第15話 良いニュースと悪いニュースがある
四月第三週 水曜日
放課後の校門前では、集合した各クラスの風紀委員と有志の協力者を三年生の学年主任である
「まずは、怪我がないように。もし何か気になることがあったら、自分の判断で行動せず、俺に連絡をしてくれ。うちの学校としての活動だから、諸々のルールもしっかり守ってくれよ。全員、腕章は持ったか~?」
「は~い」
「気の抜けた返事するな~!」
「は~い」
「話聞いてんのか~!」
「は~い」
コントじみたやりとりが繰り広げられる中、
「約束を守ってくれてよかったよ」
「来なかったら何されるか分かったもんじゃないからな」
「人聞きの悪い。僕は君と友好的な関係を築きたいだけだよ」
「友好的な関係を築く人間は『友好的な関係』なんて言わないんだよ」
「哲学の問題かな?」
彼方の目には、含み笑いをする界人がクラスで初めて会った時のような余裕を取り戻しているように見えた。
ゆったりとしていて、周囲に気を配り、スマートに物事を運んでいく印象。はたから見れば理想的な男子高校生かもしれないが、最悪なやりとりをしただけに、いけ好かなさばかりを感じ取ってしまう。
「
上級生の女子グループが夕方の肌寒さに頬を桜色にして声をかけてきた。
「見回りなんだけど、徳川くんはどのエリアなの? よかったら私たちと一緒に……」
「ああ、すみません。風紀委員長から各グループのサポートができるようにしておけと、キツく言われていまして……」
女子グループが残念そうに溜め息をつく。
「そっか……、徳川くんは治安維持活動もしてるもんね。仕方ないか」
「また機会があれば、ご一緒して下さい」
界人の気の利いた一言で満たされたのか、女子グループが退いていった。横の男にどんな魅力があるのかと彼方がぼんやりと考えていると、
「見回り中に僕を撒こうとしないでくれよ」
と界人が釘を刺してきた。
「撒かれる自覚があるんですか、市長の息子さん?」
彼方がめいっぱいの嫌味を込めて返すと、界人は奥歯を噛み締めた。その顔には表情がなかった。彼の空気感に笑い飛ばせないリアルさを感じて、彼方は素知らぬふりをした。
「まあ、見回りはちゃんとするから問題はねえよ」
自信をもってそう答えるだけの理由が彼方にはあった。
***
〈ってことになったんだよ〉
風紀委員と共に街の見回りをすることが決定した後、彼方はメッセージアプリ【リンク】の〝グループリンク〟で親友たちに事の経緯を説明した。すぐに
〈映研の活動は何もしないん?〉
映画研究会……自分が設立した自主活動の名前が現れて、彼方はそれが遠い日の出来事だったかのように感じていた。もし〝例の少女〟が見つかって親しくなることができれば、学校を舞台にした短編映画が作れるかもしれない……彼方はぼんやりと考えながら、
〈まあ、それはそのうち考えよう〉
阿戸西高校の自主活動には活動実績が必要で、半年以内にそれを証明する成果を学校側に提出しなければ強制解散させられてしまう。
〈ちょっと二人に相談があるんだ。俺がこの前見かけた女子のことを覚えてるか?〉
〈それを探せということか、分かった〉
急に会話に参戦した
〈いや、返事早っ! さすが変態〉
〈誰が変態だ〉
〈ゴールデンウィークに彼女とデートしたいん?〉
事を急いている彼方を見かねてか、美言が探りを入れてくる。
〈映研の作品に出てもらおうと思ってね〉
〈女優候補というわけか。期待が高まるな〉
〈へえ、なるほどね~〉
含みのある美言の返信で会話は終了した。
勘違いでなければ、〝例の少女〟はこの
***
界人と彼方は阿戸市の東部にやって来ていた。
阿戸市の東部には、高校生たちの遊び場でもあるショッピングモールが横たわるエリアや渋谷行きの電車が出る駅もあり、他校の制服姿も多く見かけることができる。
「下校途中のうちの生徒はいるかな」
「いや、校則違反を探そうとするな」
二人はショッピングモール内を練り歩いては周囲に目をやっていた。複数の雑貨屋の並ぶストリートには学生の姿が目立つ。
「言っておくけれど、僕たちは風紀委員の見回りという目的があってこのショッピングモールに立ち入っている。つまり、僕たちは校則違反には当たらないのだ」
界人は〝阿戸西風紀委員〟と記された腕章を摘まんで見せる。
「別に気にしてねえよ」
「ああ、そうか、君には校則違反の前科もあるか。聞いたぞ。下校途中に鉄板焼き屋に寄っていたらしいじゃないか」
大将の顔を思い出して、今度は彼方が奥歯を噛み締めた。
「ママ~!!」
感傷に浸る彼方の耳に子どもの声が届いた。雑踏の向こう、大きな通路のど真ん中に佇む小さな時計塔の前で少年が泣き叫んでいる。通行人が少年を無視して行く中、界人が人の波を縫って駆け寄っていった。
──こいつ、正義の味方気取りか?
彼方の捻くれた心の呟きをよそに、界人は少年のそばに膝を突く。
「大丈夫か、君?」
「ママ、パパ、どこ~?!」
少年の感情たっぷりの叫びに、彼方の
──無駄に抑揚のある感情表現……。妙だな。
「道に迷ったのか?」
「迷ってるの……。スマホプランが多すぎて!」
──やっぱりだよ、このクソガキ。
「キッズスマホなら、
ターコイズとライムイエローのチェック柄の服に身を包んだド派手な出で立ちの女性がどこからともなく躍り出てくる。
「ママ!!」
少年の表情がパッと明るくなる。彼方は頭を抱えた。
「子どもをCMの導入にすな……! ワンワン泣いてたぞ」
「
「ママ、ぼく、
「【
「ワンコインだね!」
キラキラした笑顔で手を繋ぎながらショッピングモールの通路を走り去っていく親子。
「いや、パパどこだよっ!」
静寂に包まれるショッピングモールの通路に彼方のツッコミが虚しく響いた。そして、広告が終わりを告げる。
──俺のツッコミでCMにオチをつけてしまった……。
広告に手を貸した自責の念が彼方を苛める。
「
「何事もなく接してくるなよ。メリハリありすぎだろ。一瞬前まで広告やってたんだぞ」
溜め息をつく彼方の視線の先に挙動不審なマッシュヘアの男子高校生の集団が蠢いていた。彼らが身に着けているのは阿戸西高校の制服だった。彼方たちに気がついた彼らはそそくさを立ち去ろうとしたが、界人の目から逃れられるはずがなかった。
「ちょっと待ちたまえ、君たち」
界人はゆったりとした歩調でマッシュ男子の集団に近づいていく。
マッシュ男子たちには逃走の余裕があったはずだが、その場に根が張ったように動けなくなっていた。高校の中庭で界人に見せつけられた
「は、はい……」
目の前に歩み出た界人にマッシュ男子たちは直立不動だ。界人は彼らの顔を見渡して、怪訝そうに目を細めた。
「登下校中に飲食店などに立ち寄ることは校則で禁止されている。分かっているはずだ」
「たまたま帰り道で……」
「そしたら、
伊集院家というのは通信会社
「それはただの言い訳に過ぎない」
明らかな上級生への厳しい言葉を咎める者はここにいない。それどころか、先輩が敬語だ。マッシュ男子たちの瞳が絶望の色で滲んでいく。界人はそれでも目を細めたまま、彼らを見つめ続けた。
「一人足りないな」
彼方にとって、界人のその言葉は理解できないものだった。中庭でたった一度顔を合わせただけのマッシュ男子たちの顔を、彼方は憶えていなかった、人数さえも。
だが、界人は違った。
「【カップスタイル】の契約者がいないな」
マッシュ男子たちが弾かれたように身体をビクつかせる。
「そうなんす!
「真人とは?」
「
別の男子が訴えるような目を向ける。
「ここ何日も学校にすら来てないんすよ……! 連絡もつかなくて……!」
***
界人は彼方を連れてショッピングモールを出ると、スマホで電話を掛け始めた。相手はウォッチドッグスの隊長、
「大久保か。現在地を検索してほしい人間がいる」
『突然ですね、界人さま。まずはお名前をお聞きします』
「南野真人、阿戸西高校三年C組」
界人が統括官を務める市長直轄の広告治安維持部隊ウォッチドッグスは全市民評価システム・
『対象はどうやら二日前から高校へ登校していないようですね』
「住所を送ってくれ」
『失踪ですか?』
「まだ分からない。だが、それを確かめたい」
『テキストで送ります』
電話を切った界人はすぐにスマホを確認して、彼方に顔を向けた。
「南野くんの家はここから三駅離れたところにあるようだ。今すぐ向かう」
「〝南野先輩〟な。本当に行くのか?」
「当たり前だろう。何のために僕たちがいる。君だって、ここで役に立てることを示した方が得なはずだ」
ここまで風紀委員の仕事に自分を絡めようとする界人の意図が分からず、彼方は裏を勘繰ったが、今ここで言い合いをしている意味はないと判断するとすぐにうなずいた。
「とりあえず、危険なことがあったら全部お前に任せるからな」
「ふん、僕を制圧術で倒した人間とは思えない及び腰だな」
「……制圧術のことを知ってたのか」
「おおかた、君はお父さんから制圧術を学んでいたんだろう。僕の危機管理が足りず、不意を突かれただけだ」
界人はそう口にしている自分自身に気づいて、我ながら驚きを禁じ得なかった。無能であることを曝け出すことなど、絶対に許せなかったはずだった。
だが、背中に土をつけられたという純然たる事実が、彼をいくらか素直にしたのかもしれない。
二人が駅の方へ駆けようという時、彼方の制服のポケットの中でスマホが震えた。走りながら画面を確認する。前を行く界人は、気づいていない。
〈心して聞いてほしい〉
絢斗からのメッセージだ。
〈
〈誰だよ?〉
美言から捕捉が入る。
〈彼方が探してた子。絢斗がキモいスピードで割り出したんよ〉
〝例の少女〟の名前が分かったのは収穫だった。しかし、そこにくっついている尾ひれが怪しげだ。
〈不穏なニュースってなんだ?〉
〈有馬さんはここ最近学校に姿を見せていない〉
彼方は声を上げて立ち止まりそうになりながら絢斗の返信に目を丸くした。同時に送られてきた有馬茜の写真に、あの日の夕陽に染まった景色が彼方の脳裏に蘇る。
真っ直ぐな黒髪に白い肌──それは紛うことなき〝例の少女〟だった。
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