#25 魔王城のチート級調理器具

 極夜の森での素材集めを終え、魔王城へと戻ってきたガルベナードたち。辺りはすっかり日が沈んで暗くなり、夕食の時間も近づいてきた。そのため魔王一行も採集してきた素材を城の倉庫に運んですぐに食堂へと向かったが、


『さスガニ つカレたノで

 ユーしョくハ カくじで

 じュンビオネガいしマス アルメーネ』


 ガルベナードたちを出迎えていたのは、そのような書き置きだけだった。アルメーネも自室まで筆記用具を取りに行く余裕すらなかったのだろう、メモ用紙の代わりにクッキングペーパーにデミグラスソースで文字が書かれてあるし、その文字も形が崩れてかなり読みづらくなっている。


「やっぱり、アルメーネさんだけでの作業は負担が大きかったみたいですね……」

「しかしアルメーネ殿が休まれてしまっては、夕餉の支度に困ってしまいますなぁ。料理が不得意な男ふたりに、魔族領の食材を扱い慣れていないマリナ殿では、一体何が作れますかな?」

「……仕方ない、夕食の準備には“アレ”を使うか」


 アルメーネの体調を心配するマリナと何が作れるか模索するベルクを横目に、ガルベナードはそんな一言とともに躊躇いなく厨房へと向かっていく。残るふたりも、魔王を追うように隣の部屋へ入っていった。


「俺だ。夕食の準備に来た」

 厨房の奥まで進んだところでガルベナードは気さくに声をかけるが、彼の向いている方向にあるのは年季の入った調理釜だけだ。すると、


「これはこれは、ご主人サマではありませんカ。お元気そうで何よりでス」


 と、釜の方向から返事が返ってくる。喋りに合わせて釜の上に載っている木製のフタが小刻みに震えていることを考えると、おそらく彼(?)が会話の主なのだろう。


「か、釜が喋った……!?」


 マリナは予想外の展開に驚き、目を丸くする。当然、彼女はしゃべる釜など今まで見たことがない。すると、


「おや、そちらのお嬢さんとは初対面ですネ。ワタクシはカムロ、しがない調理釜でございまス」


 と、調理釜が自己紹介をする。マリナも自身の名を名乗り、両者の顔合わせは何事もなく済んだ――と思った矢先。


「『しがない調理釜』か……パンや氷菓ジェラートを簡単に作り上げる奴が自分のことを『しがない』というのは謙遜が過ぎると思うんだが?」

「それは…………まあ決まり文句のような物なのデ」


 自己紹介のさなか、ガルベナードが疑い深い言葉とともに鋭い眼差しを調理釜に向けてくる。しかしカムロは動じることなく、さらりと受け流す。


「話を戻すが、お前に夕食を作ってもらいたい。俺とマリナの分――は頼むとして、ベルクはどうする?」

「ふむ……では拙者の分もお頼み申し上げますぞ」

「かしこまりましタ。それではこちらに食材を投入し、ご希望の料理をワタクシにお伝えお願いしまス」


 カムロの指示を聞くや否や、ガルベナードとベルクは棚に並んでいた肉や野菜、米などの食材を次々と釜の中に放り込む。魔族領特有の食材を扱う様子をマリナが興味深そうに眺めていると、


「ベルク、お前は当然のようにネプリの実を入れようとするな。いくら食材に滋養強壮の効果があっても、食堂でマリナに寝られちまったら堪ったもんじゃねえぞ」


 ガルベナードはベルクがネプリの実を入れようとしたのを見逃さず、彼の手首を掴んで制止する。しかしベルクも好物を諦めきれずに上司の手を振り払おうとするが、一瞬の隙に魔法で強化された魔王の腕力には敵わない。


「参りましたなぁ……ネプリの実は生食に向かない故、カムロ殿に加工してもらおうと思ったのですが」

「それならワタクシの豆知識をご活用くださイ――ネプリの実に含まれる催眠成分は、果実の切り口にレモン汁を垂らすと分解されて眠気が起こらなくなりまス。ただしそのままの時より酸っぱくなってしまうのが欠点ですネ」


 行き詰まったベルクに対して、カムロがアドバイスをする。それを聞いたガルベナードは即座に部下の持っていた果実を取り上げ、包丁で半分に切り分けレモン汁をかける。半分に切ったレモンを握りつぶすようにして果汁を垂らしているのが少々気になるところではあるが。


「色々と知っていらっしゃるのですね」


 と、マリナも関心したようにカムロを見つめる。


「興味を持っていただいて何よりでス。ワタクシも魔族領が栄えていた頃は毎日のように料理を作り、その中で試行錯誤を重ねていましタ。皆様に披露している豆知識も、日々調理する上で覚えたものでございまス」

「今じゃ魔王城もガラ空きだからこいつの出番は少ないが、それでもアルメーネが留守の時なんかは飯を作ってもらっているな」


 カムロは誇らしげに、続いて昔を懐かしむように言う。ガルベナードも説明を付け足しながら、切り口にレモン汁を垂らしたネプリの実を釜の中に放り込んで、上からフタを被せる。


「メニューはベルクもいることだし、格式ばらずに食べられるものを頼む。あとは食材に合わせて上手く作ってくれ」

「随分と大雑把な注文ですが……まあ良いでしょウ。今から調理を始めますので、出来上がるまでお手を触れぬようお願いしまス」


 カムロはそう言ってガタゴトと音を立てながら料理を作り始める。彼の周囲にはリング状に輝く光の帯が現れ、その中には光の文字で書かれた魔法の呪文が見える。帯の回転が速すぎて人間の目では呪文の内容を読み切れなかったが、マリナは美しさのあまり目の前の光景に見入っていた。

 そうしていくらも経たないうちに、


「完成いたしましタ。冷めないうちにどうぞお召し上がりくださイ」


 と、カムロの音声案内とともに魔族領の食材をふんだんに使ったカレーライスが釜の中から姿を現す。器に盛り付けられた状態で出てきた原理までは不明だが。


「よし、早速食べるぞ」


 ガルベナードはさっそく出来上がった魔族領式カレーライスを食堂のテーブルへと運んでいき、マリナとベルクもそれに続いていった。





「それにしても、この城には何でも作れてしまう便利な調理器具まであるのですね。私がいたところも人が多かったので、厨房にひとつ欲しいくらいです」


 食事がある程度進んだところで、マリナがガルベナードに話しかける。


「その気持ちはわかるが、カムロは魔法実験の突然変異で生まれたから同じものを作るのは相当難しいと思うぞ。あと飯以外の物は作れないし」

「そうでしたか……世の中そう上手くはいかないのですね」


 ガルベナードがマグマペッパーソースをかけて真っ赤になったカレーを頬張りながら答える。一方、彼の隣に座るベルクは黙々とカレーを食べている。そのようにして、魔王城での夕食の時間は今日も穏やかに過ぎていくのだった。

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