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カスミがピーマン頭になったのは三ヶ月ほど前、年が明けて最初の登校日のときだった。カスミがピーマン頭であらわれたはじめての朝、さすがにぼくも驚いてしまった。
その朝、登校しようと玄関から出たとき、ちょうど隣の家の玄関も開き、カスミとカスミの両親が出てきた。カスミの姿をみて、ぼくはおもわず「えっ」と声を出してしまった。カスミには聞こえなかったはずだが、ぼくは内心あせった。すぐさま人権道徳プログラムを起動させ、落ち着いたふるまいをするように努めた。見送るカスミの両親の笑顔は、こころなしか硬いようにみえた。
そのあと、スクールバスや教室でカスミのピーマン頭をみたものは、はじめはいくらか動揺していたが、すぐに人権道徳プログラムを起動させ普段通りのふるまいをした。
× × ×
まだ幼稚園のころ、ぼくはカスミとふたりである冒険にでたことがある。そのころのカスミは当然ピーマン頭になるまえで、栗色のやわらかそうな髪の毛が印象的な女の子だった。
近所の公園でふたりで遊んでいたときだった。ぼくは──この街の突き当りには高い壁があって、街全体が壁にかこまれている──ということをはなした。すると、カスミは、
「わたしその壁みてみたい。ソウタ君、探しにいこうよ」
といい出した。
そのころのぼくらにとって、家と幼稚園と公園がある半径五百メートルくらいの範囲が世界のすべてだったから、その外側に出ることに抵抗があった。はっきりいえば、ぼくは知らない場所に行くのがこわかった。
でもカスミはぼくの不安なんておかまいなしだ。ぼくの手をとって立ち上がると冒険にむかって出発した。ぼくはひっぱられるようにしてカスミのあとにつづいた。
知らない道、知らない家、知らない風景。ぼくは不安にかられたけど、カスミにはそんなもの微塵もなく──新しい世界が楽しくてしょうがない──といったふうにぼくのまえをずんずん歩いていった。
住宅地を越えると畑がひろがっていて、さらにその先には雑木林があった。雑木林は茂っていて向こう側が見えなかった。おばけが出てきてもおかしくないほど不気味で薄暗い場所だった。ぼくは怖気づいて雑木林の前で立ち止まってしまった。
カスミはぼくの顔をのぞきこんで、
「わたしがいるから大丈夫だよ、ソウタ君。ね、行こう」
といった。
「……うん」
ぼくはなんとか勇気をふりしぼって雑木林のなかにはいった。雑木林の道は意外に短くて、すぐにひらけた。そこには広大な空き地があって、その向こうにフェンスが見えた。よく見ると、フェンスの向こう側のかなり先にコンクリートの壁があった。
「ソウタ君、ほんとにあったよ!」カスミが指をさしながらいった。
ぼくらはフェンスに近づいてみた。よく見るとフェンスは二重になっていて、フェンスとフェンスの間に人が一人通れるくらいの道があることに気がついた。
「ソウタ君。あれなあに?」
カスミが指さした先には灯台のような建物があった。フェンスのなかの道はその建物につながっていた。
「なんだろ? 上のほうが展望台みたいになってる」
「あそこに登れば壁の向こう側が見えるかな」カスミは嬉しそうにいった。
そのときだった。
「君たち!」
その声にぼくは凍りついた。カスミもおそらく同じだったろう。
声のしたほうを見ると、黄土色の戦闘服を着た兵士が一人フェンスのなかの道に立っていた。兵士のもっていた機関銃がぼくに戦慄をあたえた。
兵士が固い表情をしていたことをいまでもおぼえている。
「まって。そこをうごかないで」
兵士はすぐにトランシーバーでだれかにぼくたちのことを報告した。しばらくすると別の兵士がふたり来て、
「ここには入ってはいけないよ。家まで送るから」
といった。怒られたわけではないけど、ぼくは泣いてしまった。カスミもはじめは我慢していたが、ぼくに釣られるようにして泣きだした。
後日、あの雑木林の入り口には鎖が張られ、立入禁止のプレートが下げられた。
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