浪神祭りにいらっしゃい
朽葉陽々
『お客さん』の話
燦々と照り付ける太陽。穏やかな波の音に、人々のはしゃぐ声――
夏季休暇の半ば、俺は数人の友人と連れ立って、とあるリゾート地に来ていた。
国内南西部の離島で、面積は小さく、人口も少ないらしいが、景観の美しさと、一年を通して暖かいことで、人気の観光地になっている。
俺の友人の一人に、この島の出身の奴がいて、親戚が経営している旅館に安く泊めて貰えるからと誘われたのだった。
「もうすぐ村の祭りもあるしさ、是非来てくれよ!」
へえ、祭りか。面白そうだな。行ってみようか。みなが代わる代わる言うと、そいつは笑って、
「ありがとな! そんなにでかい祭りじゃないけどさ、旨い酒と飯があるから、楽しいと思うよ」
そんな風に言われて、ちょうど予定の無い期間だったのもあって、みんな軽い気持ちで誘いに乗ったのだ。
案内された旅館は、少し古びていたし、大きくもなかったが、雰囲気があっていいとみんな気に入った。昼はみんなで海に出て、そのまま夕方まで過ごした。
「おーい、そろそろ戻ろうぜー!」
この島出の友人が声をかけてくる。
「戻るのか? まだ夕方だぞ」
「もう夕方なんだよ。もうすぐ祭りが始まるんだ、行こうぜ」
そう言ったそいつに促され、俺たちは海岸から離れた。
そいつに案内されるままぞろぞろとついて行くと、洞窟の前に作られた広場に出た。広場を囲うように篝火が焚かれ、その近くには、すでに島の住民らしい人たちの小さな集まりがいくつかできていた。既に何かを食べていたり、酒を飲み始めている人もいる。
そして広場の中央に、祭壇……なのだろうか? 脚の高い卓が置かれている。料理や果物なんかが大盛にされた皿が大量に置かれ、その真ん中の一際高い台の上には、小さな杯がいくつか……ちょうど、俺たちの人数と同じ数だけ並んでいた。
「あの杯は?」
「あれは『お客さん』用の杯だよ。島の酒の中でも、一番良いのを注いで振る舞うんだ。今夜の『お客さん』はお前たちだけだから、思うさま飲んでくれよ」
俺が指差して問うと、友人は胸を張って答える。そしてその杯を手に取って、俺たちに一つずつ配った。
いつの間にか周囲に、何人かの島民が集まってきている。その中には壺のような形の瓶を持っている人もいて、代わる代わる酒を注いでくれた。
気付けば、篝火の傍にいた連中も全員で俺たちを取り囲んでいて、彼らも銘々にグラスやら杯やらを持っていた。
「島の外からはるばる、よく来てくれた。今日は楽しんでくれたまえ」
「村長、かたっ苦しい挨拶はいいから、早く始めてくれよ!」
俺たちの前に進み出てきた小柄な老人が挨拶してくれる。他の島民の野次にもにこにこ笑って、
「それもそうだな。『お客さん』ら、今日は存分に楽しんでくれ。……皆もだ!
「かんぱーい!」
「かんぱーい!」
「浪神さまにかんぱーい!」
島民たちはあっという間に杯の中身を飲み干し、それぞれに料理を取ったり、酒を注ぎ直したりする。中には歌い始める人なんかもいる。仲間たちも銘々、この島で一番良いらしい杯の中身を干し、俺も恐る恐る口に含んだ。
俺は日本酒やら焼酎やらの味がそんなに好きじゃない。辛みとか、アルコール特有の苦味が強いのが、どうしても口に合わない。
この酒も、香りからして、あまり好まない類の酒だと思ったのだが。なかなかどうして、飲みやすくて美味しい。すっきりしているものの甘めで穏やかな味がする。口当たりも軽くて、あまり酒を飲んでいるという感じがしない。おまけに島の住人たちが代わる代わる俺たちの側に寄ってきて、杯が空になる度に酒を注いでくれる。
そのせいで、つい何杯も過ごしてしまった。一体どれだけ飲んだのだろう? この酒はどれだけ飲んでも、飽きるということがないらしい。それどころか飲む度に、更に飲みたくなっているような気さえした。
しかしさすがに飲みすぎたらしい。いつの間にか視界が酷く歪んでいるし、手足の感覚もぼんやりしている。立ち上がろうとしたが、腰が抜けてしまっているのか上手くいかない。少し身じろぎしただけで酔いが周り、逆に倒れ混んでしまう始末だ。
歪んだ視界でそれでも周囲を見ると、仲間たちはみな、俺と同じように倒れ込んでしまったらしい。中には寝てしまったのか、ちっとも動かないやつまでいた。
(さすがに、このままじゃまずいよな……)
そう思うものの、上手く動けないし、動きたい気もしない。そもそも何がまずいのか、考えることもできなくなりつつあった。思考が覚束ない。感覚がどんどん鈍っていく。これは……眠くなっているのか? それすらも分からない。
ぼんやりとしたまま仰向けになった俺を、何が見ている。どうやら何かを言っているようだ。
「……うん、大分効いてるみたいだ」
「こっちのはもう死んでる。こんだけ贄がいりゃあ、浪神さまもちょっとの遅れなんて気にしねえだろ」
一体、何を言っているんだろう。もう言葉であるようには聞こえない。そんなことを考えることさえ、もう、難しくなっていた。
視界が暗い。音が聞こえない。何も感じない。
こんなに眠いのは、きっと初めてだ。
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