第6話 -前編-

6A-1『人類に異常なし -前編-』

 ──七月一日。夜明け前。

 ジュリアスはノーライト王国ギガント郡、中央市街地跡にいた。


 彼は今、魔物と人間の世界を隔てる暗黒壁の中に侵入し、完璧な隠形術おんぎょうじゅつ

悠々ゆうゆうと歩きながら周囲を散策している。


 古都に風は吹いておらず日光も黒雲に常時遮られているせいだろう、植物による

浸食がほとんど見られない為、百年以上前にも関わらず歴史的な町並みは意外に

しっかりと保存されていた。


 ジュリアスは徘徊している魔物に接近しすぎないよう注意し、大魔孔へ進む。


 その方へ近付くにつれて景観は徐々に荒れて朽ち果てていった。建物は倒壊し、

塀が崩れてしまっている。それでも歩き進んである地点を通り過ぎた時、なんとも

言えぬ無常を感じた。


 思わず立ち止まって、周囲を見る。そして、確信する。それは人々の営みが

その日、その時、その場所で唐突に終わった事を意味していた。


 ……無言でその場から少し先を見遣れば、石道すら途切れ途切れになっている。

 いずれは完全に寸断され、跡形も無くなっているのだろう。


 そこから先は荒涼な大地が広がるのみ──


 ほぼ全ての人工物が吹き飛ばされ、長い期間、乾いた土にはここと同じく草も生えて

いない。これが大呪術による直接的な破壊の影響か。或いは破壊だけではなく、呪い

も受けている……か。


(……潮時だな)


 ジュリアスは自室から持ち出した転送石を取り出し、少し戻ってそこらの

建物跡に石ころ同然に投げ付けた。この転送石はまだ未完成だが、これだけ

でも転移する時の目印にはなる。


 本当に万全を期すなら地面にでも埋めてしまうのだろうが、それは常人の

発想だ。ジュリアス=ハインラインには似付かわしくない。そんな小心的な

選択など始めから捨てている。


(……これでいい)


 ジュリアスは転移の魔法を使った。事前準備はこれで終わりだ。




 ……日が昇る前に最後の一仕事を終えたジュリアスは魔術によって快適な湿度、

室温に保たれた室内で日中を寝て過ごしていた。決行に至るまでの準備は既に

済ませており、やる事と言えば体調を整えつつ時間を潰すくらいしかなかったの

である。


 ──ドーガは図書館と自宅の往復をいつものようにこなしていた。

 日常の一環を崩す気はなかった。


 同居者のルー=スゥも昼間に気怠けだるく起き出している。その後、何処をほっつき

歩いているのか行方が知れないところも、普段とまるで変わらない。


 夜が来るまでは皆、概ね普段通りの一日であった──

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