4-4『英雄は死後、星になる』

 ……話は現在に戻る。蝋燭の明かりに照らされているジュリアスの表情は暗い。

 彼は嘆息をいた。


「大魔孔を前に村人はあるがままを受け入れていた。植物の植生にも変化は見られ

ない。小動物も変わらず其処にいた。そして、外部からやってきた者もその事態に

そういうものか、と何の疑問も抱いてなかった」


『大魔孔が世界の一部として認知されている』


「俺が生きた時代にそんなものはなかった。だから敏感に……いや。辛うじて正常に

反応した。あれは魔孔や魔物と同じく生きとし生けるものの敵だ。存在を許しては

いけないものだ。だが、人類の認知が狂い始めている……思い返せば、俺が大地に

眠っている時の夢見でもそういうものか、と流していた。それは語弊ごへいはあるが、

人類の総意に近いのだろう」


『大魔孔と共生する、という世界の在り方を人類が選択するなら主も追認するかも

しれないよ?』


「合理的に考えれば大魔孔の存在も有りだろう。だがあれは別だ、少なくともあの

大魔孔だけは消さねばならない。他所は今は置いておく、見てないから判断しない

だけでな。とにかくあれは世界の敵だ」


 魔術師とか教育とか後天的な要素ではなく、もっと原始的な。

 人間として生まれた本来の役割を果たせと直感、或いは本能が判断したのだ。

それに従うのが正しい、と。


『……ありがとう、と言うべきかな』

「……そこは人間の愚かさに怒るべきではないかな」


『主はきっとお許しになるよ。保証するさ』


 猫として、短く鳴いた。


「…………」


 ジュリアスは考え込むように、黙って猫を見つめている。


『どうかしたかい?』


「……いや、いい。それより今後の事だ、ちょっと問題がある。ギガントの大魔孔。その破壊が目標なのはいいとして方法が思いつかない。現状、手詰まりでな」


『ふぅん……キミの魔力でも不可能かい?』


「手段自体はある。"かぜおり"で瘴気を吹き飛ばし、"うみ"で残ったけがれを焼き

払い、"うず"で埋める。だが、肝心の威力が足りない。あれだけの規模の瘴気を

風で吹き飛ばすなら嵐を超える最大級の神風がいるし、消毒するだけの火力だって

途方のない火勢が要求されるだろう。俺の独自魔術には上限はないが、条件はある。

そこまでの威力を引き出すには例え魔術師として頂点だった頃でも難しい。

足りないからだ」


『殺意、か』


「条件の話は誰にも話さないでくれよ? 肝だからな。──話を戻すが、一国を

崩壊させるほどの魔力を引き出すには一人二人への恨みつらみや憎しみなんかで

どうにかなるほど小さい話じゃないんだ。世界の全てに絶望し、反逆するくらい

でなければ無理だろうな……"史上最高の魔術師"ジュリアス=ハインラインを以ってしても、条件は

特に変わらないだろう」


『ふむ……』


 ゆっくりと瞬きしながら猫として小さく唸る。……ジュリアスは一呼吸置いて、


「……しかし、だ。今の世界には絶対的な"火力"が存在する」


『……火力?』

「"絶対昇華ぜったいしょうか"だ」


『"絶対昇華"……炎のドーガ、か』


 元を正せば炎のドーガが甦った為にジュリアスもまた甦る羽目になったのだ。

 神々が炎のドーガを危険視するその理由……それこそが炎のドーガしか完全

制御出来ない史上最強の魔術、"絶対昇華"である。


 対象を燃え尽きるまで焼き尽くす……そしてその対象は"対象を選ばない"。

 森羅万象ありとあらゆるものが対象であり、物質に留まらず事象すら対象で

あるという。これは比喩ではなく"絶対昇華"ならば炎のドーガの気分次第で

世界の滅亡すら可能なのだ。


 故に神々は炎のドーガを排除しようとした。主もまた、その危険性を見越して

二人の人間に才能を与えていた。


 その片割れがジュリアス=ハインラインである。


 過去、もう一人は炎のドーガに挑んで殺され、その後にジュリアスは炎のドーガに

挑まれて敗走し……最後はジュリアスから再戦を挑んで炎のドーガを殺した。


 勝利の代償に自分の才能を全て使い切って。


 僅かなひととき、彼は魔術師として頂点に立ったがその頂きから見る景色に

得も言われぬ寂しさ、虚しさがあったのを強烈に憶えている。そして、あの時

ほど"死"を身近に感じた事もなかったろう。


 一連の物語の顛末てんまつを含め、ジュリアスが炎のドーガに対して抱く感情は複雑な

ものがあった。


『炎のドーガに協力を頼む、か……』


「ああ。問題は奴が何処にいるのか見当もつかない事と、果たして説得出来る

相手かって事だが……」


『分かった。それは私が請け負うよ』

「請け負うって……簡単に言うが、方策はあるのか?」


『あるよ。ガイアス(大地の精霊)に命じる。彼女ならこの大地と繋がっているし、

居場所くらいならすぐに特定出来る』


「確かに彼女は精霊の中でも特別な存在だが、その特別性故にある意味、最も

融通が利かないだろう? 如何な神の御使い、いや、神々ですら服従させる事は

出来ない筈だ」


『そこは言い様かな。彼女の特殊性は主神から直々に人類の管理と世界の存続を

任されているから、だからね。その使命に反してなければ敵対する事はないし、

逆に則していれば協力もしてくれる』


「それはそうだが……」


(協力ではなく、と貴方は言ったんだが)


 ジュリアスは生前、ガイアスを含めた四大精霊の長達と知己ちきであった。

 ある時はその力を借り、ある時は共に修行し、奥義を授けて貰いもした。

 それ故に分かっている。一時的且つ限定的な範囲でなら力も貸してくれよう。


 しかし今、ガイアスに命じようとしているは罪のない他者の権利を侵害

している。普通なら受け入れない。例え何某かの神であっても譲らない、はずだ。


(彼女を軽んじているのか、それとも……)


 猫があくびをした。ゆらゆらと揺らめく燭台の灯りに意識が釣られているらしい。


『ともあれ、彼の居場所が判明次第説得しよう。進展があれば連絡に来る。世界の

危機まで猶予は十数年くらいと見積もっているが、解決出来るなら早い方がいい

からね』


「……分かった。ドーガは、貴方に任せた」

『任された。じゃあね、ジュリアス=ハインライン』


 ベッドから音も無く跳び下りると部屋の出口まで歩き、腰を下ろす。

 猫は短く鳴いて催促するとジュリアスも動き、なるべく音を立てずにドアを

開けてやった。



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