夢充夜

根古谷四郎人

第1話 夢充は自爆した

「こんな夢を、見せるなあああ――――っ!」

 ヨーロッパを思わせる、黄色やオレンジの家々が建ち並ぶ石畳の道。空は青く、すれ違う人々は肌の色も髪の色もばらばらだが、皆笑顔。その中を、私は絶叫しながら走る。なぜなら、その美しい建物がドミノのように次々と倒れて迫って来るからだ。

「私はー!朝倉ー!希美ー!岐阜県の田舎に住んでるー!高校ー、二年生ー!」

 大声で叫ぶ私を指さして笑う人達がいる。だがかまうものか。毎日のようにヘンテコな夢を見るうちに、私はその夢から脱出する方法を編み出した。それが、大声で自己紹介をし、自分がベッドにいる事を再確認する事。これをやらないと、悪夢を延々と見た挙句寝坊し、学校に遅刻する。

「今はー!ベッドの中にいるー!今日洗ったばかりのー!夏布団にくるまってるー!9月だけどー!」

 なおも叫び走る私を、人々は笑いながら眺める。笑いながら、建物の下敷きになる。それだけで既に怖いのに、さらに、折り紙の人形になって再び建物の隙間から出てくるのだ。自分の脳が考えた夢には違いないけど、悪趣味すぎる。しかも、私は同じ夢を何度も見る傾向があり、この夢も三回目だ。気がおかしくなる!

「うっわ!こんな時に!」

 そして、どんな夢でも決まって出てくるのが、自分に絡みつく白い糸。一回絡むとなかなか取れないし走りにくくなる。仕方なくしゃがんで糸と格闘する。建物が崩れる音が近づく。

「~~~~っ!さっさと、起きろおおお!」

 上を向いて絶叫すると、目の前に飛び込んできたのは瓦礫でなく、白いありきたりな天井と蛍光灯。そして、先生の顔。

「その通りだ朝倉。寝ぼけてないで、さっさと起きなさい。」

「……はい。」

 夢から覚めても、悪夢だー!


「さっさと起きろーーっひゃはははは!」

「もうほのか!笑いすぎだって!」

「ごめんごめん。でも、久しぶりだね、のぞみんがうたたねって。」

 部活動の時間、私は親友のほのかと一緒に文芸部の部室にいた。もっとも、文芸部なのは私だけで、ほのかは美術部。キャンパス片手に、よくうちの部室に遊びに来る。

「で?今日はどんな夢だったの?」

「聞くんかい。」

「だって、のぞみんの夢ってぶっ飛んでるもん。どんな画家でも思いつかないような世界が広がってるから、すっごい絵の参考になるし。」

 そう言うほのかの絵も、十分ぶっ飛んでると思うけどな。中学生の頃、竹内ほのかと言えば県下の美術部員なら名前を知らない人はいなかった。それぐらい、独創的な絵を描いてコンクールの賞も次々獲っていた。ほのかの絵は、クレヨンですき間なく描かれた題材たちが物語を展開していて、キャンパス一枚なのに絵巻物のようだと言われる。題材同士のミスマッチさと、カラフルな色遣いのおかげで、不思議で楽し気な絵になっている。初めて見た時はどんな人が描いたのだろうと思ったが、まさか同じ高校に通う事になるとは。そして、肩ほどある茶髪をアノマロカリスのヘアゴムで留め、オレンジと緑のツートンカラーのフレームのメガネをかけた女の子だとは、想像もつかなかった。隣にいる私が黒髪ショートカットの平凡オブ平凡だから余計際立って見える。

「絵の参考って言ってもらえるのはありがたいけど……参考になる?」

「のぞみん毎回それ聞くね。」

「だって私だったら絶対描けないよ。こないだ話した夢だってさ、カボチャとツタンカーメンが同居してるんだよ?」

「あれねー!すっごい面白かった。」

 ほのかがまた声を立てて笑う。

「話聞いたとき、これ描きたいーっ!ってなったもん。私さ、これ好きだなー、描きたいなーって思った題材を、思いつくだけキャンパスに描いてるの。ただ、そういうものが見つからないって時期が来るの!定期的に!」

 ほのかは気分が乗ると周りが止めるまで延々と絵を描き続ける一方、全く絵が描けなくなる時がしばしばあるらしい。私が知り合った1年生の時もまさにその時期だった。抜け殻のようになっていたほのかに、私は自分が見た夢の話をしたところ、ほのかは食いついた。「これを描かずして画家とは言えまい!」と叫びながら作品を仕上げ、コンクールに出して見事金賞を受賞。私も、自分が見た怖い夢がほのかの手で楽しくポップな絵に生まれ変わったのを見て、とても嬉しかった。それ以来、私はほのかの絵のファンだ。

「今さー、また描きたいものが見つからないのー。のぞみんお願い!あたしを助けると思って。」

「じゃあ、覚えている限り出来るだけ細かく話すね。」

「うん!」

 私の話を聞きながら、ほのかは早速キャンパスに下書きを始めた。

「のぞみんがいなくなったら、あたし描くものなくなっちゃうなー。のぞみんも美大行こ?」

「行かないし行けないよ!?」

 私達の学校に通う子は、ほとんどが大学進学を目指す。でも、ほのかのように美大への進学を目指す子はまずいないし、学校にも美術専攻のコースは無い。だから、今ほのかは美大を受ける人が通う予備校に通っているそうだ。だから絵が上手いのは当然だが、学校のテストでも五教科全てで八十点以上取れるんだから、うらやましい。

「あたしものぞみんみたいに夢充だったらなー。」

「ゆめじゅう?」

「リア充の夢バージョン。夢が充実してる人。」

「これは充実って言わないー!見るたびに怖い思いしてるし、今日なんて先生に怒られてるんだから!」

「わっはっは!ねえ、この絵さ、完成したら文化祭に出してもいい?」

「どうぞどうぞ。私のアイデアって言うわけでもないし。」

「でも、のぞみんの夢でしょ。それに、夢を小説の題材にもしてるじゃん。」

 私もたまに夢で見た光景を元ネタに小説を書くことがある。ほのかが言った通り、夢では普通には思いつかない事が当たり前に起こるから、悔しいけど自分で考えるより面白い設定が出来る。

「今回のは書かない。パニックものとかは嫌いだもん。」

「そっかー。あ、ここ唐揚げ降らせようっと。たくあんはここに積もう。」

「私の夢に私の弁当がトッピングされてる……。」

「そうそう。タイトルは『Pretty Picnic』かな。」

「どっちかっつーと『Panic Picnic』だろ。」

「あっそれがいい!―え?」

 私とほのかが振り返ると、金髪ツンツンヘアーの大柄な男性が仁王立ちでほのかの後ろに立っていた。

「あ、千草先輩、お疲れ様です。」

 千草先輩は美術部の部長で、ほのかにとっては幼稚園から付き合いがあるお兄さん的存在だ。なので、先輩の事を「コー兄」と呼んでいる。

「コー兄なんでいるのー?」

「なんで、じゃねえ。お前を連れ戻しに来たんだよ。」

「なんでー!文化祭でコラボするから、それまでは出入り自由のはずじゃんか。」

 美術部と文芸部は、今回合同で文化祭の企画をする事になった。それぞれの部員同士でペアを作り、美術部員は文芸部員の小説に挿絵を添え、逆に文芸部員は美術部員の作品を題材にショートショートを書く。その作業がしやすいように、文化祭まではお互いの部室を行き来してもいい事になっているのだ。ちなみに、私はほのかとペアになった。

「成程、打ち合わせなら確かに仕方ないな。で、その下絵は?」

 千草先輩が鋭い眼でほのかを睨む。

「お前の鞄は美術室に置きっぱなしだし、ここにはキャンパスしかないようだけど?」

 え、ほのか。まさか……。

「ごめんのぞみん!まだ出来てないの!」

 ほのかが額を机に付かんばかりに、いやくっつけて土下座した。

「まあ、締め切りまではまだあるから、納得するまで描いていいよ。私だって小説書き終わってないし。」

「ありがと!のぞみんマジ仏。」

「全く、入り浸りの言い逃れに朝倉さんを巻き込むんじゃない!」

「だって……絵が……」

 ほのかがごにょごにょと何やら愚痴っているが、千草先輩は気に留めない。

「それとこれ。美術室のお前の机に置いてあったぞ。」

 千草先輩はほのかと私の間にコン、とアルコールランプを置いた。え?何で?

「いや~そのう。クレヨンって、炙ると溶けるって聞いたの。それが絵の具とも違う感じの質感で。これ使って絵を描いたら面白いかな―」

「火・事・に・な・る・だ・ろおがあああああ!」

 どっかーん!千草先輩の雷が落ちた。

「ぴえええええ~~~!」

「アルコールランプを持ち出すだけでもアウトなのに、火を点けっぱなしにして部屋を出るな!」

「えええええ!ほのかそれは駄目だよ!」

「手で炙るの疲れたんだもんー。ちっとも溶けないから、しばらく皿に入れておこうと思って……。」

「ついでに言うと、溶けたクレヨンがこぼれて大惨事になってる!さっさと片付けろ!」

 千草先輩に頭をわしづかみにされ、連行されるほのか。

「……挿絵、間に合うかな。」

 そもそも、美術室もほのかも今後無事かどうか怪しいな。若干不安になりながら、私は小説の続きを書き進めた。

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