第3話 おにぎりみたいな車が行く
「あ、あのさ……い、今更なんだけど」
「何だよ、どうかしたか?」
姉貴の声がいつになくしどろもどろだ。
「里菜ちゃんって、フェリーから落ちた訳でしょ?
確かにそうだ。ニュースになった位である。今頃、付近は大騒ぎだろう。まさか数十kmも離れたここまで流れ着いているとは思うまいが。
「
俺の言葉を聞いた里菜の顔が一気に暗くなる。通報した際の彼女の姿を想像してみた。きっと何処かに保護されて、後は質問攻めにあうのだろう。
「里菜…」
「あ……は、はい」
「君、連れがおった? 友達とか会社の同僚とか」
「い、いえ、一人旅ですっ! と、東京も独り暮らしで、
そうか……一人ね。では、身内に心配をかける事は無しと。
「よし、じゃあ取り合えず通報はナシだ。まずはその身体を洗って、身なりをどうにかして落ち着かなきゃな。姉貴、
「えっ、大丈夫かな……」
割合ノリの軽い
「分かった。私もこのまま里菜ちゃんとお別れしたくないし。うんっ! こげんなったら
「えっ、い、いいんですか!」
「ま、何とかなるって。そういう事でしょ、友紀」
「泣こかいっ、跳ぼかいっ、泣こよかひっ跳べっ※! ってとこだな」
※泣こうか跳ぼうか泣くより跳んでしまえ。困難に出会った時は、あれこれ考えず、とにかく行動しようという意味。
姉貴と俺の決断に、里菜の顔に
俺と姉貴も笑顔で返した。
「と、ところでこの車……ちょっと変わってますね」
「ねーっ、屋根がないのに背骨はある。ちょっとどころかだいぶ変よね」
里菜のフリを拾った姉貴がニヤニヤする。背骨とは如何なものかと思うのだが、この車、屋根を外しても、前後の座席の間に、太い骨が確かに存在する。
屋根のある普通の車で表現するなら、前の窓枠と後ろの窓枠に当たる部分。これがとても太くて、前の座席に搭乗する者の頭の上を
そして幌を外した状態だと、この骨がやたらと目につく。
「それに…なんだか日本車じゃないみたいな顔つきですね。私の地元でも走っていそう」
変わってるねぇ…それは
「後ろ姿は台形……。なんだか角がついたおにぎりみたい。ちょっと可愛いかも」
そう言って里菜はクスッと笑う。お、おにぎりかあ……。ま、まあ良いか。
「まっ、とにかく乗ってくれよ。早く身体を暖めないとな」
「里菜ちゃん、私は後ろに乗るからどうぞ
姉貴はそう言うと、後ろのタイヤに足を掛けて、ヨイショと、ドアも開けず乗り込んだ。ちなみにこの車、4ドアではない。
「え、良いんですか?」
「良いも何も、その方が
里菜の
何だよ、そのらしくねえ
「と、とにかく乗ってくれ…って、脚までタオル巻いてちゃ乗れねえか」
俺は左側のドアを開けて再び里菜を
俺自身も運転席に座り、キーを
んっ?
……そんな訳ねえよな。
「行くか。ちょいと寒いかも知れないが、ヒーター付けるし、ばあちゃんとこには、5分で着くから
左右確認、いつもより
左車線の眼下に広がる海。里菜はさらに海側なので、特にしっかり見える事だろう。
「うわぁー、この海岸ってこんなに小さかったんですね。神社のある岩と次に見える岩まで200m位かしら? 挟まれた砂浜が、なんだか三日月みたいで可愛いです」
「おうおう、これはまた随分と風流な事をおっしゃる。如何ですか、友紀氏?」
姉貴は不意打ちで俺に意見を求める。此奴さっきからニヤニヤが止まらないのが、ルームミラーに映っているのだ。
「そ、そりゃあ東京に比べたら、この辺の海は何処でも綺麗さ。だけどイタリアの島って言ったら、多分シチリア辺りだろ? そ…そっちの方が、よっぽど綺麗なんじゃねえの?」
俺は馬鹿正直な意見を返した。
「そ、そんな事……」
「ごめんねぇ里菜ちゃん。此奴、ほんっとうに可愛くなくてさあ」
少ししょげてしまう里菜に、姉貴がフォロー…と、言うか取り合えず俺の事を落しておく。
ちょっと言い過ぎたかも知れない……。イタリアという
だがこんな
此処は話題を変える事にする。
「と、ところで風が吹き荒れてすまない。さ、寒くはないか?」
「あ、はい。それは全然大丈夫ですっ! むしろ海風が心地良くて、ずっとこうしていたい気分……」
俺は少しだけ隣に目を移す。里菜の言葉に
乱れる髪を最早気にせず、自分が落ちた
それならばと、俺は本来のルートを外し、ひたすらに海沿いを行ける道に切り替える。
この海岸線は、ただ真っ直ぐ伸びている訳じゃない。小さな岩山に行く手を
この地形、運転する俺にとっては、程よいアクセルワークとシフトチェンジに、ハンドリングを要求されるので、気分が良い。
しかし里菜にとってはどうなのだろうと、心配したが
「あ、この家面白いっ! 道路の下に建ってますね、2階にあるのが玄関なのかしら?」
「ああ、ここら辺にはこういう家もあるんだ。車道より海に近い傾斜した土地に建ててんだ」
「里菜ちゃん、家の親戚にはね、もっと傾斜がきつくて、1kmはありそうな所に沢山の家が建っててさ。子供の頃は、夏休みに遊びに行って、海水浴にBBQ、花火もやって楽しんだのよ」
「えーっ、楽しそうですねっ!」
里菜がはしゃいでいる。気分は、もうすっかり落ち着いたらしい。
俺にして見りゃ大した思い出でもないのだが、喜ぶ彼女を見ていると、楽しかった思い出補正がかかっていく様な気さえする。
民家が増えて来た。目指す
もっとも最近じゃ港よりも、その中にあるカンパチの海鮮丼が美味い『みなと食堂』の方が有名だ。
その古江にある公園の近くに、俺等のばあちゃん『
ちょうど俺が生まれた頃辺りに、一度改築してをいるものの、流石に古さは隠せない。じいちゃんが亡くなってから、一人で住んでいる。平屋の小さな家だ。
寄せればギリ2台は駐車出来るスペースに、車を滑り込ませる。さっさと降りて、里菜も車から降ろしてやった。
「ばあちゃん、いるんだろ? 入っぞっ」
俺は引き戸の玄関を勝手に開く。大抵鍵はかかっていない。今日も同様だった。
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