6A-7☆『同題 -亡霊戦士戦-』

「此処は……?」


 何も見えない真っ暗な闇の中、ドーガが呟く。


 まだ目が慣れていないせいか……いや、例え目が慣れたとしても月齢と現在の

環境から、何かを見通せると思わない方がよいか。

 現状、何処にいるかは分からない以上、下手に動かず、ドーガは手探りで

周囲の空間を探るだけに留める。


 慎重にゆっくりと手を伸ばしていると、不意にしっとりとした木造の感触が

あった。


「──此処はギガントの市街地跡だよ。適当な場所に転送石を放り込んだんだ。

ちょっと待ってくれよ、今、明かりを点けるから」


「えっ……!?」


ジュリアスは左手を自身の右肩に置くと予め用意していた呪文の詠唱を始める。


「柔らかな光源よ 着かず離れず ただよい護り 照らし出せ──"照光ライト"」


 左手から暖色の光源が生まれ、掴んだ右肩を離すと其処からゆっくりと

宙を漂い始める。それは肩先から不可視の糸で術者と繋がれており、決して

はぐれる事はない。


 魔術の明かりによって周囲が照らされると、ジュリアス達は塀に囲われた

小さな建物跡の内庭にいる事が分かった。


 家屋に屋根はなく、半分以上が吹き飛んでしまっている。経年劣化が激しい。

 塀は木造りで塗料が色褪いろあせてしまっている。


 ガイアスはドーガのすぐ後ろにいた、猫の神様も一緒だ。

 二人と一匹が立ち尽くしている中、ジュリアスだけがいそいそと以前投げ込んだ

転送石を回収しようとしている。


 ……呆気あっけに取られていたドーガが我に返り、


「な、何考えているんだ、お前は……! こんなところで明かりなんか点けたら

あっという間にバレるじゃないか!」


「いや、バレたからなんなんだよ。前に言ったろ、魔物がかかってきたって

殲滅すりゃいいんだよ」


「そういう問題じゃない、そもそも何の為にわざわざ新月を選んだんだ! 

無用な争いを避ける為だろうが!」


「避けたのは魔物との戦いなんかじゃねぇよ、月のない夜はお前らを思ってさ。

それに魔物どもはぼちぼち襲撃に向かっている時間帯だろうし、簡単には……

って、見つかっちまったか」


「そら見ろ!」

「分かった、悪かったよ……」


 明かりを見て、近付いてくる気配を複数感じる。その時にはジュリアスは

転送石を見つけていた。

 大切そうに革の小袋へ仕舞い込むと憂いはなくなったらしく、皆にその場で

待つように指示して道に飛び出した。


 ──そうして通りの真ん中で周囲を見回し、状況を確認する。


 挟撃は現時点で無い。一方からのみ。敵は四体。金属鎧と長剣で武装している。

 全員が戦士で、瞳はがらんどう。

 亡霊戦士ホーントファイターの一行だ……肩慣らしにはちょうどいいか。


「相手は俺だ。かかってこいよ」


 ジュリアスが不敵に笑う。余裕綽々といった様子で恐怖は微塵も感じていない。

 相手が魔物でなければ仕草で挑発していただろう獰猛どうもうさである。

 純然たる魔術師の所作ではない。


 先頭を歩く一体が抜き身の長剣を下段に構え、早歩きから徐々に加速しつつ、

ジュリアス目掛けて突進した!


「……そんな距離から走り出して大丈夫か?」


 軽口を叩きながら両手を開けて構えるジュリアス。


 亡霊戦士が下段から上段に構え直して、間合に跳び込もうと『は想念と意志の力 奇跡を顕現けんげんする根源こんげん  我が手に火のほとばしりを 緋色の火花を咲かせ給え』


(早い……!)


 念話による呪文の詠唱は即座に完成し、間合の五歩手前でジュリアスは悠然と

待ち受ける。両手には魔力による炎が既に顕現している。


 これが人間なら立ち止まっていたであろう。

 しかし、退く事の出来ない魔物は無謀な突進を続ける!


 渾身の一撃を見舞おうと上段からさらに剣を上に起こすのと同時、ジュリアスは

両手を前に突き出して、


「"火炎爆破フレイムブラスト"!」


 至近距離で爆裂する火炎魔法に亡霊戦士の動きが止まった、


(浅い!)


 ドーガが思ったように攻撃こそ通りはしたものの金属鎧を身に纏った魔物を倒す

には至らない。戦士が再び長剣を構え直そうとしたところ、背後からジュリアスに

頭を掴まれた!


「じゃあな」


 左手が火をき、頭部を失った魔物は前のめりに倒れた──まずは一体。


「ああ、火炎も明かりみたいなもんか……まったく面倒くさいな……」

 

 悪態をつくジュリアスを遠巻き眺めながら、ドーガは今の攻防を振り返っていた。

 一つの呪文で二回魔法を発動させたように錯覚したが、違う。


 準備段階では両手に魔力を充填したが最初の爆発は両手ではなくて片手で行った。


 それで倒せればよし、例え倒せなくともそれを目眩めくらましにして、背後から

──


(二度目の発動は決め台詞を合言葉にしたんだろう)


 ──場数の違いを思い知らされる攻防だった。


 特に両手別々に、一々いちいち魔法を発動するという発想はその道を志してから

日の浅いドーガには、まだなかった。


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