無自覚の罪
望永創
開幕
さぁ、プロジェクトを始めましょう。
今度こそ、人間を変えるのです。
そして、雷に打たれ続ける人間たちを救うのです。
これが、私に与えられた大切な使命なのです。
木製の時計の音が静かに鳴り響く。その音色は張り詰めた緊張感を更に大きくしていくようだ。華美でも質素でもないお屋敷の大広間では、1人の少女と1人の男が無言でいた。その空間は"異様"にまみれていると言えるだろう。男はスーツを着て、仮面を身につけていて、まるで仮面舞踏会に行くかのような装いだった。仮面の男は椅子に縛り付けられているが、何故か足を組んだまま。そして少女は穏やかとは決して言えない表情で、手に銀色の棒を持っていた。
「さぁ、吐いてもらいましょうか。あなたが隠している事を全て。」
少女は仮面の男を睨みつける。仮面の男は少女から顔を逸らし目を合わせようとしない。しかし依然として足を組んだままである。怯えているのか、はたまた余裕なのか。仮面の男の態度も異様そのものだった。
「……答えないつもりですか? 」
仮面の男の態度を見て少女は冷たく放つ。少女の目は確実に仮面の男を見下ろしていて、殺気を孕んでいる。──本当はこんな手荒な真似したくないんですけど、仕方ありませんね。殺気は少女の口から零れ落ち、手に持つ銀色の棒に伝わっていく。仮面の男は何も発することなく無表情のまま動かない。古びた時計の音と微かな両者の呼吸音しか聞こえない静寂の空間。ゆっくり、ゆっくりと、銀色の棒が少女の頭上に掲げられる。その掲げられた棒が振り下ろされようとした時だった。
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁ! 」
振り下ろそうとした手が止まるほどの大声と共に颯爽と現れた少女、もとい未村は少女の持つ棒を目掛けて手を伸ばす。
「今の絵面、否笠が悪い人みたいになってたよ。危なすぎるからこれ離して!」
「止めないでください未村さん! 我々をここに閉じ込めたという黒幕から、情報を引き出さなければならないんです。こうでもしなきゃ駄目でしょう! 」
棒を持った少女、改め否笠は未村に棒を取られないよう必死に抵抗する。否笠の中は自分が仮面の男、改め黒幕から情報を引き出さなければならないという義務感でいっぱいであった。その義務感は否笠の視野を狭くしていく。
「ちょっとちょっと、さっきの自己紹介で言ってたじゃん! 『自分は何よりも道徳と倫理を重んじる』って。殴っちゃったらそれに反するでしょ! 」
「えっ、誰が殴ろうとしてるって? 」
「否笠でしょ! 」
そう言われて否笠はハッと我に返った。客観的に見て自分は黒幕を殴ろうとしているように見えるのは不自然ではない。むしろそうとしか見えなかっただろう。不安げな表情をしている未村の様子から殴ろうとしていると思われたのが感じ取れる。しかし未村に正してもらわなければならないことがある。
「誤解しないでください。私は殴るつもりなど微塵もありません。」
そう、誤解なのだ。「私は何よりも道徳と倫理を重んじる」と初対面に対する自己紹介でも豪語するくらいなのだから、それに反することを出来るはずがない。だがそれを言葉だけで納得させるのは難しい。だからこそ行動をもって示すのだ。否笠の言葉に困惑した未村から離れ、黒幕の傍で棒を構える。先程と同じく、けれど少し素早く、殺気をもって棒を頭上に掲げる。否笠の目も殺気を宿している。そして、棒は勢いよく振られた。────棒は、黒幕の脳天を割ることも、触れることもなかった。ただ、いち、に、さん、し、と殺気をもって剣道の素振りをしているだけ。しかも黒幕の頭に当たる寸のところで止めている。あまりの異質さと紛らわしさに未村は唖然とするしかなかった。
「これで黒幕も口を割る気になるでしょう。」
しばらく素振りをした否笠は未村の方を見て得意げに放った。あまりの自信に『ドヤァ』という文字が具現化して宙に浮いてそうにも見える。いやいや、無理がある。未村の口から呆れた声が出た。何を根拠にこれで口を割ると思ったのか全く理解出来てない様子だった。だが黒幕は未村とは違ったようで、高らかに笑っていた。否笠も黒幕のこの反応には二重の意味で驚いた。これほどまでの大きな反応を得られたことによる驚きが一つ、その高笑いが少し作り笑いのように見えたことによる驚きがもう一つ。
「…なんて馬鹿らしい人なんでしょうかね。でも良いでしょう。皆様に全てをお話します。」
しかしほんの少し感じた違和感は本来自分が目的としていた事を成し遂げた達成感と、サラッと『馬鹿』と言われた屈辱で上書きされた。複雑な心境ではあったが、否笠は未村に勝ち誇ったかのようなドヤ顔を向ける。対する未村は呆れて何も言えなくなっていた。気まずい沈黙が僅かに流れたが、それを切り裂くように大広間の扉が勢いよく開かれた。
「二人とも、不破を捕まえたよ! 」
「何するんだよ、俺は一人で出口探すって言っただろ! 」
ドタバタと大広間に現れたのはやや中性的な少女、非鈴と、彼女に引っ張られている少年、不破だった。不破は大広間に連れてこられるや否や掴まれていた手を振り払った。
しかめっ面で再び大広間を出ようとする不破を非鈴と未村が二人がかりで止める。否笠は黒幕の傍を離れる事に不安を感じたので二人に加勢しなかった。高校生男子である不破を女子二人で引き止められるのかとも考えたが、非鈴一人で不破を無理矢理ここまで連れて来ることが出来たのなら問題ないだろうと判断した。実は不破は同年代の男子と比べて非力なのだろうか。はたまた細い体の割に非鈴の力が強いだけなのだろうか。いずれにせよ、単独行動を取りたがる不破を此処に留めておくことが出来ればそれで良かった。
否笠、未村、非鈴、不破の四人が大広間に集まっているのを確認した黒幕が口を開く。
「随分と騒がしいですが、一応全員揃いましたし、何故私が皆様をここに閉じ込めたのかについてお話させていただきましょう。とりあえず、拘束を解いてもらえますか?」
「今ここで我々を外に出して解放してくださるのであれば拘束を解きます。」
「それはお約束出来ませんね。何故なら外に出られるかどうかは皆様次第ですから。あと、拘束を解かないと不利になるのは皆様の方ですよ。」
否笠の顔が険しくなる。自分の強気でかつ冷静な態度に一切動じず、更に強気で冷静な発言をしてくる。緊張感と焦燥感で取り乱しそうになるが、負けず嫌いな否笠は黒幕との駆け引きで負けてしまわないよう必死に冷静さを保った。
「なんで自分たちの方が不利になるの。説明して。」
非鈴が横から問いを投げかける。それにも黒幕は調子を変えずに返答する。
「それも含めてこれからお話させていただきます。物事を説明するには順序というものがありますので、これを先に説明する訳にはいきません。」
「…………我々に危害を加えないこと、嘘偽り無くこの場で我々に情報を開示すること。これを解放の条件とします。」
正直黒幕の答えに納得がいかなかったが、この緊急事態において避けられるリスクは避けておきたかった。よって否笠はこれを妥協点として黒幕に提示した。
黒幕はその条件を呑むと伝え、拘束を解いてもらった。伸びをしたり腕を回したり随分と呑気そうで否笠は少し拍子抜けしそうになってしまった。
ひとしきり体をほぐし終わったらしい黒幕はようやく話し始めた。
「さて、突然ですが、皆様には無自覚の罪を犯したとして無期懲役が下されています。故に皆様は『罪人』となり、この刑務所という名の御屋敷に閉じ込められているのです。」
「ちょっと待った、なんで犯罪者扱いされてるわけ。無自覚の罪って何なんだよ。」
不破が黒幕を睨みつけながら言う。当然の反応である。
「不破さん、人の話は最後まで聞くべきです。」
しかし否笠は黒幕の発言よりも、黒幕の話を遮った不破の態度の方が気に入らなかった。想定外の展開に注意された不破は勿論、未村と非鈴も否笠の発言に驚いていた。
黒幕は否笠たちの様子など気にも留めず続ける。
「しかし皆様には外に出るチャンスが残されています。もし全員が自らの無自覚の罪を自覚し告白すれば、更生したと見なし、出口の扉を解放して差し上げます。ただし、全員が罪を告白できなかったら、一生この刑務所に閉じ込められます。」
一生この刑務所に閉じ込められる。この言葉の意味を理解するのは案外容易で、思わず全員がいっせいに驚きの声を上げてしまった。しかしすぐさま冷静さを取り戻した非鈴が黒幕に尋ねる。
「さっき一通りこの建物を探索してきたけど、この建物内に一生暮らせるだけの物資があるようには見えなかったんだけど。」
「その点についてはご安心ください。私がこの刑務所に食料や物資の提供をさせていただきます。皆様がルールなどを守っていただければ、無事皆様が寿命を迎えることを保障します。」
『寿命』という言葉が出たことで更に一生この刑務所に閉じ込められるという言葉に説得力が持たされた。全員の顔が曇っていく。
「……質問よろしいでしょうか。」
否笠が丁寧に挙手をする。黒幕もどうぞ、と丁寧に答える。発言権を貰った否笠は黒幕に問い詰める。
「わざわざこんな大きな屋敷や大量の物資を用意して、しかも寿命を迎えることを保証した。そこまでして我々をここに閉じ込めるのは何故ですか。目的を問いたいです。」
「目的……そうですね。──強いて言うなら『世界をより良くするため』ですかね。」
「自分たちをここに閉じ込めたのと何の関係があるの。」
突拍子もない黒幕の発言にまた全員の表情が歪んだ。すぐに非鈴は的確に必要な情報を引き出すための問いを突きつける。意外にも非鈴は情報を引き出す駆け引きの場において、的確な質問が出来る人物なんだと否笠は認識した。
「先程述べたとおり、皆様は罪人としてこの刑務所に収監されています。つまり皆様は社会で何かしらの問題を起こしている、または、社会に障害をもたらしている存在だと認識されているわけです。」
「もうちょっとわかりやすく言って。」
「要するに、皆様は社会にとって邪魔な存在なんです。だから取り除いたんですよ。ゲームでバグが発生したらそれを取り除くのと同じです。」
混乱した様子で黒幕に発言した未村は、この返しに更に混乱しているようだった。しかし混乱しつつあるのは否笠もそうだった。常に敬語で丁寧な対応をしてくるのに、その言葉には確実に自分たちを見下しているような、自分たちの命を少し蔑ろにしているような雰囲気がある。捕らえてから今の今に至るまで、本当につかみどころがない。
「あぁもうイライラするなぁ。さっさとここから出せよ! 」
混乱していたのはしばらく黙って話を聞いていた不破もそうだったようで、痺れを切らして黒幕に殴りかかろうとした。不破の握りこぶしは黒幕の顔面を捉えていた。……ところが、黒幕はそれをあっさり躱し、ニヤリと笑った。
「おっと、暴力行為なんてしたら本物の刑務所に入れてしまいますよ。この刑務所内では私が絶対的な力を持っています。なので、私がその気になれば皆様を餓死の道へご案内することも出来ますよ? 」
まただ。まるでお前らの命は自分の手中にあるのだと言わんばかりの態度。いや、実際に言っているのだろう。しかもこれは自分たちを従わせるための嘘でもはったりでもない、疑う事さえ無駄な過酷な事実。
「不破さん、ここでの反抗は控えるべきです。」
もし黒幕がその気になってしまえば間違いなく自分たちは為す術なく死ぬと否笠は理解している。それを回避するためにも冷静な対応をするよう不破に促す。
「いいや、俺にできないことは無い。俺は一人で何でも出来る! 」
「不破っち落ち着いて! 」
しかし不破は完全に頭に血が上っていてまた黒幕に殴りかかろうとした。明らかに混乱していた未村もこれには慌てて止めに入った。黒幕は不破と未村がバタバタしているのを無視してすまし顔であった。
「さて、説明は全て終わりましたね。皆様が罪を告白出来る事を祈っております。……あぁ、そうだ。黒幕だなんて堅苦しく呼ばずに、黒幕の黒から取って『くろちゃん』とか『ブラック』とかで呼んでくださいよ。」
ようやく頭の痛い話が終わったと思ったら突然呼び方の話をされて非鈴と不破は驚きの表情で固まってしまった。
「そういえば、あなたの本名は何なんですか。親から授かった名前を大切にしないなんて、許されませんよ! 」
一方の否笠は黒幕の自らの名前を明かさない姿勢に苛立ちを覚えたようで、冷静さを忘れ黒幕に詰め寄る。そんな否笠を未村はキラキラとした表情で押し退けた。
「わかった、ブラックって呼ぶ! だから、私のことは『ホワイト』って呼んで。」
押し退けられた否笠は人の話を遮らないでくださいなどと未村に文句を言うが、全く聞こえていないようだ。更には非鈴と不破まで未村の発言に疑問を抱くばかりで否笠の方を見向きもしない。さすがに全員にスルーされるのは堪えたのか、否笠はその場でうずくまってしまった。
「そんなの決まってるよ、ブラックと言えば『ふたりはプリキュア』のキュアブラック。キュアブラックと来たらキュアホワイトが来るのは当然! じゃあブラック、あれやろあれ! 」
未村がぴょこぴょこと跳ねながら手招きをする。大層テンションが上がっているようだ。黒幕は少し考える素振りを見せた後、閃いたような顔をし、ポケットからスマホを取り出し何かを始めた。他の三人はというと、「ブラック」という言葉からふたりはプリキュアの「キュアブラック」に飛ぶという未村の発想の時点で置いてけぼりになっていた。無論、これから二人が何をするのか検討もつかない。
黒幕がニヤリと未村に合図をする。未村も無言で大きく頷き応える。コトリ、とスマホを机に置いたその時、聞き覚えのある音楽が流れてきた。それはファンで無くても、全員が何の曲かを理解することが出来るものだった。黒幕が大きく声を上げる。
「光の使者、キュアブラック! 」
セリフに合わせてポーズを取る。続いて未村も楽しそうに声を上げる。
「光の使者、キュアホワイト! 」
「ふたりはプリキュア! 」
二人の声は綺麗に重なり、スマホから流れている『ふたりはプリキュア』のオープニング曲が、ビシッと決めポーズを取る二人の雰囲気を更に盛り上げている。意外にも決めポーズのキレと雰囲気が良く、高クオリティだったため、思わず非鈴と不破は拍手を送った。
一方で、唯一拍手を送らなかった否笠は早くも冷静さを取り戻し、未村に危機感を持つように伝える。未村は楽しそうな表情から一転、頬を膨らませて不満そうな顔をする。すると意外なところから未村を突き放す声がした。
「今更ですが、私、罪人を愛称で呼ぶ趣味はないので『ホワイト』とは呼びませんよ。」
共にプリキュアごっこをしたはずの黒幕に突き放された未村はそんなぁ……と膝から崩れ落ちる。喜怒哀楽が分かりやすく表に出るタイプだからか、表情や動きの変化が大きく感じられて、どことなく幼さがあるなと否笠は思った。
「自分のことは愛称で呼べって言ったのに、身勝手にも程がある……。」
すかさず非鈴が痛いところを突く。しかし黒幕は調子を変えずに営業スマイルで対応する。
「私だって人間です。身勝手になることもあれば、ふざけて遊ぶこともあります。」
「お前の身勝手に付き合っていられるか! 」
「あー、私そろそろ用があるのでこれで失礼しますね。皆様の健闘を祈ります。」
また不破に噛みつかれそうになったためか、逃げるようにして黒幕は大広間を出て行ってしまった。すぐに否笠が後を追おうと廊下に出たが、その時には既にその姿をくらましていた。これからどうなるのかという不安。この最低な置き土産をどう処理すれば良いのか分からないまま、ただ時が過ぎていくばかりだった。
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