第2.5章 欠けた銀の剣を見つけて
「驚かせてごめんなさい。見かけない人がいると思ったので、お声をおかけしましたの」
「…君の庭かい?」
「お花がとても綺麗でしょう?
余所者である自分に柔らかく慈愛のある微笑みを向けて、おっとりした口調で話す女性に敵意はないと感じた恭一は、この不思議な違和感をまだ感じながらも、警戒を少し解き、この世界で初めて会った何処か自分とそう変わらない普通の存在に改めて話しかけた。
「この城に住んでるの?」
「えぇ、そんなところです。庭のお手入れをしております。貴方は、どちらの方?」
「…」
多分上から来たという意味で空を指差すと、彼女の赤い目は顔と一緒に上を向き、気付いたように笑顔になる。
「ウラシマさんですのね!お見掛けするのは、とても久しぶりですのよ」
「…そう」
「お話を聞かせてくださいな。お名前はなんとおっしゃるのですか??」
「…
「まあ。長いお名前ですのね。どこからがお名前なのかしら?」
「恭一でいい」
さっきから名前を名乗ってばかりでめんどくさくなった恭一は淡々とそう告げると、ふわふわした笑顔を女性から向けられる。
「恭一さんと仰るのね。私は、アイテルと言います。どうぞ、お見知りおきくださいませ」
「…不思議な名前をしているね」
「そうでしょうか?オラトでは、私の名前は珍しいものですか?」
「普通、つけない名前だと思うね」
「まあ。私には、恭一さんのお名前の方が珍しく感じます」
無愛想な返答にも純粋に答えるアイテルは、初対面にも関わらず臆することなく恭一に興味を示してきた。
ウラシマモノというのがは本当に珍しいのか、一見話しかけにくい雰囲気を持った恭一にまだ話しかけて来るため、機嫌の悪い恭一は放っておいてほしい鬱陶しさを感じていたが、彼女のふんわりした雰囲気からか、突き放せずにいた。
「しばらくはこちらにいらっしゃるのでしょう?留まってくださった方が私も嬉しいですわ。地上のお話が聞けますもの」
「君の話し相手になってる暇はないんだけど」
「そう言わずに。このお城でなら、またお会いする事がありますでしょう?」
「言っとくけど、俺はね、遊びでここにいるわけじゃないから。やることが終わったら、すぐに出ていく」
「…まぁ。忙しそうですのね?」
無愛想な返答をした恭一に、少しきょとんとしたアイテルの表情は、すぐに優しげに口元を緩ませた。
「ご気分が優れないように見えますわ。休んでいる暇も、なかったのでしょうね。すぐにとは言わず、ここで安らぎを得ることをおすすめ致しますわ。この庭は、その為に作りましたのよ」
「…」
「普段は、誰もおりません。貴方さえよければ、この庭で息を落ち着かせに来てくださいな」
「入っていいなんて、勝手に許可していいの?」
「お庭に入るのに許可なんて必要ありませんわ」
確かに静かで、自分達以外には誰もいない庭園だ。作物と臭すぎない花の匂い、近くに流れる水路と水の音に新鮮な空気。人の領域とは違う、神域のようにも恭一には思えた。だが嫌いではない。
むしろ、こういう静かな空間の中にいるのは一体いつぶりなのだろうと恭一は思い起こすが、スッと自分の顔の前に、赤いリンゴを差し出された。
アイテルの瞳のように、深くも明るい赤色。…同時に、まるで血の色のようだと、恭一に思わせた。
「ここで採れたリンゴですの。どうぞ、おひとつ」
「……いらない」
「そう仰らずに。美味しいですよ」
いらないと断ったのにも関わらず、アイテルの手が恭一の左手を掴み、その手にリンゴを強引に握らせた。
「私はこれで失礼致します。また、お話いたしましょうね!」
「だからいらないんだけど。ねぇ、ちょっと」
強引に渡されたリンゴを返そうとする恭一から背を向け、黒髪をなびかせユタユタと走り去っていくアイテル。
恭一から見ればのろのろした速度に、全く本気を出さずに追いつけるのだが、追いかけようとする足は、めんどくさくなって自然と止まる。
「…他人から貰ったものは、食べないんだけど」
そう一人、リンゴを眺めて呟く。
恭一はアイテルの赤い瞳、瞳にまず目をひかれた。色素欠乏症の人間には見られるものだが、普通の人間で赤い瞳を持つのはなかなかいない。
後はコンタクトレンズという可能性だが、その物はこの世界にあるものなのかどうか。そして、あの瞳を何処かで一度、見たことがあるような気もした。
遠い記憶の彼方の何処かで、月も星も隠す暗い夜、燃え盛る炎と血の色を混ぜた瞳の色を。それを思い出そうとすると、何故か途中で曇り、頭の一端に頭痛を感じ取る。
「すいませーん、お待たせいたしました~」
「…あぁ」
恭一は戻ってきたミツキと共に城の中へと戻る。
「?そのりんごは、どうなされたんですか?」
「貰った。庭で会った赤い瞳の女に。王室の関係者だと思うけど、誰?」
「んー……すいません。出入りが多いもので、パッと思い付く方はいないです。恐らくは、庭師の方だと思います。真王陛下の個人的なお庭でして、色んな人が手入れに入っていますから」
「…そう」
考える素振りをして結果出たミツキの答えに、素っ気なく呟いた恭一は、ふと重く感じていた右腕が少しだけ軽くなった事に気がついた。
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