3-4☆『同題 -剣と魔術の模擬戦-』

「うす。じゃ、行きます!」

「おうよ、かかってきな」


 ジュリアスは中段に木剣を構え、ディディーはやや上段に構えた。


 ……斬りかかるには遠い、飛び掛かるにも遠い。ジュリアスは動かない、微かに

笑ってディディーが動くのを待っていた。


 ディディーは一つ深呼吸すると静かに気合を入れ直し、あしで距離を詰める。


 場所は河原、足元は地面の代わりに丸石が敷き詰められている状態だ。少し

近付く度、カラコロと石が鳴る。

 集中しているのか、吹いている風の音も絶え間ない川のせせらぎも聞こえない。


 そして、俗にいう一足一刀の間合──


「イヤ──ッ!!」


 ディディーが気合と共に踏み込んだ!


 上段に振り上げて狙うのは肩口、小細工抜きに一本を取ろうと打ち下ろしたその時

だった、彼に触れるか触れないか、まるで残像を斬るかのようにディディーは目測を

見誤っていた。


 予想した手応えがなく体勢が崩れた隙にジュリアスの軽い打突がディディーの

胸板を押していた。──こうして、最初の一本目はあっけなく決した。


「え……?」


 しばし呆然とした後、遅れて感情が爆発したのか、


「い、今の……!」


「あー待て待て、まだだ! まだ喋るな、ディディー! ……感想戦は後だ、後で

やる。次はゴートだ、剣を渡してやってくれ」


 慌てて忠告されたディディーは急速に理解して黙ると結構な勢いで首を数回

縦に振り、そのまま黙ってゴートに木剣を手渡した。


 ……ジュリアスは安堵の嘆息をつく。


 そして、剣を受け取ったゴートと対峙たいじして目が笑う。それはやる気に満ちた

獰猛どうもうな笑みに見えた。


「さて、ゴート君。何か気付いた事はあるかな? よく考えてから斬りかかって

こいよ、じゃなきゃディディーは無駄死にだからな」


 おどけた口調で言うと、ジュリアスは剣を杖にしたまま構えない。「お前が戦意を

見せてからが開始の合図」と付け加えた。

 ……そして、そのように言われている間にもゴートは勿論、考えていた。


(ディディーのあの空振りは間違いなく魔術の影響だ……使ったのは多分……)


 先日、ジュリアス自身が解説した魔術がある。

 とかいう幻術だ。かけ方と解き方も聞いた、

まばたきでかかり、或いは解けるという。


(しかし、正面から見る限りじゃ幻術か本物か違いが分からない……)


 幻術があるという前提のゴートですら全く見破れないのである。ディディーが

手も足も出ずにあしらわれるのも無理はない、ゴートは思った。


(どうする……?)


 闇雲に斬りかかっては目前で隙を晒して二の舞だろう。軽い一打で様子を見て、

二打目で仕留める戦法か? 最低限で後ろ向きだが、他にやり口が思いつかねば

しょうがない。


(他に……どうする? 二段勝負か!?)


 消極的に構えて煮え切らないまま、無意識に動いた爪先が足元を鳴らした。

 横目で見ていたジュリアスが音に反応して向き直ってくる。

 ──そして、構えた。


(どうする……どうする!?)


 ゴートの表情には隠す事の出来ない焦りが見えた事だろう。

 無策ではないが、明らかにそれに近い。このままでは駄目だ、それは分かって

いる。しかし、どうする事も出来ない。


 川を流れる落ち葉のように、何かに背中を押される感じで仕方なく、ゴートは

亀のような歩みで進んでいた。


 最早、止まれない。なら、いつ掛かる? いつ仕掛ける? 鷹揚に待ち受ける

ジュリアスに対して、どのように立ち回れば一本取れるのか?


 間も無く来るぞ、その時が。一足一刀の間合いが。ディディーは其処で斬り

かかり、惨敗した。

 自分はどうか? それに続くか? 一打目。二打目。想像する。……駄目だ。


 一足一刀の間合い──


(もう……もう駄目だ!)


 限界点に達して、ついに足が止まった。ジュリアスは動かない。ゴートは

動けない。……数秒が経った。


(仕掛けて、こない……?)


 その時、考えるより先に思いついた事があった。深呼吸する余裕が出来た。

 一足一刀の先に、ゴートは慎重に進み出したのだ。


(完全に呑まれて動けなかったあの時に、ジュリアスは仕掛けてこなかった)


 極めて単純な行動原理だった。動かないなら動かしてやろう……それが最良の

選択だと思ったのだ。

 今やゴートの目には生気がみなぎっていた。剣先がすれ違い(動かない)、剣の中程が

交差し(動かない)、(いける……!)


 迷いなく飛び込もうと体を伸ばしかけたその時、何かがゴートの背中を押した。


それに気を取られて横に逸れた視線が再び前に戻るとジュリアスの姿が忽然こつぜん

消えている……


 まるで、幻であったかのように。

 呆然と後ろを振り返ると、片手で木剣を突き出していたジュリアスがそこにいた。


「一本それまで──ってな」


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