二話 『ゲーム』後編
「うわあん!負けましたぁ!!」
小雪の部屋の中、机に覆いかぶさるように小雪は泣きました。
その様子に尊は勝ち誇った笑みを浮かべています。
理由は明白にございます。
2人の前には『人生ゲーム』
ゴールをした駒と、その手前で止まっている駒が一つ。
尊の手元には沢山の『お札』と小雪の前には僅かな『お札』に『借金の札』
この『人生ゲーム』……小雪は負けたのです。
小雪はがっくりと肩を落としました。
ただサイコロを転がすだけのゲームと思って挑戦すれば、ぼろ負けです。
流石にここから挽回でいる程、こちらの『人生ゲーム』甘くはありやしません。
ゴール一歩手前のマスには一番良い事が書いてありますが、小雪がそのマスに止まっても到底勝てないでしょう。
此処は負けを認めるしか無いのです。
小雪は不貞腐れたように、手元にあった小皿から金平糖を一つ取り出して尊に差し出しました
「もう『人生ゲーム』はこりごりです!『トランプ』に戻りましょう!」
そして、名案と言わんばかりに一言。
手作りのトランプを尊に差し出すのでございます。
――こちら、『人生ゲーム』を作った後に、更に尊から聞いて一緒に作った物となります。
流石に小雪には分からなかったので。
尊がトランプに必要な物を和紙に描き、その和紙を尊が補強の為に厚手の紙に貼ったものとなります。
普通のトランプより多少分厚いですが、遊ぶには十二分です。
さて、そんな小話はさて置き、トランプを差し出された尊は苦笑を浮かべました。
なにせ実は『人生ゲーム』より前に、先にトランプで何回か勝負をしているからにございます。
そして、そのゲーム全てに小雪は負けているのです。
それは尊の金平糖の数が何よりの証拠。
別に賭け勝負では無かったのですが。
「何回勝ったか、分かりやすくしよう」
と小雪が言い出したのです。
結果は御覧の通り。
小雪は自分で自分の首を絞めてしまったわけです。
いいえ、そもそも小雪が弱すぎるのです。
『ババ抜き』をすれば、小雪は素直に顔に出ます。
『七並べ』をすれば、小雪は素直に顔に出します。
仕方が無く『スピード』をすれば、小雪は慌てふためくばかりです。
こうして三連敗をしてから『人生ゲーム』に変わったのですが、御覧の通りにございます。
3回勝負……いえ、最終的に6回勝負になりましたが。
このままだと尊の全勝でしょう。
だから尊は苦笑を浮かべるしかないのでございます。
尊は仕方が無さそうに考えて、次のゲームは『ジジ抜き』に決めました。
『ババ抜き』よりは良いでしょう。ただ、小雪はコレでも負けてしまいそうですが。
その時はアレです。『豚のしっぽ』までランクを下げましょう。
そんな事を頭に浮かべながら、慣れない手つきで分厚いトランプを混ぜて、小雪に配るのです。
小雪は、そんな尊の様子に笑いました。
尊がどうしたのかと問えば小雪は微笑みます。
「ゲームをしている尊様はとても楽しそうにございましたから!」
この言葉に、尊が得意だからと冗談を籠めて少しだけ自信ありげに言いますと、小雪は首を縦に振って続けます。
「そうですね、でも尊様はゲームを作っているときも楽しそうでしたから。本当にゲームがお好きなんですね!」
続けられたこの言葉に、尊は少し考えて頷きました。
そうかもしれないと。
自分で作ったトランプを見てしみじみと思うのです。
ですが、尊は小雪を見ました。
尊はゲームが好きです。ソレが生きがいでしたし、ゲームであるならどんなものでも好きです。
それは子供のころから。子供の頃は自分でゲームを作っていたほどでした。
それを妹と一緒に遊んで。自分で考えたゲームで遊ぶ妹を見るのは、とても喜ばしい物にございました。
――だから、今回も同じ。
『人生ゲーム』を作り終え、嬉しそうに楽しみだと面白そうだと笑う小雪に。
彼女の姿が、尊にとって一番喜ばしく、楽しい物であったのです。
ただ、これは言いません。
そんなこと言われても小雪はきっと気持ち悪がるだけだと思ったのです。
だから、尊は苦笑を浮かべます。苦笑を浮かべて冗談を零します。
自分が、ゲームが好きである事を肯定して、次の世界。
自分向かうと言う異世界で、この知識を生かして設けてみようかな、なんて。
「いいですね、それは!」
尊の言葉に小雪は賛成しました。
ただ、小雪は悲しげな表情を浮かべます。
尊は苦笑を浮かべたまま、自身の言葉を否定します。
嘘であると、
この『ゲーム』は自分で考えたモノでない。
そんな盗んで、騙すようなことは出来ない。
小雪は少し固まって首を傾げました。
「そう、ですね。でも、尊様はゲームを作っているとき、本当に楽しそうでしたよ?――私の顔を見て本当に楽しそうに笑っておられました。勝手ながら思ったのですが、尊さまは楽しそうな私の顔を見て、そんな顔を成されたのではないでしょうか?」
尊は小雪の言葉に驚きます。
其処まで、気付かれていたことに驚きます。
小雪は微笑んだまま続けました。
「確かに異世界に無かったものだと知って、まるで自分が考えたモノだと言い張るのは何か思う所があるかも知れません。でも、尊様のように誰かを想って作るのであれば、私はそれで良いと思うのです。自分の利益の為じゃなくて、自分も含めて、みんなで楽しみたいからゲームを作った。素晴らしい事です」
それは今の私が保証します。
小雪は胸を張って答えました。
呆然とする尊を前に、小雪は最後に「ソレに」と言葉を零します。
「異世界では全て手作りになるでしょう?『人生ゲーム』も『トランプ』も私は大変でした!尊様がいないと数時間で完成なんて到底無理です!その努力は買われても良いものかと!」
あまりにも、あまりにも真剣に小雪は言い放つのでございます。
これには呆然と小雪の言葉を聞いていた尊も、だんだん笑えて来ます。
――それも、そうだと。
手元にある歪なトランプを見て納得してしまうのです。
初めて声を上げて笑う尊を前に小雪は笑いながら、しかし僅かに曇った表情を見せます。
「で、ですが。その……申し訳ない事に、私は尊様がコレから向かう世界の事は何も分からないのです。転生なのか転移なのかも分かりませんし、結果記憶を引き継ぐかも私には分かりません……」
あまりに申し訳ないと言う表情で言うのですから、先程の小雪が曇った表情を見せた理由が尊にも分かりました。
この言葉に尊は笑います。
尊は知っています。
少なくとも、自分が『転生』することは、知っているのです。
それを踏まえて尊は首元を擦りながら、大丈夫と笑います。
好きな物の事は、そんなに簡単に忘れることは無いから。
そう、最後は悲しげな顔をして言うのです。
続けて、尊は『ゲーム』で褒められたことに礼を言います。
なにせ趣味で褒められたことは久しぶりでしたから。
母が連れて来た男に、気持ち悪い趣味と罵られたあの日から褒められたことはありませんでしたから。
『尊』と言う名が原因で学校でも馬鹿にされて、いつからか妹にまで気持ち悪いと拒絶されて、ずっと引きこもっていましたから。
誰かに褒められたのは本当に久しぶりであったのです。
それに、迷いもなく『尊』と言う名を呼んでくれる事にも感謝しました。
本当は、一番やりたくて、得意な事を、やりたかった。
顔と名前があっていないと馬鹿にされた、この『尊』と言う名。
死んだ父が必死に考えて付けてくれたというこの名を、呼んでくれて。
「誰かに尊ばれる人となりなさい。人を尊べる人となりなさい」
その想いによって付けられたこの名前を、呼んでくれて。
――長い間、尊はゆっくりと小雪の側に来ました。
首を傾げる彼女を前に、尊は手を付き、頭を下げるのです。
涙を噛みしめて、こころから謝罪を彼女に送るのです。
尊は自分が、仕出かそうとしていた事を包み隠さず言いました。
その結果小雪が気持ち悪いと拒絶しても、
それが罪悪感からの綺麗事だと気づいていても、
自分が犯そうとしていた欲を包み隠さず口に出して、頭を下げたのです。
小雪は尊の告白を呆然と聞いていました。
最初は驚いた様子で、しかし徐々に困ったような表情で。
しかし口を出すことは無く、最後まで全てを聞いたのです。
暫くして、尊は口を閉ざします。彼の手が震えているのが分かります。
小雪はそんな彼に口を開きます。
「――私にそのような行為を所望する方は、何人かおられます。ソレを踏まえて言いますと、私には人の欲と言うのもが分かりません……。今この時、あなたの告白を受けても、どう答えれば良いのか分かりません」
その言葉は拒絶ではありませんが、肯定や、慰みの言葉でもありませんでした。
でもそれは仕方が無いと尊は噛みしめます。
本当は心の何処かで小雪なら肯定の言葉を掛けてくれると……。
でも、そんな望みこそ浅はかで、気持ちが悪い。
尊がもう一度謝罪の言葉を口にしようとした時。
小雪は続けるように言いました。
「でも、思い止まってくれて良かった。私は、欲は知りません……。でも、怖い、嫌という気持ちはあります。――いままで私を襲った方々を私は、傷、つけてしまいましたから…」
あまりに酷く心苦しそうに小雪は言いました。
小雪は震える彼を前に、真っすぐに尊を見つめるのです。
「尊様。今の気持ちを決して忘れないでください。決してです。人を傷つける前に、同じように踏みとどまってください。――これからの人生は、自分で自分が尊いと思える、誰からも尊敬される。そう、胸を張れる人生を送ってください」
小雪の言葉に、尊はただ黙って数滴の雫を零しました。
そして、震える声で「はい」と答え、拳を強く握りしめるのです。
小雪はそんな尊を前に、微笑みます。
「では、尊様、ゲームの続きを……ああ!!」
彼女が声を荒げたのは、その時にございます。
小雪は慌てたように、部屋から出て廊下に出ました。
そして、真っ暗になった空を見上げるのです。
こちらに時計なるモノはありません。
ですが、大体の時間は分かります。
どう考えでも、今現在の時間は夜中を回っているのです。
つまりは、夕食の時間はとっくに過ぎていると言う事。
むしろ準備も何もしていないと言う事。これには小雪も顔を青ざめさせるしかありやしません。
小雪は慌てたように尊の側に駆け寄ると
『ごん』と音を立てて頭を下げました。
「も、申し訳ありません尊様!お、お食事の時間をすっかり私、忘れていました!!そ、それにこんな遅い時間まで!!身体も冷めた事でしょう!!い、今からになりますがお食事に致しましょう!!何か食べたいものはございますか!!?」
今までの尊よりも小雪は深々と頭を下げます。
目元を拭いながら、尊は思います。
そもそも食事の準備をすると言った小雪に1人じゃできないゲームだからと誘ったのは尊です。
そこまで謝られることでは無いですし、楽しいひと時を過ごせたのは違いないですから、小雪が謝る必要が無いのです。
しかし、気が付きました。
ここで彼女を気遣ったら逆効果ではないかと。
それに、言われてみればお腹がすいているのは確かです。
だから、少し考えます。何か、食べたい物。
小雪の手を煩わせない程度で、お腹にたまる物。
必死な思いで考えて、思いついたのは一つ。
『オムライス』でした。
それも本当に何となく。
しかし小雪は「ぱぁ」と顔を上げました。
「分かりました!!オムライスですね!ふわとろですか?それとも昔ながらの?」
この問いには「昔ながら、ケチャップの」と答えました。
何となくですが、しっかり答えなければ小雪からは質問攻めに合いそうだったからです。小雪は笑顔で頷きます。
「分かりました!――その間、尊様はもう一度お風呂で身体を温め直してくださいませ!」
そう言って、元から用意してあった浴衣を手渡すのです。
尊は困ります。風呂に入り直すのは良いのですが、別に浴衣は。
しかし小雪は首を振りました。
「明日は尊様の新たな門出にございます、――で、あるからこそ、洗い立ての綺麗なお召し物で、自分らしく胸を張って出立すべきです!洗濯はお任せください、アイロンをかけて明日までには準備いたしますから」
そう、はっきりと笑顔で、之には尊も折れるしかありませんでした。
浴衣を受け取って、彼女にかける言葉を探します。
いえ、掛ける言葉は一つだけです。
尊は「ありがとう」と――
言葉を、笑顔を浮かべて、彼女に送るのでした。
◇
夜が明けて、尊は宿屋の扉の前に立ちます。
昨日と同じダボダボの、けれど綺麗に洗われたシャツを着て。
この宿屋を出ていくために扉の前に立ちます。
小雪は彼の旅路を後ろで静かに見守っています。
来た時と変わらない笑顔で見届けてくれるのです。
そんな小雪を見て、尊は昨日の事を思い出して、僅かに笑いました。
昨日、お風呂上り。
自室に戻ると特大のオムライスが用意されていた事。
それを前に、冗談半分で『ゲーム』の罰ゲームとしてケチャップで「
なんでも、お願いしてくれるお客様は多いとの事とか。
それもあまりにも似合っていたので、思い出して思わずと笑ってしまったのです。
小雪は理解できずに首を傾げているところが、また、何とも。
流石にと、尊は助言するしかありません。
お風呂で背中を流すとか、
素で当たり前に「そんな事」をするのは控えた方が良い、なんて。
ついつい、彼女の今後を考えて口にしてしまったのです。
小雪はソレらを仕事と言いますが、そこまで尽くす必要はない。
特に男は気を付けて欲しい。
そう、心からの助言を零したのです。
小雪が尊の言葉を少しでも理解してくれれば良いのですが。
――輝かしい出口の前で尊は思いました。
この先の人生、不安はありますが、
酷い後悔もありますが、受け入れている自分が居ます。
落ちぶれて、笑顔で出迎えてくれた彼女に見向きもしないで。
最低な事を考えて。幼いころの思い出すらも忘れていた昨日の自分。
前向きなんて捨てていた筈の、昨日の自分。
それは変わりません。
こんな簡単に人が変わるはずないと分かっていますから。
だから、今日のこの前向きな輝きは、小雪から与えられた僅かな光でしかありません。
ですか、いいえ、だからこそ。
この気持ちのままに、この気持ちを忘れないままに旅に出るのです。
ただ、今度は、そう。
今度は自分の本当に好きな事を、自分から進んでしよう。
他人から文句を言われても、拒絶されても。
誰かの為になって自分も楽しいと思えるのなら、胸を張って生きてみよう、と願いながら。
尊には、その可能性が与えられているのですから。
最後に尊は小雪を見ました。
彼女に最後の言葉を送ります。
どうか、自分達で作ったあの『ゲーム』
あれを大切に使って欲しい。
それは感謝を込めた願い。
尊である自分からの最後の願いなのです。
尊の願いを小雪は受け止めます。
そして、心から名一杯の笑顔を1つ。
「はい、もちろん!ここに来るお客様と一緒に、大切に遊ばせて頂きます」
小雪の言葉に尊は同じように心から、本当に小さく微笑んで。
あの、間違いを仕出かさなくて本当に良かったと、安堵して、感謝をして。
大きく手を振って、光の中へと足を踏み出すのです――。
「尊様、良い旅路を。いってらっしゃいませ!」
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