ひかりの海を泳いで
戸塚由絵
部屋
1
心臓の音が聞こえてきそうなほど近いのに何もかもが遠く思えて、はるの薄い胸に触れた。
手のひらから伝わる体温も、右の内腿にある黒子も、乱れた表情も、わたしのことをそんなにすきじゃないことも、全部知ってるからこんなに近くにいるのに途方もなく遠く、冷たく感じてしまう。
「すきだよ」
縋るようにそう言うと、はるは大きく丸い瞳を逃げるように逸らし、困ったように笑った。
「ありがとう」
感情も温度もない声が六畳の部屋に漂い、はるがわたしを抱きしめる。愛のない形式的なその行為がいつもわたしを不安にさせて、そしてそれからいつものように愛のない性行為に耽る。
わたしに覆い被さって腰を振るはるが一番人間らしくて、求められている気がして、それに心から安堵した。
はるも人間だということを確かめるように何度も触れては安堵して、行為が終わって不安になるのをずっと繰り返している。
いつか、わたしのことを見てくれるんじゃないかと、愛してくれるんじゃないかと祈りながらはるを抱きしめる。
はるの硬い骨の感触が、冷たい皮膚の温度がわたしの肌に刺さる。
いくら愛を注いだって満たされはしない。彼ははじめからわたしの愛など一切必要としていない。割れた花瓶みたいに注いだ愛が注いだ分だけ溢れて乾く。花が萎れていく。
それでもわたしはまだはるがすきで、だいすきで、彼をひとりにすることができないから、彼の身体だけを今日も受け入れる。
そして今日も、黒く底のない彼の瞳にわたしは映っていない。
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