3-5『世界の全ては主の肉体と精神から成る』

 ……一本ずつ勝負を終えて。


 三人は河原で車座になって、話は持ち越されていた感想戦に移る。


「さて、まずはディディーからだな。何がどうなったか、なんでもいいから

話せるか?」


「いや、なんかよく分かってはないですけど……消えましたね、突然。当たった、

と思ったら当たってなくて拍子抜けして崩れたところをトン、って。サクッと

やられました。あの……残像ってヤツ? 分からんけど。実際に他からどう見えて

たか──いや。やっぱり分からん……」


「いや、こっちからも同じように見えてたと思うよ。直前までは同じだった」


「……ゴートには以前説明したと思うが、使ったのは幻術の一つだ。代表的な

名称は"幻影"イリュージョンという。実際に使って見せたのは影と実体の位置を入れ替えて

みせるという古典的且つ初歩的且つ王道な幻術だな。幻術を使う者は大抵、

これを修めている。また幻影は独自の改良アレンジ──いや、手を加えて効果を変化

させる者も多い。もしかしたら、冒険者として何時か何処かで戦うかもしれ

ないぞ? ま、予行演習にはちょうど良かろう」


 そう言ってジュリアスは笑いかけるが、


「幻影、かぁ……」


 ディディーは少しボーッとしていた。代わりにゴートが口を挟む。


「一つ気になったところがあるんだけど……」

「お、なんだ?」


「ジュリアスはあの時、幻影は瞬きでかかるとも解けると言った。だとしたら

二人同時にかかったり、解けたりするってのはおかしくない?」


 ゴートからの質問にニヤリと笑って、


「真っ当な疑問だな。まず、第一の質問から答えると同時にはかかっていない。

無論、同時にかかるように調節した幻術もあるだろうが、今回使用したのは

そのように出来てない。奇跡的に同時に瞬きしない限りは別々にかかっているよ。

ま、時間差でかかろうが特に気にするような場面じゃないし」


 ジュリアスは続けて答える。


「次に解け方だが、今回の場合なら直前まで二人共幻術を見破れなかったから

幻術の解けた瞬間が同期した、というのが正しいかな。もしディディーが幻術を

打ち破る前にゴートが見破っていたら、おかしな位置で振りかぶるディディーの

姿が見えていた筈だ」


「でも、瞬きで解けるならディディーも僕もその前に瞬きして見破れていても

おかしくないと思う」


「その通り。だがそれは術の仕組みを予め知っていて自らの意志で打ち破る前提が

ある。仮にも術だ、魔術なんだから。ごく普通の錯覚と同じに扱って貰っても困る」


「それもそうか……」


 そう言われて、ゴートも納得せざるを得ない。


「じゃ、次はゴートの番だな。直前のディディー戦を見て、まずはどうしようと

思った?」


「傍から見てて幻術、"幻影"イリュージョンを使ってるのは分かった。思いついたのは軽打で

幻影を消して、間髪入れずに二打目を叩き込むくらいだけど……」


「……なんというか、種が分かればまず誰もが思いつくような対策だな。そう来て

れば多分軽打に来たところを打ち払ってそのまま剣術での一本勝負になっただろう

な。途中で"爪弾つまはじき"を混ぜたかもしれんが」


「"爪弾き"?」


「こういうのだよ。魔術による反則技、ってとこだ」


 ジュリアスは親指を弾いてゴートに何かを飛ばした。顔の横を通り過ぎて

振り向いた時にはもう消えている。


「用途は目潰しとか、そんなんだな。お前に使うとしたら体の何処かに当てて気を

逸らしてからの、ドーン! ……という感じか? ちなみに全開で撃てば擦過傷さっかしょう

込めた魔力によっては火をける事だって出来るぞ」


「うわ、えぐいな」

「お前ら相手にそこまでせんから安心しろ」


 ジュリアスは二人に笑いかける。それから、話を本題に戻す。


「でも、実際はその手を使わなかったな。間合に入ってからも自分から動かず、

待ってたな」


「うん。ギリギリでひらめいてジュリアスが動くのを待った方がいいんじゃないかと」

「なるほど……けど、結局そっちから動いたよな?」


「十分近付けたからね。あの距離ならいけるかと思った」

「……で、後ろからバッサリと。そんなとこか」


「ま、そうだね」


「……結局、何の魔法だったんです? 横から見ててもよく分からんかったけど。

ゴートが仕掛けたらいきなり後ろに回り込むというか現れて、一撃したような

感じで──」


「それがほぼ答えみたいなもんなんだが……」


 ジュリアスが苦笑する。そして、ごそごそと仕舞い込んだ物を漁り、取り出した。   

 それを見るなり、


「転移石!? ずるい!」


ずるいって……いや、うん、そうか……なんかすまんな」


 ここで、少し考えていたゴートが呟いた。


「……つまり、幻術は一切使わず転移だけを使った?」


「そうなるな。別に使っても良かったが、あの時はそんな気分だった。駆け引き

範疇はんちゅうだと思ってくれ。結果的にお前が知らない魔術を使った訳でもないだろ?

は使ったかもしれないけどさ。だったらまぁ、概ね不正はなかったって事で

いいじゃねぇか」


「……ジュリアス」

「……うん?」


「──例えばあの時、幻術だけで後ろに回り込む事は出来る?」


 質問を受けてジュリアスは熟考するように勿体ぶり、答える。


「……出来るよ。あの場で幻術を使う場合、次にどう動くか。幻術の中に"傾聴けいちょう"と

呼ばれるものがある。人が耳をますように、対象に対して意図的にある音へと

集中させて他の物音から遠ざけるという幻術だ。熟練すれば物音を全く気付かせず

になんとかする事も出来る。……河原ここなんかは特にうってつけだな、歩けば石が

鳴るからその先入観を逆手にとってめやすい」


「なるほど……出来るのか」


 ゴートは呟いた。


(真剣勝負、か……)


 そして、微かに充実感を感じている自分に気付いた。 


「──せんせぇ」

「……なんだ?」


「今まで気になってたのですが……あの、呪文の詠唱とかはないので?」


「あー……俺が使うような魔術、幻術には特にない、かな……」


 少し考えこむように答えて、ジュリアスは続ける。


「そもそも幻術に使うのは呪文じゃなくて言葉なんだ。対象の心に直接呼びかけて

惑わせ、操る。説明すると大仰おおぎょうだが要は『あっちが怪しいぞ、あっち見ろ』なんて

訴え続けて隙を作るってのが幻術でな。幻覚というのは視覚からの印象が強いが

実は聴覚、そこから入り込んでくる事も多いんだよ」


「あの、いや……ではなく……」

「……?」


「そのものズバリ、呪文の詠唱えいしょうなんですよ。魔法使う時、呪文の詠唱をする

じゃないですか。我は求め、訴えたり! ……とか。あの、簡単なのでいいんで、

そういうのも教えていただければ……な……とか……」


「ん? んー……あー、そうか。呪文ね……」


 ジュリアスは首を捻り、暫く唸って考え込んでいた。


 彼自身、そういうものが必要な時期はとっくの昔に終わっていて、それでも

なるべく初心者目線で寄り添って教えていたつもりだったが、ここにきてついに

齟齬そごが出てきてしまった。


(なるほどな……初心者が求めているのはそういうものだったか……)


 しかし、この時点で気付けて良かったかもしれない。

 そういった意味でディディーを連れてきてくれた事に、そしてディディーには

感謝すべきだろう。ジュリアスは思った。


「悪いな、二人共。今日のところはお前らに教えられる魔法は用意してない。

但し、次までには用意しよう。簡単なやつをな。約束だ」


 そう言って、ジュリアスは立ち上がった。


「そう、今日のところはな。なんで、これから二人には昼まで適当に木剣で

しばきあって貰おうと思うんだ」


「え……?」

「……なんで!?」


「何事も経験だよ、経験。俺から見るに経験がまるで足りてない。……冒険者に

なりたいんだろう? 自由の身になるまであと三か月かそこら、それまでに少しでも

体裁を整えてやろうという親心さ」


 ジュリアスは笑った。


「……あ、それと細かいところだが『我は求め、訴えたり~』というような文言は

普通の魔法では使わん。似たようなのはあるが、それは精霊魔法ないし神聖魔法の

常套句だ。今は頭の隅にでも置いといてくれ」


 それから「休憩は終わりだ。始めようぜ」──と、二人に起立を促した。

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