第5話 差出人

「俺さ、捨て子だったんだよね」


 ロザリオ様がそう言ったのは、季節がまた過ぎて秋になった頃だった。


 一緒に晩ご飯を食べていると、何の前触れもなく話し始めた。


「で、猟師の家に引き取られたの。ガキの時から銃の使い方を教えられたよ。……その家には、引き取られた孤児がもう1人いた」


 ロザリオ様の視線は、私ではなく手元に向けられていた。カボチャのシチューをスプーンでかき混ぜながら、彼は続ける。


「その子の名前は〝シェリ〟。覚えてる? フルールに最初に会った日に、俺の隣にいた女の子」

「あ!」


 覚えている。

 黒い髪をシニョンに纏め、ロザリオ様とは対照的に物静かな雰囲気を持つ女性だ。


「俺とシェリはどんどん銃が上手くなって、14歳で傭兵団に売られたんだ」

「っ! 売られた!?」

「うん。最初から傭兵を育てるために、俺らを引き取ったみたい」


 ひどい……!


「いろんなとこに派遣されたよ。俺もシェリも、数えきれないほど人を殺した。でもさ、そういうのが嫌になってきて。人殺しが辛くなってきて……。1回だけ、2人で傭兵団から脱走したんだ。すぐに捕まって、撃たれたけどね」

「も、もしかしてロザリオ様の足は、その時に負傷したのですか?」

「いや、傭兵団が撃った弾は運良く当たらなかった。……俺の右足を撃ったのは、シェリだ」

「どういうことですか!?」


 混乱する。2人は家族のような関係だ。それなのに。


「脱走が失敗した後、また別の戦場に行かされた。そこで背後からシェリに撃たれた」

「分かりません。何故そんなことを」

「俺を、〝傭兵〟から解放するため」

「解放……? まさか!」

「そう。足が動かない傭兵は役に立たない。……シェリは俺を助けるために、わざと撃った。けど、シェリ本人はそのことを認めないの」




––––〝敵兵を狙ったつもりだけど、間違えて貴方に弾が当たってしまった〟


––––〝ごめんなさい。一生をかけて償いをするわ。これから私が戦場で稼いだ報酬の一部を、貴方に送金する。そのお金で生きて〟


––––〝静かな場所で、生きて〟




「……嘘ばっか。シェリは俺より銃の扱いが上手かったんだよ? 撃つ相手を間違えるなんて、ありえねーよ」


 2年前、俺は傭兵団を解雇されて、この町に引っ越してきた。


 シェリはさ、俺のために嘘をついているんだ。


 シェリは戦場にいるのに、俺だけが平和な町で暮らしている。その状況に対して、俺が罪悪感を持たないように。



 言葉の途中、カボチャのシチューに雫が落ちた。透明のそれは何滴も落ちてきて、オレンジの中に溶けていく。


「……現金の差出人は、シェリ様だったのですね」


 小さく頷くロザリオ様。


「バカだよな。シェリだって、本当は戦いたくないくせに。人を殺したくないはずなのに……!」


 あぁ、そうか。

 私は唐突に、直感した。

 初めて目にするロザリオ様の涙。初めて聞いたロザリオ様の震える声。それらが私に教えてくれる。


「急にこんな話をしてごめん。何かさ、フルールといると、シェリのことをよく思い出すんだ。フルールとシェリって似てるんだ。俺なんかのために、一生懸命になってくれるところが」


 ロザリオ様は、シェリ様を愛している。

 そしてきっとシェリ様も、ロザリオ様のことを……。

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