6B-4『人類に異常なし -後編-』

 誰にでもなくジュリアスは呟いたのだが、その発言を遠く離れた応接室の

ルー=スゥは拾っていた。


 ……その上で、彼女は映像の中の彼に向かって、


「気まぐれではないよ、ジュリアス=ハインライン。キミに許可を出さないよ。

使いたいなら自分勝手にやれ、という事さ。魔術の模倣もほうが得意なのは知っている。

それのみならず、神の奇跡すらキミなら(模倣)出来るだろう? 事実、我が愛する

妹との戦いで見せた筈だ。……キミの生前の話、だけれどね」


*


「──ジュリアス! 何してたんだ、お前……!」


「いや、悪かったな。急に何処か行ってよ。騒ぎにかこつけて寄ってきたやつが

いたんだ、逃がしたがよ。ここらが暗がりで居心地がいい、変わり者なんだろう。

或いはそいつも認識が少し狂ってるのかもしれんが」


 ガイアスの案内でここまで走り通してきたドーガ達に対し、ジュリアスは

開口一番、そのように言い訳した。


『一応、魔物に関しては振り切ってこれたよ。ガイアスの御蔭でね』


「にんぎょうつくって置いてきた。モンスターはいまもくぎづけ」


「流石。……ガイアスの"擬装"カムフラージュは超一流だからな」


「まぁね」


「……ジュリアス。その言い方だとお前に寄ってきたのは魔物じゃなかったのか?」


「うん? ……ああ、違うな。魔獣にしちゃ目が特徴的なヤツだったんで間違えよう

はないよ。問答無用で殺しちまっても良かったが、いまいち気が乗らなくてな」


「……しかし、番人として動かずいるやつの他に遊撃軍として動いているのが

いるかもしれない」


「魔物がそこまで組織立って動くのかという疑問もあるがな。あいつらは結局、

本能しかない訳だけだから……だが、そういう連中もいるかもしれない前提で

動くのは筋だろうな」


 ジュリアスもドーガの推論に対して特に反論せず同意する。


「大魔孔まであとどれくらいか……」


「そうだな、一息に走り切るにはまだつらい距離だと思うぜ。ここまでも走って

きたんだろ? もうちょっと歩いてから、近付いてからでいいだろう。その方が

楽だぜ」


「そうか……」


『ジュリアス』


「……何か?」


 猫の瞳がじっとジュリアスを見ていた。彼も見つめ返す。


『次に何かある場合、呪文の前に"主の名に於いて命ずる"と唱えるがいい』


『いや、それは……!』

『許す。使え』

『……分かりました』


 僅かな逡巡しゅんじゅんの後、神妙な面持ちでジュリアスは応答した。


『今は非常時だからね。それくらいの責任は持つよ。悪用すれば神罰が下るけど』

『心得てますよ。それはね……』


 ──ジュリアスが尻込みするのには理由がある。

 一時とはいえ、ジュリアスに許された主神ゲネシスの名を借りてありとあらゆる

奇跡の再現が人の身で可能となる"全能の合言葉マスターキー"と呼べるもの。


 ジュリアスは非凡であり、それに近いを持っているからこそ正気を

保っていられるが、通常は人の手に余るもの。数度の使用で必ず精神に異常を

きたし、権利を保有するだけでもいずれは発狂に至る秘文である。


「……どうかしたか?」


 ドーガが声をかける。一連の会話は二者の間でのみ行われていた。


「いいや、なんでもない。悪かったな、行こう」


 ジュリアス達は再び進み始める……


*


「あの二者間で何か会話があったようだけど、念話で秘匿ひとくされてちゃ分から

ないなぁ。気になるところだけどドーガの問いかけもはぐらかされたし、

捨ておくしかないか……」


 ルー=スゥは頬杖をつきながら呟く。

 この場での発言まで知られているとは思わないが、直近での魔法の不発は

流石に看過かんかされなかったらしい。


(こちらにも事情があるとはいえ、非協力的と捉えられて仕方ないからね。けど、

それとこれとは別問題なんだ。ボクはまだ自身が復活した事を知られたくないん

だよ。如何な神の目が届かぬ新月とはいえ、用心にした事はない。だからこそ、

このような"姿"で潜伏する事を選んだ……)


「ジュリアス、キミには力を貸す事は出来ない。だが、模倣する事は黙認するよ。

自分勝手にやってくれ」


 ルー=スゥは今一度、聞こえてはいないだろう映像のジュリアス=ハインラインに向かってそう言った。




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