4

『コードC。コードC。各自配置につけ。繰り返す。コードC……』


 サイレン音と重なって、そんな町内放送が流れた。


 スーパーの女の人は十字路の真ん中で自転車を停め、放送をきいていた。二人組の男たちは、スーパーの女の人をはさんで、不穏な表情でぼくたちを睨みつけていた。


 スーパーの女の人はまずぼくたちをみて、次に男たちをみた。


「動くな!」


 二人組のうち赤いキャップをかぶった男が叫んだ。と同時に「パンッ」と乾いた音がした。赤キャップの男は右腕をまっすぐ前に突き出し、その手には黒光りする物体がにぎられていた。拳銃だ。


 スーパーの女の人は「ぎゃああ」と叫びながら自転車ごと倒れた。撃たれた? いや、逃げようとしてただ転んだだけのようだ。倒れた自転車に足がはさまり、バタバタともがいている。


 赤キャップの男はもう一発拳銃を発射した。ぼくたちを撃とうとしているのか? でもぼくは体を動かすことができない。


 ぼくたちのうしろからも銃声がきこえた。ぼくは首だけ動かしてうしろを振り向いた。だれかが走ってくるのがみえた。その人はぼくたちの前に立ち、拳銃をかまえた。それはさっき畑で声をかけてくれた岸辺さんだった。


「君たち! 私のうしろに隠れなさい!」


 ぼくとカスミは岸辺さんを盾にするように体のうしろに隠れた。


 二人組のもう片方、口髭を生やした男が赤キャップにいった。


「失敗だ。引こう」


「だめだ。目の前にいるんだぞ」


 といった瞬間、赤キャップの胸に二発の弾丸が撃ちこまれた。赤キャップの体が勢いよくうしろに吹っ飛んだ。


「待て!」口髭の男は両手をあげて降参のポーズをしながら「銃は持ってない!」と岸辺さんにむかって叫んだ。


 岸辺さんは拳銃をかまえたままゆっくりと歩を進めながら「両手をあげたまま地面に伏せろ」といった。


 岸辺さんは倒れている女の人の近くまでくると「怪我は?」といいながら女の人の顔をのぞきこんだ。岸辺さんが男たちから視線をはずしたほんの一瞬だった。死んだとおもっていた赤キャップの男が上体をガバッと起こし、


「ガキがあ!」


 と血反吐を吐きながら、ぼくとカスミにむかって銃を一発撃った。




 ──不思議なことがおこった。


 理由はわからないけど、ぼくは


 二十メートル先で弾丸が銃口から飛び出す光景をスローモーションでみることができた。岸辺さんが赤キャップの男の行動に気づき弾丸の軌道に自分の体を投げ出すまでの一連の動作を、岸辺さんの視点でみることができた。弾丸が回転しながら岸辺さんの右腹部に着弾し肉をえぐりながら体のなかを進み背中へと貫通するまでをみることができた。そんな一瞬の出来事をぼくはすべて理解していた。だけど、ぼくはみていることしかできなかった。


 弾丸はすこし回転数を落としたものの十分な速度を保ったままカスミの頭部へと一直線に飛んでいった。ゆっくりと回転する弾丸がカスミのピーマン頭に触れようとしたその瞬間、閃光が走った。


 眩い光につつまれ、気づくとまわりの風景は消えていた。ぼくは無機質な空間のなかにいた。壁も天井も地面もない空間で上下左右の感覚がなかった。色は揺らぎながらまだら模様を形づくり、七色に変化していた。時間的にどれくらいこの空間にいたのか、時間の感覚も狂っていたせいか、数秒のようにも数日のようにも感じられた──




 ぼくはいつのまにか元の交差点に戻っていた。時間の流れも普通のスピードになっていた。岸辺さんは腹部をおさえながら地面に倒れていて、地面には血溜まりがひろがっていた。スーパーの女の人はまだ転んだままでぶるぶると震えていた。口髭の男は呆然と立ち尽くし、赤キャップの男はもう死んでいるようだった。


 ただカスミだけがいなかった。ぼくのとなりにいたはずのカスミの姿が忽然と消えていた。


 急に視界が暗くなった。そして暗闇のなかにぼくは堕ちた。どうやらぼくは気を失ったようだ。

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