3-2『世界の全ては主の肉体と精神から成る』

 ──約束の日曜日。


 ジュリアスは朝食を摂ると部屋に戻り、支度を済ませた。

 それから何をするでもなく手持ち無沙汰にベッドで寝転がっていると、やがて

部屋の遠くから近くへ話し声と人の気配が近付いてきているのが分かった。


 ジュリアスが起き上がると同時にドアがノックされる。彼はベッドに座った

まま、部屋に入ってくるよう返事をした。


「おう。よく来たな。そっちが……」


「自分はディリック=ディオード、みんなからはディディーって呼ばれてます! 

よろしくお願いします!」


 元気よく挨拶してくる彼の第一印象はまさに活発な青少年だった。

 肌は日に焼けたように少し浅黒く、見た目はあどけないというか明るい声と

性格に引っ張られてゴートよりも若く見える。


「ジュリアスだ。君は其処の机の椅子を使ってくれ。それからゴート、悪いが

お前は自分の部屋から椅子を持ってきてくれ。話はそれからだな」


「いいよ、分かった」


 部屋に戻ったゴートが程なくして椅子を持ち寄り、それぞれがベッドの

近くに置いて座る。


 そして、面談は始まった。


「さて、と……まぁ、話は聞いてる。魔法を教わりたいんだってな」

「はい! ゴートが習ってるって聞いて、じゃあ俺も出来れば教われたら

いいなって──」


「単刀直入に言おう。君の動機が知りたい」

「……動機、ですか?」


「そうだ。君が魔法を教わりたいっていう動機さ。なんでもいい、なんだって

いい。君は何故魔法を求めるのか。使いたいのか。その理由を教えてくれ」


「いやでも……そんな大それたもんじゃ……」


「なんだっていい、と言っただろう? 君を笑うつもりも軽んじるつもりもない。

例えば、だ。そこにいるゴート。彼は魔法への興味がない……というか薄い。

だから俺が教えてやると言っても反応は鈍いし、何かにつけて俺が押し売りして

いるような現状だ。しかしそれが悪いとは言わんし、なんなら当たり前とも

思っている。何故なら、そこに確たる動機がないからだ」


 ジュリアスは続ける。


「翻って、君はどうだ? わざわざ人に頼んでまで押しかけてきたという事は

やる気はある訳だ。そのやる気の源を知りたい。何故、何の為に必要なのか?

そこのゴートに欠けているものを君なら教えられるかも知れない。きっかけが

得られればいいな、と思っている」


(きっかけ……利用価値っていうのはそういう意味か……)


 ゴートもディディーを見た。彼はしばらく困ったように唸りながら、


「……昔、読み聞かせてもらった物語があるんですよね。『炎の貴公子ゼン=

ハーキュリー』っていう」


「炎の貴公子……?」


「んー、まぁその創作の主人公、架空の英雄物語なんですけどね。子供の頃に

読み聞かされて、憧れて。あ、ゼンってのは魔法戦士で、カッコよかったワケ

ですよ。そっから……かな。俺も魔法が使いたいな、使えたらな、なんて思い

出したのは。多分」


 架空や実在を問わず、誰かに憧れるのはよくある事だ。それは学ぼうとする

動機として十分と言える。


「そのゼンってのは、例えばどんな魔法を使うんだ?」


「一番は"炎の嵐"ファイアストームですね、やっぱ。ここぞって時に出す切り札で『天をも焦がす

竜巻のような火災旋風が周囲を焼き払う』っていう感じの。他には持ち物として

炎の剣って魔剣があって、終盤まではそれでなんとかなる場面も多いっす」


「ほう……」


 興味があるのかないのか、ジュリアスは気の抜けたような相槌を打つ。


("炎の嵐"はともかく、炎の剣は完成された付与魔法が普及してるだけに差別化が

難しいな……折を見て原文を読まなきゃならんな、これは……)


「で、あの……ジュリアスさん?」

「なんだ?」


「それで、魔法の件は──」


「ああ、同席は許すよ。そこのゴートと一緒なら問題ない」

「いいんすか!?」


「但し、内容については他言無用だ。ゴートにも言ったんだが、俺は自分の魔術を

安売りするつもりはない。君の同席を許可するのはそいつのやる気をどうにかする

為だ。内心面白くはないだろうが、それでも好機と思って励んで貰いたい……と、

いう訳で、だ」


 ジュリアスは立ち上がるとベッドの下を覗き込み、そこから二本の木剣を

取り出した。


 この日の為に用意しておいた木剣には刃元に当たる部分まで革袋が被せられて

おり、口が紐で縛られている。革袋の中には綿がいっぱいに詰め込まれており、

一本はゴートに手渡し、もう一本はジュリアスが。


 彼は木刀でポンポンと軽く掌を叩くと、その感触にニヤリと笑った。


「──今日は剣の稽古を行う!」


「え……?」

「……は?」


「剣の稽古だよ。いつも座学じみた事をやってもつまらんだろうって話さ。

それに室内じゃ魔法の実践にも限度があるし……偶にはいいだろ?」


 そう言って、ジュリアスは机の引き出しを開けるとそこに幾つか転がっていた

水晶のような無色透明の結晶体──その中でも一番大きい(しかし、掌に握り込める

程度の物)を取り出し、二人に見せた。


「これが何だか分かるか?」

「……あ、転送石ですか!?」


 すかさず、ディディーが答える。


「転送石、ね。……ゴートは?」

「魔石か何かかな。どんな魔力があるかは分からないけど」


「よろしい。じゃ、二人は俺の肩を掴んでくれ。それとディディー、これを頼む」


 もう一本の木剣を手渡すとジュリアスは手の中の石を強く握り込んだ。

 ゴートは肩越しにその様子をぼんやりと眺めていた。

 

 不意に目眩の前兆のように耳が、気が、遠くなり──


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