第1話:悪役令嬢




 猫の『私』は、美少女と共に屋敷内に居た。

 あれから大人しく美少女に保護されたのは、その美少女に悪意が無かったのと、なぜか親近感が湧いたからだった。

 『私』は、金髪碧眼の美少女の顔をジッと見つめる。

 猫を膝に乗せられて上機嫌な美少女は、猫が人間の顔を見つめ続ける異常性に気付いていない。


〈なぜか見覚えが有る気がするのよね〉

 『私』は美少女の顔を凝視する。

「あら、お腹が空いたの?」

 『私』が鳴いたので、美少女は笑顔で話し掛ける。

 そこへメイドが近寄って来た。

「シャーロットお嬢様、ティファニーお嬢様が一緒にお茶をしたいと言っております」

 メイドの言葉を聞いて、美少女の顔が一気に表情を無くした。


「断ってくださいな。今、は大事なお客様を接待中なのよ、察しなさい」

 シャーロットと呼ばれた美少女の口調が変わった。

 高飛車でどこまでも上から目線な、ある意味見た目ととてもよく合っている話し方。

 『私』は、膝の上から美少女の顔を見上げた。


〈シャーロット!悪役令嬢シャーロット!?〉

 『私』は驚いて叫んだが、その声は可愛い「にゃあぁ!」に変換された。

 美少女改めシャーロットが『私』へと顔を向ける。

「あなたも私と二人の方が良いわよね」

 にっこりと微笑んだ顔は、メイドが声を掛ける前に戻っている。


 先程の高飛車なシャーロットは、『私』にはとても見覚えの有る姿だった。

 それは『私』が日本という国で会社員をしていた頃に読んでいた漫画の、ヒロインをいじめる悪役令嬢だった。

 素直で純真なヒロインを、「平民のくせに」となじっていた。


 しかし『私』はシャーロットが好きだった。

 推しと言っても過言では無い。

 上下関係というか、身分や立場がハッキリしている社会人から見ると、ヒロインよりもシャーロットの方が筋が通っていたからだ。

 同じ考えの読者が多かったのか、悪役令嬢なのにシャーロットは人気が高かった。



 漫画は、婚約者シャーロットのいる公爵令息との恋愛がメインストーリーだった。

 そこに王子の横恋慕が入るのだが、ヒロインは二人の間で揺れつつも、最後は公爵令息を選んでいた。

 王子の婚約者のエリザベスは、王子の回想でしか登場しなかった。

 だから悪役令嬢の立場には無い。


〈ヒロインと公爵令息がくっついてからも、物語は続いていたのよね。確かシャーロットが悪魔と契約して国を滅ぼそうとして……〉

 どこの世界に公爵令息に振られたからと、国を滅ぼす馬鹿がいるのか。

 婚約者が王子ならともかく……という、社会人読者の感想は無視された。

 漫画のターゲットは中高生だ。


 人気が高かった漫画なので、連載を引き延ばす為の苦肉の策だったのかもしれない。

 そのうち天下一武道会とかに魔王でも出て来て、ヒロインに敗れて改心するんじゃないの?などと、揶揄する言葉もあった。



〈あれ?悪魔と契約して、その悪魔を倒しにヒロインと公爵令息と王子が旅に出て……その先の記憶が無い〉

 その先の物語を、『私』はいくら考えても思い出せなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る