#21 筋トレ用の器具をDIYする男
アルメーネたちが魔王城内のエビルヴァインに悪戦苦闘していた頃――。
ガルベナードとマリナは城の隣に建つ、魔王軍の修練場を訪れていた。別世界の尺度でいえば柔道場くらいの大きさのこの建物は、魔王城とは違い安価で産出量の多い石が壁の素材に使われている。
「着いたぞ」
ガルベナードは修練場の入り口の前に降り立つと、抱きかかえていたマリナを地面に下ろし、正面の扉を開けて中に入る。
「頼もーう」
「おお、魔王殿であったか! しばらく顔を見なかったので心配であったが、元気そうで何よりですぞ」
ガルベナードの威勢のいい声に反応してきたのは、カーキ色のズボンに白のタンクトップを着た、狼の頭を持つ男だった。体躯はガルベナードよりも一回りほど大きく、彼の筋骨隆々とした肉体と、ふさふさと手触りのよさそうな体毛のコントラストには自然と目を奪われてしまう。
「……なんかまた部屋が狭くなってないか?」
「魔王殿も気づかれましたか。実は先日新たにこちらの器具を自作いたしまして、これから動作確認を行うところでございます」
獣人の男はそう言い、ガルベナードを案内する。彼が新たに自作した器具はいわゆるフィットネスバイクというやつだが、当然ながらこの世界で一般的に使われるようなものではない。修練場には他にもバーベルやトレーニングベンチ、ランニングマシンなどが並んでおり、これらも狼頭の発言を聞く限り彼の自作らしいが、どこから筋トレ用具の知識を得ているかは不明である。
「ここに座って支えになる棒を両手で掴み、両脚を前後に回転させることで体を鍛えることができるのです。魔王殿もやってみてはいかがですかな?」
「遠慮しておく。そもそも素人の俺なんかが扱ってそいつを壊したらお前も困るんじゃないのか? 実際俺の親父は修練場の壁を23回壊したって竜のジジイから聞いたんだが」
「む……それでは仕方ありませんな」
獣人の男はガルベナードをトレーニングに誘うが断られてしまい、なんとも残念そうに肩を落とす。
「さてと、無駄話はこのくらいにして本題に入るとしよう。実は昨日人間領の聖女が城に来て、迎えが来るまで彼女を預かることにした。その聖女を今から紹介するんだが――あれっ、マリナはどこだ?」
ガルベナードはそう言ってマリナを紹介しようとするが、肝心の当事者の姿が見つからず辺りを見回す。
「あの……入口の扉に『女人禁制』と書いてあるのですが……」
マリナはそうためらいがちに修練場の入り口から建物内を覗いている。どうやら扉に書いてある言葉を真に受けてしまっていたようだ。
「ああ、それは無視して構いませんぞ。何しろ先代の管理者が書いたものがそのままになっていただけなもので」
「紛らわしいからその文言はとっとと消せ。こんな扉ならわざわざ張り替えなくても上から塗料を塗るだけで隠せるだろ」
獣人の男は朗らかに答えるが、逆にガルベナードにツッコミを入れられてしまう。マリナはその間に修練場に入り、ガルベナードの隣まで歩みを進める。
「話を戻すが、こいつが聖女のマリナだ。訳あって今魔王城に寝泊まりさせている」
「よろしくお願いします」
「マリナ殿と申すか。拙者の名はベルク、魔王殿より『魔軍六座』の称号を賜っております。筋肉と物づくりに関しては自信がある故、何か困りごとがあれば遠慮なく頼って下され」
獣人の男・ベルクはそう言うと、右手をマリナのほうへ差し出し握手を申し出る。人間の基準ではわかりづらいがおそらく彼も笑顔なのだろう、マリナもつられて微笑みながら手を握り返す。そしてそんなふたりの様子を見て一安心したのか、ガルベナードも頬を緩めて話し始める。
「困り事なら俺から一つある。
ガルベナードの話とは、部下に対しての何気ない指令だった。普段ならばそのまま了承して終わるものだったが、
(やっべ、今思い出したがベルクは高いところが苦手だったな……工作の腕は立つが、屋根の修理を任せるわけにはいかないな)
と、ガルベナードは言い終わった後で重要なことを思い出し、一瞬顔を引きつらせる。魔王と言えど、部下の機嫌を損ねるような真似は可能な限り避けたいものだ。
「や、屋根を修復せよと申されますか……しかし他ならぬ魔王殿の頼み事であれば、断るわけにもいきませんな」
「あー、すまんが前言撤回だ。依頼内容を聞いて声と尻尾が震えてるような奴に頼むくらいなら俺がやる」
一方のベルクは上司からの仕事を断り切れずに引き受けようとするが、恐怖する様子を魔王に見抜かれ制止されてしまう。ガルベナードもさすがに無茶な指令を出してしまったと反省しているのか、どことなく申し訳なさそうな表情をしている。
「さ、左様でございますか。それでは他に拙者にできることはありますかな?」
「それなら屋根用の材木と、塗装に使う塗料の原料を極夜の森まで一緒に取ってきてもらおう。おそらく城の倉庫にある分だと両方とも足りなくなる」
「承知いたしましたぞ」
「マリナも材料の運搬を頼む。道中の魔物は俺達が追い払うから安心しろ」
「は、はい」
しかしそこからの軌道修正は早く、ベルクは上司に言われた通りテキパキと出発の準備を進めていく。彼は物置からカゴのついた
「よし、では行くとしよう。あと俺は翼で邪魔になるから背負子は要らないぞ」
マリナが背負子を背負い、ガルベナードがキャリーカートの取っ手を握る。ベルクは筋トレも兼ねているのか背負子とキャリーカートの両方を持っている。そんな風に全員の準備が整ったところで、三人は極夜の森へと向かうのだった。
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