聞き返した。

「はい、ストラップです」

 青年の目に迷いはない。そして、青年は柔らかい口調で続けた。

「その猫のデザインのストラップは素敵だと思います。そして、そのストラップを選ぶ貴方のセンスに魅力を感じました」

 確かに、今日は猫の絵柄が描かれたストラップを鞄につけている。そして、その猫はちょっとおどけた雰囲気を醸し出している。


「猫、好きなんですか?」

 私は思わず笑いながらが聞き返してしまった。

「はい、大好きです」

 この青年は猫好きか。なんだか一気に好感度が増してしまった。そして、やや身構えていた私の心を柔らかくしてくれた。


 この不思議な出会いをもう少し楽しもう。

 もしかしたら、この青年の高度な戦術なのかもしれないけれど。


「私もこのストラップはお気に入りなの。良かったら、もう少し話をしない?」


 気づけば、私から会話を促していた。

「ありがとうございます。ぜひお願いします」

 青年は満面の笑みで答えてくれた。青年の屈託のない返答に警戒心が薄れ。この状況を楽しもうと思い始めていた。

 

 (了)

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