4-3『英雄は死後、星になる』

 『時にジュリアス。キミは大魔孔がどのようにして造られたか知っているかい?』


『禁断の魔術を用いて大地に穴を穿つ。大雑把に表現すればそんなとこだろう? 

確か魔術の名は"隕石落下"メテオフォールだったか……』


 それは目標の遥か高高度に魔法陣を展開し、巨岩を召喚して地表にぶつける魔術。

 その大地の破壊痕から大魔孔が発生すると世間では信じられている。


『……なるほど。キミはその魔術で大魔孔が誕生すると信じているんだね?』

『違うっていうのか?』


『どうかな。しかし、キミはこんな魔術を知っているかい? その名は"超新星"スーパーノヴァ

強い衝撃で爆裂する特殊な超巨岩を数か月がかりで生成し、巨大な転送陣で

目標上空に飛ばして落とす。その衝撃と爆風と超高熱は地表を抉り、薙ぎ倒し、

焼き尽くす。実際の戦争にはが使われていた。そして……』


『……そして?』


『最初に使われたものはさらに違う。最初に使われて大地に呪われた穿孔あなを作り

出したのはではない。神が人をたぶらかし、自ら編み出した大呪術を使わせた

のだ。素材となったのは……』


 その時、猫の神様は顔を上げて"それ"が何かを示唆しさした。


 ……この世界では生前に英雄と呼ばれた者達の魂は死後、月※注(冥界のこと)が

統べる夜の"星"となって永久に称えられる。

 神様は呪術と言った。前述の二種の魔術はおそらく原本から着想を得て、生み

出されたものに違いない。


 もしも、その予想が正しいなら……ジュリアスは歯噛みした。


 それはまさしく人類に対する冒涜ぼうとくだ。そしてそれを人類に使わせた神は後事など

何も考えてないのだろう。いや、むしろそこまでするなら憎悪や悪意が介在して

欲しいとさえ思う。


"失楽園"パラダイス・ロスト──と、言うそうだよ』


『パラダイス・ロスト……』


 ジュリアスは反芻はんすうした。


『百年以上前にただ一度きり使われた大呪術だ。使い手はいないだろうが、この術は

存在すら許してはいけない。過去も現在も未来も。こんなものは世界に無くていい』


『最古の大魔孔破壊と合わせて、キミに頼む。"失楽園"とそれに連なる禁断の魔術を

この世界から消してくれ──』


*


 そうしてジュリアスは神様の頼みに頷き、世界最初の大魔孔に向かった。


 ──旅の終点も近い。

 目的地は百年以上前の古戦場跡、現ノーライト王国ギガント郡。


 かつて巨人の国と呼ばれ、世界でも指折りの兵力を誇示していた強国は首都を

大呪術の標的にされ、一夜にして中枢を破壊された。戦端が開かれて三日目深夜

の事である。


 王都も精兵も物資も何もかも灰になり、爆心地の王城跡に穿うがたれた巨大な穴は

火山の噴火口など比較にならぬ程に醜くただれ、後に深淵部から強大な魔物が

次々と出現、広域に渡って跋扈ばっこする呪われた地となった。


 それでもギガントの民は絶望する事なく、ノーライトに抵抗する。二百五十日

以上に亘る激戦の末、最後の後継者である第三王子の死亡と臣下の全滅、ギガント

全土の占領を以って戦は終結した。


 ……これが後世、"世界大戦"といわれる戦争序盤の締め括りだ。


「結局、この目で見るしか真実はないか。根城に戻るのは明日になりそうだな……」


 その日は村で探した宿を取り、一日を終える。

 翌日、ジュリアスは大魔孔を目前にして真実を知ったのだ。




(なんだあれは……あの一帯の世界が暗い……)


 初見は遠い街の郊外から眺める事が出来た。昼でも暗い、黒い柱──


 いや、黒い壁が天に向かって伸びている。

 それは上空渦巻く黒雲まで届いており、そのせいで遠目からは世界を隔絶した

巨大な壁のように見えていたのだ。


 そして、黒雲と大魔孔の間に充填されているものの正体は瘴気。

 誰の目にもはっきり見えるほど高濃度なものは此処でしか観測されていない。


 噂では大魔孔の中心部から間欠泉のように汚水や毒霧のような"けがれ"が常に

噴き上がっており、それが大気に拡散して空間を浸食した──そうして、今に

見えている真なる瘴気になったのではないか、と言われている。


 実際に目の当たりにしなければ想像しにくいとはいえ、ジュリアスは暫し

絶景に圧倒される。


 そして考えねばならなかった。如何にしてこの大魔孔を潰すのか……


 ──しかし、深刻に危機感を覚えたのは実はその時ではない。


 それは事実上の最前線であるギガント郡の村に立ち寄った時の事。大魔孔の

瘴気は年々浸食域を拡大しており、その速度も範囲も増加傾向のまま推移して

いる。


 そういう現実が周知されているにも拘わらず、異常事態が目に見えるところ

まで迫ってきているというのに村民は平常心で暮らしていたのである。


 見かける人だけではない、家畜、植物、小動物に至るまで……それまで通過して

きた国々と地続きの、普段と変わらない営みだった。……なんでって? あれが

何時からああなってると思ってるね。……百年前だよ? 俺の爺さんが生まれた時

からあんな感じだ。そりゃ慣れちまうよ。当たり前だもの。


だね』


 決定打はだった。

 ジュリアスはそれ以上の会話はせず、転移で自室に逃げ帰った。

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