5-4「イレギュラー」
『……但し、条件があると言った』
──深夜。六月も半ば、外ではしとしとと雨が降り続いている。日も場所も
変わって、ジュリアスの部屋で彼と猫の神様が密談をしていた。
ベッドに並んで座っている両者。
枕元の小さな机には燭台が置かれ、蝋燭の灯りが部屋を照らしている──
「……条件?」
『キミと勝負がしたいそうだ。一対一で、魔法の勝負を』
「魔法の勝負……?」
ジュリアスは訝し気に呟いた。
「どういうつもりか知らないが"絶対昇華"を相手に勝負なんか成立しないだろ。
あいつが勝って終わりだ」
当時の再現は隠し玉による奇襲も込みだったので不可能。ジュリアスは彼に
二度と勝てないと理解している。
絶対昇華は使い手が思っている以上に与しやすい魔術ではない。
絶対昇華に限り、過小評価はあっても過大評価はない。最強とは、そういう
ものである。
『……まぁ、そうだろうね』
猫の神様もジュリアスの意見に同意した。
「──或いは未だに殺したいほど憎い相手、という事か……?」
そう考えると確かに心情は理解出来るかもしれない。
ジュリアス自身は長い時間の末に鈍ったというか丸くなった自覚があるが、
彼はそうではないのかもしれない。
甦りはしたが記憶は殺害された当時のまま……というのであれば。いや、
その可能性の方が高いだろうか。
ならば、復讐を考えてもおかしくはない。
やられたらやり返すという負の連鎖は簡単に断ち切れるものではないからだ。
(身から出た錆ではある、か……)
甦って早々、遺書を書かねばならんとは。しかし、最低でも遺してやらなければ
ならない魔術が二つある。
それだけは意地でも伝えてやろう。ジュリアス=ハインラインの名に
伝授してやらなければ──
『いや、そこまで深刻な話ではないと思うよ。──そう、表向きはね』
「……表向き?」
「君の心がけ次第、というところかな」
「心がけ、ねぇ……」
覚悟を決めた直後だったが、そう聞いて緊張は少し薄れる。現時点では即決闘と
いうか果し合いのような殺伐としたものではないらしい。
あくまで試合のようなもの。猫の神様はそのように補足した。
「試合ねぇ……わだかまりがあるなら、もっと直接的に表現して貰いたいがな」
『奥ゆかしいのさ、二人共。キミに殺された事は過去として割り切ってるみたい
だし、仲良くやれると思うよ』
「ふぅん(二人共……?)」
ジュリアスは安堵したように見せかけ、素っ気なく答える。
──そして、了承した。
「ま、その条件は受けよう。ギガントの大魔孔を潰した後、日を改めて勝負に
応じる。そのように伝えてくれ。で、肝心の魔孔潰しの日取りだが新月の日に
行いたい」
『新月……月のない夜は奇襲には最適だけど、次は何時だったかな?』
「直近なら七月一日だな。約二週間後。それくらいの期間であれば俺も多少は
呪文を用意出来る」
『ふむ……では、キミ達が良ければその予定でいこう。段取りはこのまま、
ジュリアスに任せていいかい?』
「俺は構わない。向こうが主導権を主張するなら相談に応じる」
『了解。……ところで、顔合わせはどうする? 決行日までお預けかい?』
「俺は余程の事情がない限り、その日まで会わない方がいいと思っている……が、
先方次第だな。要求があれば応じるよ」
『分かった。そのように伝えよう』
そうして、猫は去る。ジュリアスは見送る。
その後、ベッドで腕を頭で組んでジュリアスは仰向けに寝転んだ。
──賽は投げられた。ジュリアスは目を瞑った。
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