さようなら、人間の創作活動

ちびまるフォイ

人の手で行われること

「マンガ先生、失礼します」


部屋に入るとすでに原稿は出来上がっていた。

編集の仕事といえば、その回収とチェックくらい。


「すごいなぁ。これがマンガAIの力か」


マンガAIは漫画誌の読者層やトレンドをディープラーニングし、

求められる展開や好かれるキャラを構築してマンガにする。


かつては締切に追われた編集マンが、

漫画家の尻をひっぱたきにやってくることもあったが、

AI漫画家が締め切りに遅れるなんてことは停電しないかぎり起きない。


「今週の原稿ももらっていきますね」


これだけデジタル化が進んでもなお、

編集が漫画家のもとへいかなければならないのはアンバランスな気はする。


普通にデータで送っちゃえばいいのに。



また数日後のこと。


読者アンケートのデータが入ったメモリを持ち、AI漫画家の家へ向かう。


「先生、失礼します。先週号の読者アンケートと、

 検索ワードとSNSの反応をまとめたメモリです」


AI漫画家に口はないのでしゃべる必要はないが、

そこは尊敬をこめて毎回声をだすようにしている。


一応、音声認識システムは入っているので。


メモリを入れるとAI漫画家は追加されたデータをもとに、

ふたたび高速でマンガをかきあげていく。


そこに迷いだとかスランプだとかは完全に無縁。

ゴールに向かって一直線に筆を滑らせていく。


「すごい……もうできちゃった」


次週に掲載されるマンガは昨今の情勢を加味して

コンプラに配慮しつつ、読者が離れないような内容に仕上がっていた。


「……なんか、無難だなぁ」


きっとこの先、このマンガが数十年後に読み返されることはない。

今の読者がマンガを手に取り、毎週読んでくれて、そして忘れられる。


AI漫画家はその時代、そのときのニーズにぴたり適したものを作るのであって

作者の思いだとかメッセージだとかそういうものはない。


ページをめくる手を止めないように最適化されたマンガを、

消耗品のように量産して読ませていくことに特化している。


それじゃ、編集はいったいなんのためにいるのか。


原稿を回収するだけの存在なのか。


「先生……もうちょっと考えてみませんか」


AI漫画家に追加データを差し込んだ。

内容は今のマンガに足りないと思われる単語をまぜこぜにしたものだった。


AI漫画家は追加データを創作材料のひとつにし、次の原稿をかきあげた。



原稿が掲載された翌週。


「先生! 先生! 見てください! 今週号は大反響ですよ!」


追加されたアドリブデータで生み出された原稿が、

他のAI漫画家とはあたま一つ抜き出て面白く仕上がっていた。


量産される代わり映えしない作品に飽きていた人間の読者にとって、

このスパイスは鮮烈だったようで大反響になっていた。


「この調子でどんどん面白くしてきましょう!」


すっかり編集としての自信を取り戻していたが、

大人気もせいぜい三日天下でその後はいつもの人気へと落ち着いていった。



「おかしいなぁ……なんでだろう……」


AI漫画家がスムーズに生み出していく次の作品を読んでいると、

あることに編集は気づき始めた。


「……あれ。もしかしていつもの感じに戻ってる?」


一度イレギュラーなデータ追加で突発的な変化は生まれたが、

AI漫画家が行う深い市場調査と傾向分析により、

いつもの「無難なマンガ」を作る方向へと揺り戻してしまう。


強大な敵を倒し、主人公が成長し、次の敵が出て、また倒そうとする。

気づけばいつもの王道パターンへと戻っていた。


「このままじゃまずい。せっかく入った読者が抜けてしまう!」


再びランダムな単語の追加データを用意し、AI漫画家に差し込んだ。

ふたたびデータを乱された漫画家は驚きの展開と、他のマンガで見られないキャラを作り出す。


「おおお! やった! これならきっと人気が出るぞ!」


一度作られていた原稿をボツにし、

追加データにより生み出された新原稿を手に出版社へと戻った。



新原稿が掲載された日。


出版社には苦情の電話が止まらなかった。


人間はAIが書いたマンガであっても、

不満をぶちまけるのは人間であってほしいようだった。


「スミマセン、スミマセン」


電話窓口では受付AIが対応に追われていた。

人間らしく応答できるので、AIだとは気づかれないだろう。


「そんな……どうして……」


沈んだ気持ちで編集は出版社から漫画家の家へと向かった。


「先生、原稿を取りに来ました……」


原稿はすでに出来上がっていた。

今の読者からのクレームの火消しをするような内容で面白くなかった。


虚を突く驚きの展開も、

他で見られない個性的なキャラも。


それを読者に受け入れられなければ、ただの自己満足。


「せ、先生! ここで守りに入っちゃダメです!

 せっかく読者を驚かせられたのだから、ここからが勝負ですよ!」


再び市場データとは別に用意した追加データをAI漫画家に差し込む。

マンガはますます独自路線を突き進む内容に仕上がった。


「ピンチはチャンスです!

 ここから挽回すれば今のクレームも笑い話になりますよ!」



けれど、結果は逆効果だった。


読者の求めない展開や、理不尽なストレス展開が追加され

ますますマンガは不人気の泥沼へと浸かりかけていた。


「ああ……ああどうしよう……」


AI漫画家は面白くなくなると、リセットボタンを押される。

これまでのマンガをすべて忘れてまたゼロからスタート。


AIに自我などなくても、毎回顔を合わせていたことで愛着もある。


今回こそ失敗したが、次回作では追加データが生きるかもしれない。

リセットを押されてしまえばすべて終わり。


漫画家の家に向かうと、AI漫画家を立ち上がらせた。


「先生、逃げましょう! このままじゃリセットされてしまいます!」


AI漫画家は抱え上げられてもなお、空中に筆を走らせている。


「今は人気がなくっても、今の先生のデータは財産です!

 きっと次回作、次々回作でどのAIにも書けないようなマンガが作れます!」


AI漫画家をどこかにかくまおうとしたとき。

すでに外には出版社の役人たちが待ち構えていた。


普段は本社でも見ることのない彼らが外に出る理由はただひとつだった。


「お願いです! AI漫画家のリセットだけはしないでください!

 このAIには他にはない独自のデータと可能性があるんです!」


役人たちは無言で近づいていく。

AIでもないのに人間らしさが感じられない。


「漫画家のリセットだけは……リセットだけはしないで!」


役人たちはニコリと笑った。


「もちろん。このAI漫画家は貴重だ。リセットなどしないよ」



そうして、編集AIのリセットボタンを押した。


再起動までの時間で役人たちは相談した。



「アドリブ要素を入れた編集AIだったが、いまいちだったなぁ」

「次はもうちょっと改良してみましょう」

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