scene1-5 伏魔殿の主 前編

 

 その後も陽が沈み夜の顔に変わってゆく街を横目に車はしばし走る。

 そして、車は司のセレブに関する貧困な想像力では「芸能人やプロスポーツ選手が遊び場にしてそう」程度にしか表現出来ない都心の高級地に到着した。


「うわぁ、これは……」


 車が止まると同時に運転席側から足早にドライバーが降りて後部座席に回りドアを開く。

 そこにいたのは曉燕と同じ白いスーツに身を包んだこれまた前職はモデルでもしていたのかという美しい女性。

 そんな美女に低頭されながら「こんなもので街中を走っていたのか」と面食らう真っ白なリムジン車に引いてしまう司だったが、目の前にはそれ以上の光景が控えておりもはやどういう顔をすればいいかも分からず半笑いに引き攣った顔になってしまう。



「「「お帰りなさいませ、会長! ようこそいらっしゃいました、御縁様!」」」



 場所はほぼ真上を見るほどの巨大なビルの正面ロータリー。

 加えて、煌びやかなそのエントランスまで赤絨毯が敷かれ、その両サイドにはもう一種の制服なのだろう曉燕やドライバーと同じ白服姿の美女達がズラリと数十人並んで完璧なお辞儀での出迎え。

 明らかに異質で別世界の光景。

 司はそんな美女達に鼻の下を伸ばすというよりも、単純に圧倒されて乗り物酔いに近い気分の悪さを感じていた。


「おぅ、出迎えご苦労。地下の会場は温まってるか?」


「はい! 本日もすでに濡れ手に粟の様な〝寄付〟が集まっております♪」


「ははッ、いいねいいね~~♪」


 圧巻の美女集団による出迎えにまるで物怖じにしない雅人は、手前の白服美女の過激な抱擁を慣れた感じで受け止めながらその括れた腰に手を回して歩き出す。

 それに対する司は軽い目眩を堪えつつ、自分がくたびれたTシャツとジーパンというあまりにもこの場にそぐわぬ粗末な身なりであったことを思い出す。


「あ、あの……李さん? 今からここに入るんですよね? 俺……こ、こんな格好ですけど……」


「え? あぁ、お気になさらないで下さい。もちろん一般客にはそれ相応のドレスコードを指定している場所ですが、御縁様は例外です。たとえ全裸でお越しになっても最上級のおもてなしをさせて頂きます♪」


 いや、さすがにそれはない。

 曉燕の小粋なジョークで妙な緊張の解され方をする司。

 そして、視線の先で雅人から促されるまま、司は自然と腕に抱き付いて来る曉燕の柔肌で再びガチガチに緊張しながらビルの中へと入っていく。


(訳分かんないよ……何? なんで俺、こんなに大歓迎されてんの?)


 司はこの期に及んでもまだこのあと強面の男達が集う部屋に連れられ、無数の銃弾で無様な血達磨になって踊る自分を想像していた。

 理由は依然全く思い浮かばないが、ひょっとすると単なる金持ちの道楽で「銃を手に入れたから生身の人間を撃ってみたい!」くらいの理由で肉の的として調達されたんじゃないかという理不尽案は浮かぶ。


 しかし、それなら車中のドリンクサービスや美女集団によるお出迎えはおかしいし、どこぞの王宮かと思えるエントランスを抜ける間も、周囲を隙間なく美女に囲まれて「お近付きになりたい」と言わんばかりに頬を赤らめてこちらにトロンとした誘惑顔を向けられる扱いも謎過ぎる。


(ひょっとして俺を有頂天にさせたところで突然痛め付けるとか? 幸せから一気に絶望へ叩き落とす的な?)


 卑屈な想像は次々と浮かんで来るが、どの道今の司はただただまな板の魚。

 黙って雅人達のあとに続き、こんな湯水のごとく金が使われている世界もあるんだというのを冥土の土産にしようと勝手に悟りの境地に立っていた。


 そして、マホガニーの細工が美しいエレベーターに乗り込み、籠が下へと降りている様子から雅人が言っていた地下の会場とやらへ向かう。

 しばらくして扉が開くとそこに広がる光景は、目が痛くなる様な七色の照明が点滅し彩る煌びやかなステージを俯瞰するバルコニー型のVIP席。


「うん? 何だ?」


 何かのコンサートだろうか?

 少し自分でも知り得る現実に近そうな雰囲気にフラフラと歩き出した司は、そのバルコニー席の縁から眼下を見下ろす……が。


「……は?」


 脳の理解が追い付かず、言語機能が麻痺したのか同じ言葉しか出ない司。

 眼下に広がるのはすり鉢状のステージ。

 しかし、そこで繰り広げられていたのは、アイドルや歌手のコンサートではなく、顔を仮面で隠した無数の客がステージに耳障りな歓声を上げ、その視線の先である円形ステージの上には明らかに低俗な意図を思わせるへそ出しミニスカートの警官っぽい衣装を纏った女性達がピンク色のボクシンググローブをはめて乱戦を繰り広げていた。



「このぉ! 死ねよお前ぇぇッ!!」


「うっさいわよッ!! お前が死ねぇッッ!!」



 グローブをはめて殴り合っているのだから、これは女子ボクシングの試合?

 そんなはずはない。

 髪を掴んで振り回し、倒れている者がいれば足で顔面を蹴り飛ばす。

 口から血を吐いても、腕が怪しい揺れ方をしていても御構い無し。


 ステージ端で泡を吹いて痙攣している者がいれば「邪魔だ」と蹴り落とし。

 気が振れてしまったのか、座り込んで爆笑している者がいれば「カモだ」と集中攻撃。

 まさに地獄絵図の様なそのステージの上には、興行としての格闘技に求められる理性が欠片も持ち合わされてはいなかった。



『素晴らしい! 流石は我が国の偉大なる法の番人たる警視庁の美人警官達!! 血沸き肉躍る殴り合いだぁッ!! ですがぁ~~? 先日の男性自衛官達によるバトルでの過去最高の寄付額にはまだまだ届きませんね~~! 女だからと舐められる訳にはいきませんよ! 最後の一人になるまで存分に殺し合って会場のお客様を滾らせて下さ~~い!!』


「うおおおおおぉぉぉぉッッ!! やれやれぇぇッッ!! 殺し合えぇッ!!」


「もっと派手に血飛沫上げなさいなッ! やればやる程、お金はくれてあげるわよぉッ!!」


「おぉぉッ! おおおぉぉッッ!! ボコボコの女ぁッ!! たまんねぇよぉ~~ッ!!」



 マイクを握りオペラマスクで顔半分を隠した白服女性が仕切りを回し、客席からは過激な罵声と歓声が引っ切り無しにステージへと振り注がれ、リングの頭上にある円柱型のスクリーンには、見る見る内にその残虐非道な戦いに対するファイトマネーが加算されていた。

 

「な、んだ……これ?」


 司は唖然していた。

 この国にこんな知性の欠落した悍ましい場所があったのか。

 人身売買? いや、ひょっとすると払い切れない負債を抱えた挙句、風俗に売られる流れにちょっと趣向を変え、表沙汰に出来ない悪趣味を持つ成金達のための血生臭い見世物にされているのだろうか?


「そ、そういうのなら……ありえるのか? いや、でもこれは流石に……」


 卑猥な衣装を着せられて戦わせられ続ける女性達を見て変態成金客達はおおいに湧き上がる。

 財力に物を言わせた亡者達の悍ましさに、司は嫌悪感を露わに会場全体を見下す。

 それに〝警視庁の警官達〟というのも実にチープなイメージプレイ。

 まるで国家権力を弄んでいる気にでもなっているのか?

 滑稽極まり無い自己満足に寒気すらする。

 

 すると、そんな司の雰囲気を読んでか背後の革張りソファーに腰を下ろしていた雅人が両脇に白服美女を侍らせながら口を開く。


「おい……司、は冗談なんかじゃないぜ?」


「……え?」


 振り返る司。

 雅人はまた葉巻を咥え、隣の美女には火を点けたマッチを咥えさせていちいち卑猥に火を付けつつ、足を組んで横柄にくつろぎながら薄ら寒い笑みを浮かべていた。


「今あのステージで殺し合ってる女どもは、正真正銘本物のこの国の国家公務員様達なんだぜ?」


「……はぁ? いや、何を言ってるんだ? そんなのある訳無いだろ」


 司は肩を竦めて苦笑いを浮かべる。

 こんなVIP席に慣れた様子で腰掛け、何十人もの美女をしな垂れ掛からせる雅人。

 一本七十万を超えるシャンパンを真夏のスポーツドリンクの様に飲み干すその生活は、確かに一般人とは一線を画する世界に彼がいる事を示している。


 だが、国家の治安を守る組織に属する者をあんな殺戮ショーの見世物に使うなど、そんなものはもう〝金持ち〟とかそういう次元の話では無く、あまりのリアリティ無く、今回ばかりは司にも鼻で笑う余裕があった。

 しかし……。


「あぁ? その顔は信用してねぇな? 分かったよ……じゃあ他にも面白いモノも見せてやるよ」


 そう言って雅人はスマホを取り出し、電話を掛け始める。

 眼下の殺戮あれを〝面白いモノ〟と表現する雅人。

 狂っている。やはり付いて来るべきではなかったと、司は動悸が止まらない胸元を握り締めながら激しく後悔した…………。

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