第3話「そんなもの、ボク達が『幼馴染』だからに決まってるじゃないか!」
と、そんな余計な思考は一旦保留にし、俺は優花からのクエスチョンに意識を向ける。
「……えぇ、ミス・ホームズ。例えばそれは俺とお前の関係性から来てるものか?」
「お、何だね。このホームズとウミガメのスープでもしようってのかい?」
「面白そうではあるよな」
「まぁそうね。ワトソン君がボクがいる世界に辿り着けるか否か、勝負してやるのも一興というもの。――いいぜ、その案に乗ってやんよ!」
水平思考クイズ。相手が出した問題に対して回答者は質問を繰り返し、その問題の意図を読むというもの。ちなみに出題者は質問に対し『イエス』か『ノー』で返答する必要がある。
「それじゃあ、ボクは先程キミに問うたことをそのままキミへの問題とすることにするよ。ボクが想像する“解答”に辿り着ければ、キミの勝ちとしよう!」
「じゃあ早速質問。――その解答は、お前が今ハマってるアニメは関係あるか?」
「ノーだね。ちなみに、夢中になってるアニメの再放送は今日だったりする!」
「え。……まさかとは思うが、俺に興味を持たせるためにわざとその役を憑依させたのか?」
「イエ~ッス! 語り合う同士は欲しいものだろうよ。というよりほら、早速お題から逸れちまってるよ」
「なぁ、そろそろ起きてくれないか? 普通に足痛くなってきたんだが」
「バカたれがー! 女の子、それもこんなにも可愛らしい美少女に膝を貸せるってだけでもご褒美だろうに、そんな権利を自ら放棄する男子高校生がどこにいんだ!」
「普段の言動と向き合ってから来いやこら」
プラスアルファ。昨日お前がどんな態度で俺の部屋を占領してたか見直して来い。
俺の膝に頭を預けて寝そべっている彼女は、随分とこの状況を楽しんでいるのような表情を浮かべている。ただ、なんとなく。この状況という真意はクイズに対してではなく、俺の膝で寝っ転がれていることに対してのような気がした。
根拠なんてどこにもない。
付き合いが長いからこその勘。唯一持てた言葉がそれだった。
「――幼馴染だから、だったりするか」
「……っ!! ……ほぉ~。自分を含めた他人の感情には大層鈍い
「一言余計なんだよ。悪かったな、鈍い野郎で」
「まぁまぁ、そう邪険になさんな。今のはボクから『幼馴染』のキミへと送る最大級の褒め言葉だと受け取ってくれたまえ! けど――個人的な意見を述べるなら、も~少し早めに気づいてほしかった部分は拭えなかったがね!」
結局こいつは俺のことを言葉通りに貶したいのか真意通りに褒めているのかどっちなんだ。
ごく自然と、隣同士に住む同い年の子ども同士、一緒に遊ぶ機会はそれなりに多かったと思う。お互いの家に遊びに行くのはもちろん、一緒に外へと出掛けることも、時には両方の家族ぐるみでの旅行をしたりなんかも。
当たり前のように、いつも隣には彼女がいた。
呼んでもいないのに、まるで心を読まれているかのようなタイミングであいつが俺の家に遊びに来ることなんてしょっちゅうだ。
呼ばなくとも意思疎通ができてしまう。
心を読まなくたって、ちょっとした違いで心境の変化が見て取れる。
――そんなことが自然とできてしまうほどに、俺達はいつも隣にいた。異性同士だからと周りから
そこから今の関係になるとは、あの頃は夢にも思ってなかったが。
と、再び物思いに耽っていた俺をつまらなさそうに見つめてくる優花。
まるでお気に入りのおもちゃを取られてしまったときのように、彼女は頬を膨らませる。
「むぅ~。まーた考え事してたな浮気者めがっ! たとえ考えていた内容がボクのことだったとしても、所詮それは過去の女! 今キミと付き合ってるのはボクだろうがぁ!」
「話をややこしくしてんじゃねぇ」
俺はふざけたことを貫かす優花の額めがけてチョップを繰り出す。
「あいたた~……」
「ったく。というか、よく俺の考えてること当てられるよな。……俺ってそんなに交友関係狭いと思われてんの?」
「お、なんだい? よくあるラブコメ世界の主人公ポジに成り下がりたいと。ま、そこから這い上がる王道展開こそ主人公の魅力ではあるだろうが、蒼真にその役はむいとらんよ。なんせ、元クラス実行委員だったじゃないか!」
それ中学の話だろうがよ。
まぁ、俺自身交友関係が特別狭いって自覚は無いし、クラスメイトから名前も忘れられているような陰キャってわけでもない。
すると、優花は俺の膝の上で体勢を仰向けへと変える。
「ボクがキミの考えをお見通せる
「……っ、!!」
なんだこいつ、カッコ良すぎないか。
こういう恥ずかしい台詞を躊躇わずに放ってくる。会心の一撃とはまさにこの事。
俺の頬は次第と熱が籠ってくる。原因は言わずもがなこの幼馴染。にしっと悪戯っ子のような笑みは、昨日夕暮れが射す教室で見せた“あの笑み”と瓜二つだ。
好きな子をトコトン
「……そこは『カノジョ』だからぁとか真っ当な理由じゃないんだな。彼氏としては……少しばかり寂しいんだが?」
揶揄われてばかりでは情けなく、俺が持てる最高のカードで対抗する。
「おやおや~?
どこまで把握してんだこいつ。
俺が顔に出やすいだけなのかは定かじゃないが、少なくともこの女の前で『嘘』をつくことは相当難易度が高そうだ。そう学びを得る俺であった。
すると、優花はすっと手を伸ばして俺の頬に優しく触れてきた。
「けど、そうだなぁ。――蒼真がそれで満足するのであれば、お言葉に甘えて言い直してあげよっか? 上目遣いで言われるカノジョの台詞ほど、胸の奥に染み渡るものがないっていうのはラブコメ世界ならではの鉄則! ってなわけで、してあげよっか♪」
いつか読んだラブコメ小説の中に、幼馴染は最強であると豪語する主人公がいた。
幼馴染なんて負けヒロイン。主人公と結ばれることはない永遠の宿敵。そんな構図とは今日でさよならバイバイだ。俺は
「……お前が幼馴染で良かったなと、今になって思い知ったわ」
「およ、それこそ聞き捨てなりませんな。キミはあれかい? ボクとは恋人ではなく、幼馴染の関係でありたかったと。そう申すわけかな?」
「そうじゃねぇって。ただ、最近読んだラブコメ小説の主人公と幼馴染の関係って、別枠のメインヒロインが加入してくる影響で報われなかったものが多かったんだよ。勿論、ヒロイン目線の話な。んで、もし俺がラブコメの主人公だったとして、同じような状況に陥ったとしたら……って考えたとき、お前がメインヒロインで良かったなと思ったわけだ」
「……蒼真は、幼馴染をメインヒロインに置く派ってこと?」
「考えたことないな。まぁ、長年想いを背負った幼馴染ほど報われてほしい気持ちはあるかもな」
気づいてしまった想いほど辛いものはない。
一方的な想いは、相手を気遣うだけ気遣って、自分はないがしろにしてしまう。……まるで少し前の優花そっくりだななんて思ってしまったことは内緒にしておこう。
……あの頃の彼女は、どれほど痛みを抱えていたんだろう。
本人に話す意志が無い以上、俺からは深く言及しないようにしているから訊かないが。
「……そっかぁ」
ふと、気の抜けた声が聞こえてくる。
「それなら、ボク達は運が良かったのかな。その想いを自覚したのはほぼ同時、それにその直後に『恋人になろう』って言えたんだし!」
「……だな」
「お、デレた!? 今『まったく、俺のカノジョってば可愛い奴』とか思った!?」
「一言一句漏らさず当ててんじゃねぇよ!」
俺の幼馴染は、まさに『高嶺の花』と呼ばれるに相応しいほどの外見と才覚を持ち、俺には真似できない様々な才能を神様に与えられているのかもしれない。
ただ、そうでなかったとしても。
もしも、メインヒロインじゃなくても。
俺は、この幼馴染を絶対に手放せなかったように思う。
初めてこの想いを自覚したのが1年前だったとしても。
きっと、それよりもずっと前から――。
「……んじゃ、そろそろ戻るかねぇ~」
俺の膝から体を起こした優花は、空に向かって背筋を伸ばす。
そして目を開いた瞬間、瞳の中の色が変わった。
「ん、んん~。ちょっと休んだらスッキリしたわ。ありがとう、水無月君」
『
何度耳にしてもそのお淑やかな口調と優しい声は慣れないが、これも本来の彼女であることに違いはない。
両面の彼女を受け入れる。一緒にこの学校を受けたときに心に決めたことだ。
「そりゃ良かったな、咲良さん」
だから俺も、今の彼女には今の彼女への接し方をする。――いつか彼女自身が、自分の全てを受け止めてくれる日が来ればいいと願って。
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【次回、11月2日(土)投稿予定】
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