俺たちの人生は!

紫陽花の花びら

第1話

「あーちゃん! クリスマスカラスって知ってる?」 

あーちゃんとは俺のこと。弟の颯が言葉を覚え始めの頃に、お兄ちゃんと教え込もうとしたのに、あとにの区別が出来なくてあーちゃんになってしまった。

それを今でも直そうとしない阿呆弟なんだ。

「何? クリスマスカラス? そんなのあるかよ! マリアカラスなら知っているぞ! はーちゃんは、マリアカラスって知ってるか?」

「マリアカラス? 誰? マリア様がカラスなの?」

「バ~カ、超有名なイタリアのオペラ歌手だよ!」

「そんの知らない! だいたいオペラって何? 自分だってクリスマスカラス知らないくせに! べぇーだ」

「はあ? だから~そんなの無いって! 阿呆!」

「ある~あるの~バカ!」

なんだこの問答は……。

仕方ない『それはクイズ』を始めるか

「では! それは? クイズ。を始めます。それは食べられますか?」

颯は嬉しそうに答える。

「いいえ。それは食べられません」

「それは硬いですか」

「いいえ? うーん硬いかなぁ。どうかな。」

「判んないの? 馬鹿じゃ無いの?」

「馬鹿じゃないもん。そんなこと言うあーちゃんが馬鹿だもん」

「何!」

小二の弟相手に中学一がなに言い合ってるんだ。続けろ俺。

「それは何処にいますか?」

「えっと……」

 俺と弟は、共働きの両親が帰って来るまでに、このツリーを飾ってしまうのが本日の任務なんだけど。このカラス問題が勃発して、遅々として進まないのだ。怒られるの俺だからなぁ。

ちゃっちゃとお終いにしたい! なのに、俺が結構ムキになっていたりして。

「はーちゃんは、何時それを知りましたか?」

「それは昨日ママが読んでくれました!」

なんだ、本か。

「それはどんなお話しでしたか?」

「それは意地悪なおじさんが良いおじさんになる話しだよ~」

なんとアバウトな説明だよ。

「もしかして……それはクリスマスキャロルてはないですか?」

「はい! 正解!」

「颯、正解の前にそれはって言ってない。だから罰ゲーム決定!

然し、最初からクリスマスキャロルって言えよ。何がカラスだよ。馬鹿。」

「言ってました!ちゃんと言ってました! 馬鹿!」

「いや……言ってないし。カラスって言ったし」

「言ってない! 言ってないし! あーちゃんのバカ!うえ~ん」

ちっ! 泣くな! 甘いとは思うけど

「はーちゃん! 口開けて~ぶん~ぶ~ん飛んできました。マールのコンソメ味~二発発射~」

ほら、泣きやんだ! チヨロイんだよな~って、まあそんなこんなで飾り付けは終了した十二月二十日の夜の出来事。

 そんな日常はいつも当たり前のようにやって来ていたから。

それが二度と来ないなんて、消えるなんて誰が想像していただろうか。


 2年後父親は事故でなくなった。

🌷

 父親に縋り付き、泣き叫ぶ母親の姿をジッと見つめている颯の小さな手は、呆然と立ち尽くす俺の学生服の端をしっかり掴んでいた。

クリクリした瞳は、心細そうに俺を見上げ、

「あーちゃんおんぶ、おんぶ」と消え入りそうな声で繰り返していた。そうだ、俺が泣いてどうする。しっかりしろ! 俺がしゃがむと、颯は首がしまるくらいにしがみ付いてきた。

その日以来俺たちは、今まで以上に一緒にいるようになった。

 部活終わりに区民館に迎えに行く。友達の家にいればそこへ迎えに行く。必ず。必ずだ。周りは甘やかしすぎだと言うが、もう嫌なんだ…いつ何が起きるかなんて誰に判る! 俺には予測なんてできないんだよ。だから大切な命を見失わないように細心の注意払うんだ。

それだけだ。唯一俺のできるちっぽけな事。守りたい。それだけだった。


🌷


 父親の死後、あれだけ花好きだった母親が一切花を飾らなくなった。

理由を聞くと、

「もう一生分のお花飾ったから。それにはーちゃんがね」

「はーが如何したの?」

「花が傍にあると気持ち悪くなるらしいの。本人言わないけど。学校で何度か吐いたみたいで」

知らなかった。そんな素振りあったか? ……そう言えば、母の日にカーネーションを送ろと提案した俺に、

「嫌だよ。母さんは食い気だからケーキにしよう」とあっさり却下された。それ以来カーネーションの選択肢はなくなった。それも、そう言う事なのか? なあ颯……。


 日毎に成長為ていく颯が可愛いくて仕方ない。寝る前にしてやっていた、読み聞かせや、俺の創作適当話しが功を奏したのか、小さいときから本に興味を持っていた颯は、いつの頃からか、文章を書く事が好きな文章男子になっていた。

その文章が上手いかどうかはさて置き、読後文や、日記、小説、はたまた作詞、などなど書き散らしていた。

 そんなある日、俺はたまたま颯に貸していた雑誌を取りに部屋に入った。

机には俺の雑誌と、無造作に広げられているノートがあった。

うん? また書いているんだ。作文か? 「人生のフィナーレ」という文字が目に飛び込んできた。


「人は何時だって、その時を迎えてもおかしくないのだ。誰も予想もできやしない……その時を。


俺たちの父親も突然消えた。


何も判らないままに、四から三になった日常で、母親とあーちゃんは俺を大切にしてくれている。


 俺があの日のことで覚えている事と言えば、病院から帰って来た父親の寝ている周りに、沢山の花が次から次と飾られていく。もうゴロゴロゴロゴロとだ。俺はあーちゃんにやめてやめて言った気がする。あーちゃんは大丈夫大丈夫と良いながら泣いていた。


「颯……父さんの傍に居てあげて」と、伯父に言われたが、できるわけない。だって母親が泣いてるのだ。縋り付いているんだ。今はいちゃいけない。それは判った。

俺はあーちゃんの震える背中で眠った。


 翌日も、母親は泣き通しだった。

俺はその日もあーちゃんにおぶって貰っていた。あーちゃんが最後のお別れだよって言いながら棺に近づいたんだ。ちゃんと見たよ。行かないでって思ったよ。でも怖かった。ゆうべ、花が、花が父親を苛めているようにしか見えなくて。やっぱり……父さんは花に埋められている。こんな父さんみたくない! こんなのおかしい! って思いながらに、あーちゃんの背中に顔を付けていた事を覚えている。

 それから、花が傍に来るとは吐く。花には申し訳ないと思うのだが、どうしようも無いんだ。


🌷


思い出した。颯が背中で嫌だよ嫌だよ嫌だよって怒っていたことを。


「死は終わりなんだ。強制終了だ。影も形もなくなる。今世にはいない人になる。言い方はイロイロあっても、結局驚くほど呆気なく消えるのだ。

最後に生きている人間が何かを思い、何かを託したくて飾り立てるのか。

愛情、友情、恋情、慕情、そう……目に見えない情を形に為たくて、人生の締めくくりを飾ってあげたいと。

この世で最後の贈り物なんだろう。

死は人生のフィナーレ。どんな形にせよ、ひとりの人生が終わって行く。そこに彩りを添えたい。見送る人間を忘れないでと言いたいのか?」


まだ書きかけだったが、それをどう仕上げたのかは判らない。颯が中三の時に書いたもんだからな。


🌷


 今日は俺と雪村ふみの披露宴。

母親は、落ち着きなく何かとバタバタ動き、颯はカメラマンに徹している。二十歳になった颯はなかなかのイケメンだ。あの小栗さんを少しだけ残念にした感じ。一般人では良い方だとは思うが、でもモテないらしい。

俺の弟なのに、情けないぜ。

それにしても花多いなぁ。

颯がどうしてるか心配だ。式場との打ち合わせで、極力減らしてはもらったが、これが限界だと言われてしまった……。

当の颯は全く気にする風もなく、大丈夫、大丈夫とヘラヘラしている。なら良いんだが、時折颯と目が合う。にっこり笑いかけてくるその笑顔は、全く小さいときのままだな。

 披露宴も佳境に入り、それぞれの妹弟からの出し物が始まった。

ふみの妹たちは、今は引退したあの歌姫の名曲を歌ってくれた。

 さて、俺の弟は何をぶちかますのか。名前を呼ばれた颯は、照れくさそう立ち上がり、のそのそとマイクの前に立った。

「えっっと。兄さん、ふみねーさんおめでとうございます。母さんも僕もほんとに安心しています。そして父さんも。僕は歌とか下手なので、手紙を読みますね。では、えへん」

「あーちゃんへ

あーちゃん結婚おめでとうございます。

僕は嬉しくて仕方ありません。

いつもいつも傍にいてくれて、我が儘聞いてくれて、創作適当話しを沢山聞かせてくれて。あーちゃんの背中で何度も寝て。結構な年までその背中は僕の物でした。私物化してました。でも、これからはふみねーさんの私物になりますからご安心を。

 一昨日あーちゃんが引っ越しして、母さんとふたりで夕飯を食べたました。あーちゃんが学校行事でいないとき以来だから結構緊張したよ。

僕達の大好物の唐揚げだったけど……涙がとまらなくなって残してしまった。そしたら母さんが、作る量間違えたねって、大食いがいないのにって……それでまた泣いたんだよ。でもね、母さんの涙はキラキラしてて綺麗だったよ。それにとっても幸せそうだった。僕も温かい涙が零れてきて、おお~幸せだ! って心から思えた。

あーちゃん……本当に今まで有難う。

これからはふみねーさんと幸せにね。颯より」

手紙を読み終えた颯は、後に用意していた物を取ると此方を向いた。その手が持っているのは、ひまわりの花束だった。無理するな! 颯!

「あーちゃんの好きなひまわりです。受け取って下さい」

俺は、その日一番泣いた。誰よりも泣いた。

花束にはカードが添えられていた。

その封筒には、

「どうしても花束をあげたくて」と書かれていた。


「あーちゃん! 人生には何度もフィナーレがやって来て、そしてまたオーバーチュアが鳴り響く。

新しい世界が始まるって知らせてくれる。それをあーちゃんの結婚で、やっと理解できたんだ。やっぱり……僕幼いな。

 僕の手を引きながら過ごしてくれたあーちゃんの日々にフィナーレが来たんだね。

とっておきのフィナーレを飾る花束は、僕の作った物でお祝いしたかっんだよ。だから結構頑張ったんだぞ。

そしてオーバーチュアが聞こえてくるよ。ふたりの新しい世界が始まる曲だね。母さんと父さんと応援しているよ。

それから……合言葉はラッキートレイン! 忘れないでね。言わなきゃ家に入れないよ!

大好きなあーちゃんへ 

はーより」


颯……おれも大好きだよ。

これからもずっとな。

颯のオバーチェアも、もう鳴り響いているんだろう? 楽しみだな! あいつも俺も第二幕の板付きはできている。


ひとつ、ひとつ、フィナーレを迎えると、次なるオバーチェアが聞こえてくる。

それを聞きながら、高揚感MAXで一歩踏み出せば緞帳はゆっくりと上がって行く。









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