友紀(ゆき)第1章『流れ着いた先にある”もの”』

第1話 私の名前は里菜(りいな)

　俺の名前は『園田友紀（そのだゆき）』。普通は"ゆうき"なんだろうが、"ゆき"である。

　お陰様で、俺の人生21年には、常に"女の子みたいな名前だなあ"が、ついて回った。

　その度に俺は、"友紀が男の名前で何が悪いっ！"って、言い返す事になる。

　そんな俺だが身長178cm、体重68kg。小学生からサッカー一筋。今はとある体育大の特待生で、ポジションはMFだ。

　大学3年。翌年の7月には天皇杯にて、とあるＪ１のチームを3－0で完封するのだが、そんな事、流石に予見はしていない。

　とにかく何が言いたい？　もう俺の事を女の子呼ばわりする奴はいないって事だ。

　此処は日本のとある田舎町だ。電車すら走ってないが、車さえありゃ生活に不自由はしない。

　だから自然と車に拘（こだわ）る連中は多い。

　俺も多分に漏れず……って、言いたい処だが、残念ながら26年前の国産の"新車"、白の幌車（コンバーチブル）※に乗っている。

　※屋根が完全に外せる車。オープンカーの事。その車の使用目的や、形によってカブリオレやコンバーチブルなどと呼称される。

　別に旧車への拘（こだわ）りがある訳じゃない。親父のお下がりだって話だ。

　ただ親父に取っては心血（しんけつ）…って言うか、本来家族に落とすべき稼ぎを、せっせと注いだ車なのだ。

　長男の俺が生まれた時、これで乗ってくれる奴が出来たと喜んだらしい。

　まあ、コイツ…確かに運転してて楽しい。クラッチ切って、シフトチェンジするのは、すこぶる気持ちが良い。

　それになんと言っても"幌車"。屋根を開いて海沿いを走れば、やな事は全て吹き飛ぶ。

　ガソリンメーターが、スグにEmptyを差すのだけは、ちょいと頭が痛い。

　季節は11月半ば。日本列島の南端にでも、誰が何と言おうが、冬は訪れる。

　けれど雨と灰さえ振らなきゃ、俺は必ず幌を開ける。

　たとえ女が隣に乗っていようとも、だ。

　今日助手席に乗ってるのは女…扱いする必要ないが、一応女だ。

『園田瑠里（そのだるり）』２つ上の姉貴だ。弟が言うのも変な話だが、見た目だけなら中の上っていった処。

　紫色に染めた髪は個性的で、瞳もそれなりに大きく、出てる所はキチンと出てる。

　だが、そのスタイルを生かさないダボッとした萌え袖が好きで、スカートなんて絶対に履（は）かない。

　加えて完璧なＢＬオタクを極めており、最近はWeb小説を読むのに、ハマっているらしい。

　普段は家に籠（こも）り、漫画やアニメ配信を端（はし）から、昼夜問わず見続ける為、視力もすっかり落ちてしまい、拘りのない眼鏡をかけている。

　それでも本人に曰く、推しの服装を真似ている美意識高い系らしいのだ。だが少なくとも俺には、これっぽっちも刺さる相手がいるとは思えない”干物女”である。

　そんな姉貴が海に出掛けたいと言い出すのは、”シーグラス”を拾いに行く時だけだ。

　シーグラス、直訳すれば海の硝子（がらす）。早い話、海に捨てられたガラスが、削られて海岸に上がって来たゴミだ。

　姉貴は、これを拾い集めては、綺麗に洗い、部屋の装飾に使う。俺には全く理解出来ない趣味。

　まあ、それでも隣に女らしいものを乗せて、海岸線を走るのは悪い気はしない。

　ぶっちゃけ俺自身、彼女いない歴２年目を経過中なのである。

「姉貴、着いたぞ」

「あ、うん…え、また此処なの？」

「寝ていたくせに文句を言うな。俺がこの辺で海岸って言えば、此処しか来ないの知ってるだろうが」

「ちぇっ……」

　車を5台も止めれば、埋まってしまう小さな駐車場に入れる。一応、映画の舞台になった所なのだが、その程度の扱いである。

　俺自身は、この場所が大好きである。透き通った海に、荒々しい陸続きの磯の岩山がそびえ立ち、その麓（ふもと）には鳥居（とりい）がある。

　姉貴にとって肝心な砂浜の面積は少ない、だから機嫌が悪いのだ。

　この鳥居の上に投げた石が乗っかれば、願いが叶うというジンクスがある。

　この岩山の頂上に、小さな神社がある。岩山自体も大して大きいものではない。

　ただ岩肌をそのまま階段にした様な、実に粗末（そまつ）な作りなので、慣れない人なら登るにはちょっとだけ苦労する。

　もっとも俺にしてみれば、この粗末さがちょっとした冒険心って奴を掻（か）き立ててくれる。

　正月でも夏休みでもないただ休日。すれ違う人は、ごく僅（わず）か。姉貴の方は、サッサと砂浜に行ってしまう。

　俺は此処に来ると、必ずこの岩肌を登り、サッカー選手としての将来を願掛（がんか）けするのだ。

　ほんの数分で登り切り、財布を開いて中身を確認。

「50円玉……、よし、これにすっか」

　賽銭（さいせん）を投げ入れて、くたびれた紐（ひも）を振り、鈴を鳴らす。此処までは、いつもの事だ。

「はぁーーっ」

　神社の奥から、あくびをする様な声が聞こえた。この神社、元旦以外は、神主すら不在。

　もっと言うなら、俺自身は、人の混みあうの元旦に訪れるのは、絶対に嫌なので、神主にあった事すら皆無なのだ。

　しかも声の主、どう考えても女性だと感じた。巫女さんがいる？　それもちょっと考えづらい。

「Dov'è questo posto（此処は何処かしら）？」

　んんっ！？　日本語じゃない？　英語ですらない？　これでもう巫女さんでもない事が確定だ。

　その直後、俺はうっかり財布を振ってしまった。とても小さいのだが、小銭の音が辺りに響く。

「……っ！　C'è qualcuno（誰かいるの）！？」

　ヤバいっ！　感づかれたっ！　俺は一応スポーツ特待とはいえ現役の大学生だ。

　英語はおろか、スポーツ留学にも備えて、Google先生位のイタリア語なら理解出来る。

　そう、彼女の言葉はイタリア語なのだ。

　俺は覚悟を決めて、賽銭箱の影に隠れるのを止めた。何度も言うが、小さな神社だ。

　中には部屋の区分けなど無い。少し覗（のぞ）き込むだけで、その全容がすぐに見える。

　いたっ！　暗がりで判りづらいが、青い瞳の女性が確かに存在した。警戒しているのか、少し怯えている様に見える。

　と、とにかくまずは語り掛けるんだ。でないと話が進まない。

「み、Mi chiamo（私の名前は）友紀（ゆき）……」

「わ。私の名前は、里菜（りいな）と言います……」

　懸命にイタリア語で自己紹介しようとした俺に、彼女は全く同時に被せてきた。

「「はぁ？」」

　俺は、そのまま完全に固まってしまう。里菜（りいな）と名乗った彼女も同然だった。