軋轢
「何度言わせりゃ分かるんだよ! 俺は一人でここから出る方法を探す、無自覚の罪とかを自覚するよりもよっぽど早くな! 」
「いいえ、この非常事態において単独行動は危険極まりないです。何度あなたが単独行動を主張してもそれを許可することは出来ません! 」
黒幕が退室してから約一時間。黒幕が去ってすぐに不破が大広間を出ようとしたところ、単独行動をするなと否笠が止めた事で口論が勃発。お互い一歩も譲ろうとせず、無駄な時間が延々と過ぎていた。初めの方は必死に止めていた未村と非鈴は二人だけで話し合いを始めていた。
「なんでお前が勝手に決めるんだよ。お前に支配される筋合いはない。」
「支配? なんて人聞きの悪い言葉なんでしょうか。私を悪い人みたいに決めつけるような言い方をしないでください。それは道徳と倫理に反します! 」
「それが何。道徳と倫理に反する事の何が問題なのさ。」
「道徳と倫理を重んじるのは人として当たり前のことでしょう。」
「なんでお前の価値観を押し付けられなきゃいけないわけ。」
「これは私だけの価値観ではなく、全人類が共通して持つべき価値観です。それを持っていないなんて、あなた本当に人間ですか! 」
「お前のその発言こそ道徳と倫理に反しているだろうが!いいか、俺は一人で何でも出来る。それに納得がいかないって言うなら今から証明してやるよ! 」
「証明するまでもないです。あなたは一人で何でも出来ない。よって、あなたを単独行動させる必要性もメリットも何もありません! 」
ずっと終わりの見えない口論を続ける否笠も不破は完全に頭に血が上っていて周りが見えていない。
「せーの! 」
周りが見えていないということは、危機管理が疎かになる、ということだ。未村と非鈴は二人に気付かれることなく背後に回り込み、抵抗させる間もなく椅子に拘束してみせた。
「否笠、不破っち。非常事態では冷静さを保つことが重要なんだってさ。今ので身をもって感じたでしょ? 」
二人とも返す言葉もなかった。もし仮にこの場に通り魔でもいたら間違いなく二人とも死んでいた。二人は自分の過失に気付き、特に否笠の方はかなり落ち込んでいた。
「ほら否笠、話し合いするんでしょ。さっさと仕切って。」
しかし落ち込んだのも束の間、非鈴にそう言われてキョトンとしてしまう。やっぱり本来の目的を忘れてたのか…と非鈴はため息をつく。
「否笠、最初に言ってたじゃん。『全員で話し合いをするので不破さんもここに残ってください』って。」
「…………あ。」
「それで不破っちと喧嘩になったのにほんとに忘れてたの? 否笠って賢い人だと思ってたけど実は全然そうでもないんだねー。」
「どういうことですか未村さん! 私のこと侮辱しましたね、それは道徳と倫理に反します! 」
「いつも通りの否笠に戻った! ほら、話し合いするんでしょ。拘束解いてあげるから。ちなみに不破っちはそのままね。」
「ふざけんな!」
こんな調子で度々口論をしながら話し合いは行われた。頭に血が上っていた否笠も冷静さを取り戻し、自主的に司会進行を務めた。
此処はかなり広い屋敷で、黒幕は刑務所と呼んでいた。そしてそこに収監されているのは「無自覚の罪」を犯した罪人の自分たち。ここから出るには全員が自らの無自覚の罪を自覚し告白しなければならない。もし罪を告白出来なかったら一生この刑務所で暮らして寿命を迎える。この刑務所には窓一つ無く、外に繋がる出口らしきものも厳重にロックがかかっている。罪を告白する以外、外に出る手段は無いと言っても過言ではない。外に出るためにも、無自覚の罪を自覚しなければならないが、そもそも無自覚の罪とは何なのかがあやふやであった。黒幕曰く、無自覚の罪を犯している自分たちは社会にとって邪魔な存在らしいが、当然全員が日本の刑法に違反するような犯罪を犯したことは無い。また、犯罪と言わずにわざわざ「無自覚の罪」と言っていたことから、日本の刑法=無自覚の罪の線は除外された。
「あーもー全然わからん! 」
しかしここで未村が悲鳴を上げたことで話し合いはストップしてしまった。
「そもそも無自覚の罪ってどうやってどうやって自覚するものなのかな。」
非鈴が呟く。自覚する方法を知れたらどれだけ楽だっただろうか。しかし現実はそう甘くない。
しかし否笠はこれに屈しず、皆に呼びかけた。
「ここで悩んでいても仕方ありません。とりあえず、雑談でもしませんか? 我々はここで初めて出会いましたし、まだお互いへの理解が足りないと思うんです。」
「賛成! 」
未村が大きく手を挙げる。それを見て非鈴も手を挙げる。
「雑談をしようっていう意見の方が多数みたいだし…、自分も賛成。」
「なんでそう曖昧な決め方するわけ。自分の意思は無いのかよ。」
「だって、自分が今どうしたいか考えるのって結構面倒じゃん。だから常に多数派の味方でいるようにしてる。」
非鈴は少し得意気な笑顔を見せた。
「賛成多数というわけで、雑談タイム! 」
いぇーいという未村の掛け声と共に非鈴と否笠が拍手をする。ただ一人拍手をしなかった(と言うより拘束されてて出来なかった)不破は尋ねる。
「雑談って言うけど、何話すわけ。」
「お互いの事を知るならやっぱり自己紹介が一番手っ取り早いと思うの。だからさっきよりも詳しくもう一度自己紹介しようよ。」
「一理ありますね、ではそうしましょう。じゃあ私から失礼します。……否笠です。趣味は読書と勉強です。私は幼い頃から道徳と倫理を何よりも重んじて生きてきました。私にとって道徳と倫理は絶対的な存在であり、全人類が共通して持っている価値観だと思っています。なので皆さんにも道徳と倫理を尊重した行動をとっていただきたいと思います。」
キッパリと否笠は言い放った。未村は苦笑いをし、非鈴は無表情で否笠を見つめ、不破は深いため息を吐いている。
「またそれかよ。気持ち悪いんだよ狂信者。」
「ちょっとちょっと、不破っち、そんな言い方したらまた喧嘩になるでしょ。じゃあ次は非鈴が自己紹介して。」
「あ、うん。非鈴です。自己紹介出来るほどの趣味や特技とかは何も無いのでこれで終わります。」
あっさりしすぎて否笠も未村ももう少し何か話せと非鈴に詰め寄る。しかし非鈴は本当に何も話すことが無いと言い張りこれ以上何も聞けなかった。
「しょうがない、じゃあ次は不破っちね。」
「だからその呼び方やめろ。なんで俺だけ変な呼び方なんだよ。」
不破は『不破っち』という呼び方がどうしても気に入らないようで、未村を思いっきり睨みつける。未村曰く、不破だけ二文字で呼びづらかったらしい。未村は非鈴にも「不破っち」と呼ぶことを求めたが、それは多数派じゃないとして断られていた。
「皆さん、話を戻してもよろしいでしょうか。不破さんと未村さんの自己紹介、聞きたいんですけど。」
それを黙って見ていた否笠が本来の話題に軌道修正する。少々不機嫌そうな否笠を見た未村は慌てて不破に自己紹介をするよう肩をペシペシ叩きながら言った。
「わかったから肩叩くのやめろ。……名前はご存知の通り。趣味はソロプレイ用ゲーム。俺は一人で何でも出来る人間だ。だから罪を告白する以外の外に出る方法も自分一人で探し出してみせる。」
「不破さんこそ、またそれを言ってるじゃないですか。まだ単独行動の危険性が分かっていないようですね。そもそも、一人で何でも出来るだなんて、そんなわけないじゃないですか。」
「わー! じゃあ次、私が自己紹介するねー! 」
再び言い合いが始まりそうな空気を無理やり断ち切るように、やたら大きな声で未村な自己紹介を始めた。
「私は未村! 趣味は戦隊モノと仮面ライダーとプリキュアを見ること。好きな食べ物は鶏の唐揚げ。嫌いな食べ物は親子丼に入った鶏肉。体を動かすことはどっちかと言うと好きだけど、勉強とかはそんなに好きじゃないかな。……言うことなくなったしこれで終わり! 」
幼稚園児が言いそうな趣味に、鶏の唐揚げが好きなのに同じ鶏のモモ肉を使用する親子丼に入った鶏肉が嫌いという、ツッコミどころ満載な自己紹介だった。不破は鼻で笑って問いかける。
「で、この自己紹介で何か罪の自覚の糸口は見つかったのかよ。」
「……見つかってません。しかしだからと言って諦める訳にはいきません。見つかるまで話題を変えて雑談を続けます。」
「つーか俺はいつまで縛り付けられなきゃいけないんだよ。いい加減解放しろ! 」
「では不破さん、一つお約束いただけますか。」
否笠は不破の目前まで詰め寄る。睨みをきかせて、椅子に拘束されている不破を見下ろし、ハッキリと言い放った。
「──全員で無自覚の罪を自覚し告白する。これを達成するために協力してください。ただし、そこに誠心誠意は求めません。ただ協力していただければそれで良いです。」
「……意外にも、ちょっとは融通が利くとこもあるんだな。ただ言うこと聞いてりゃ良いんならそっちの方がよっぽどマシだな。おい、これ早く解けよ。」
否笠は未村と非鈴の方にアイコンタクトをとる。二人によって拘束が解かれた不破は逃げ出すこともなくウッドチェアに腰掛けた。二人はまた喧嘩が勃発するのではないかと内心ヒヤヒヤしていたが、幸いそのような兆候もなく、ほっとした。
「では次の話題に移りましょう。案がある方は挙手を。」
「はい! 」
「未村さん、どうぞ。」
「今度は皆の将来の夢が聞きたいな。」
未村は目をキラキラさせている。他人の将来の夢の話にここまで興味を示す人はなかなかいないだろう。
「なるほど、ではそれでいきましょう。早速ですが、私の将来の夢は──」
「自分、将来の夢とか無いんだけど。別に進路なんて親に言われたので良いし。自分が何したいか考えるのだるい。」
「非鈴さん、人の話を遮らないでください!あと、目標を持たないまま生きるのは良くないです。しかも自分の意志を持たず、親の言いなりになるなんて、見過ごせません!」
未村は否笠にこれから見つかるかもしれないからあまり責めないよう呼びかける。否笠もこれには納得し、これ以上非鈴を責めることは無かった。
「不破っちの将来の夢は何? 」
「一人暮らしする。以上。」
「えぇ。なんというか、夢って言われたら確かに夢なんだろうけど、なんか規模が小さいし現実的だね…。」
期待はずれだったとでも言わんばかりに眉を下げる。そっちから聞いといてその態度はなんだ、と不破は苛立ちを感じた。その苛立ちをたっぷり込めて未村に尋ねる。
「じゃあお前の夢はなんなんだよ。」
不機嫌そうに尋ねられたにも関わらず、未村はより一層目を輝かせて叫んだ。
「聞いて驚け! 私の夢は────正義のヒーローになること! 」
ビシッとヒーローポーズを決める未村の顔は自信に満ち溢れすぎているくらいのドヤ顔だった。キラキラとしたオーラを放っている未村に対し、他の三人は無言だった。非鈴が恐る恐る未村に問う。
「……ちなみにさ、それ、マジで言ってるの。」
「え、マジだよ。」
何を言ってるの? という顔で、おふざけ感が微塵もない声のトーンで、その夢が本気であることを断言した。
「正義のヒーローなんてなれるわけないだろ。」
不破もハッキリと現実を突きつける。しかし未村は一切惑わされない。
「夢は願えば必ず叶う。それがどんなに実現不可能に見えるものでも、本気で願えば奇跡は起こる! 」
「漫画やアニメの影響を受けすぎでしょ。もっと現実見なよ。だいたい、正義のヒーローなんてその歳で見る夢じゃないだろ。」
「人の将来の夢を否定するのはもっと見過ごせません!不破さん、それは道徳と倫理に反します!道徳と倫理を重んじるのは人として当たり前のことでしょう!」
「お前またそれかよ。道徳と倫理を重んじるのは人として当たり前。さっきも同じこと言ってたぞ。」
「理解していただけるまで何度でも言います。これは、私だけの価値観ではなく、全人類が共通して持つべき価値観です。それを持っていない人はとても人間だと思えません! 」
「ちょっと言い過ぎ。不破も言い方悪いけど否笠も言い方悪い。」
今まで以上に発言が過激になっていく否笠をなんとか止めようと試みる非鈴だが、黙っていてくださいの一言で一蹴された。しかし止めようとしたのは非鈴だけではない。未村は言い合いを続ける二人を力ずくで引き離す。そして大きく息を吸って叫んだ。
「ちょっと皆落ち着いて! 」
シンプルで何の捻りもない叫び。だがその勢いは一言で静寂をもたらすほどの覇気だった。ほんの一瞬、叫びが大広間内に反響した。
「……何か、飲み物でも飲もう。私入れてくるよ。皆何飲みたい? 」
一呼吸の沈黙の後、否笠が答える。
「…………アイスコーヒーを頼みます。砂糖とミルクを入れていただけるとありがたいです。」
未村は首を大きく縦に振る。そして不破の方を見て首を横に傾げた。
「……コーラ。」
不破が答えると未村はOKサインを作った。最後に非鈴の方を見る。
「自分はなんでもいい。適当に選んで。」
「わかった! えーっと…………じゃあ非鈴、入れてこよう! 」
そう言って未村は非鈴を無理矢理連れて行こうとした。非鈴もなんとか抵抗するが、最終的には未村の「いってきます」の一声と共に連れてかれてしまった。
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