第15章 命をかけるその理由
「ずいぶんやられましたね。内臓に穴があいて、肩と足は骨折してます。なんで動けてるのか不思議なぐらい、重症、なのですが…」
ミツキは恭一の具合を透視魔法を使って診察しながら、なんでこの人、平気な顔してここまで動けてたの?という目で、寝台に寝かせられた恭一を見下ろす。
「そ、それで?ミツキさん、若は、助かるんですか!?」
「まるで俺がもう死ぬみたいな言い方だね。大袈裟なんだよ」
「実際危ないじゃあないですか!!ただでさえ分かりづらいほど平気な顔してんですから、もっと自己申告してください!!辛い時は、俺が背負いますんで!!何処までも!!」
「だから言わないんだよ」
「まあまあ、落ち着いてください。この怪我なら持ってきたポーションと、骨継ぎの薬で、何とかなりますから」
「なんとっ!!異世界っ!!圧倒的万能薬っ!!」
「弁慶、煩いからほんと出てってくれない?」
普段あまり代わり映えのしない固い表情が少し歪み、恭一はミツキの持つポーションを手にとって興味津々にはしゃぐ弁慶を睨み付ける。
ミツキは万能薬というわけではなく、傷の治りを速めるだけなので安静にする必要はあると付け加えると、傍にあるテーブルの上で調合を始めながら、つい思っていた疑問を口にした。
「でも…どうして陛下の治療をお断りしたんですか?薬で治すより早いかと思いますが」
「うざいから」
その恭一の言葉に、ミツキは思わず手元が滑ってビンを割りそうになりながら振り向いた。
『あの、やっぱり顔色が良くありませんわ。
恭一はただ薬を待ちながらじっと天井を眺めていたが、クーロンを出てすぐ今夜の宿となるこの神殿に到着する前から何度も、
『いい加減俺に触るな。鬱陶しい、視界から消えろ』と。
かなり本気の言い方をして拒絶した時、アイテルは一瞬だけだが、いつも笑みを絶やさない表情が崩れて、驚き、戸惑い、傷つき、その3つの感情を出した。
『…ごめんなさい』
そしていつものしつこさを見せることなく、ただ一言謝って、黙って恭一の前から離れた。ジュドーにこの場面を見られていたら、恭一は間違いなく傷を抉られて殺されていただろう。幸い、代わりに傷の具合を見ているのは、ミツキである。
「こっちが擦り傷でも作って怪我する度にベタベタ触って勝手に治されたんじゃ堪らない。エバだかなんだか知らないけど、こんな傷ぐらい自分で何とか出来るのに、厚かましいんだよ」
「何とかって…。本当だったら、手術で縫うかじっくりと
「その方が余程マシ」
まるでいじけた子供のような事を言う恭一に、ミツキと弁慶は顔を見合わせた。
「若…?なんかあったんですか?」
「何もない」
弁慶は知っている。寝返りを打って背中をこちらに見せた恭一のこの背中を向けて、何もない答える行為。絶対何かがあった時に見せるものだということを。
「若……?」
アイテルの事を何よりも拒絶しているような様子を見て何か勘づいた弁慶よりも先に、悪戯に現実と幻想の壁を少し突き抜けてまで、恭一の耳元まで顔を寄せてきて笑う天使には全てお見通しだった。
__「そーんないじけちゃって。本当は、これ以上、気になってる女の子の負担になるから世話になりたくないだけのくせして、嫌だねぇ~この子は」
いやに挑発してからかうラミエルは、失せろと頭の中で突き放した恭一にも構わず、さらに恭一の体にもたれ掛かって煽り続けた。
__「さっきのあっち行けはまずかったねぇ。かなり傷ついてたなぁあれは。ちょっと後悔してるでしょ?してるよねぇ?あーさっきのは良くなかった~本当は世話焼いて構って欲しかったな~…でもそうしたら、また体調が悪くなったり無理させるかもしれないし、こんな怪我でいちいち手を煩わせてなんかられない!でもしつこく寄ってくるの、どうしたら良いんだろ?何言ったらやめてくれるんだ??…とか考えてたくせに」
「…黙れ」
恭一の口からラミエルに対する言葉が漏れるほど、彼の苛立ちは強まっていく。しかし、ラミエルはそんな恭一の逆鱗に、吐き捨てるような笑いを加えて、とどめを刺した。
__「ハッ。女の子にあれだけ構って貰えてさ、満更でもなかったくせして」
その言葉の最後の瞬間、背後のラミエルに向かって振り返り様に拳を振り、幻想世界の肉体を持たない者に当たるわけがなく、突き抜けてベッドの傍に立っていた弁慶に被弾し、悶える声と共に膝から崩れ落ちた。
「ぐぼぁ!!ご、ご指導あり…がと…ございま………ぐふっ」
「うぁ!?ちょっとあー!弁慶さん!!しっかりしてください!!」
__「やーいやーい。へったくそーズボシ~アホ~コミュ障~!」
「っ!!ほんと殺す…!!」
「!?やめてください
天使の姿が見えないミツキや気絶した弁慶からしてみれば、急に部屋の物を何もないところに投げつけ始めた恭一が乱心するほど、アイテルに治療されるのが嫌だったのかと思う光景。
そんな中、部屋の物音を聞いて入ってきたのは、まだ遠征用のビースト専用の鎧をつけたハルクマンだった。
「おいおいおいちょっと待てストップ!!何してんだ!?」
物を投げる恭一の手が止まり、現れた毛むくじゃらの姿を見て、再びいじけたようにベッドに寝転がって背を向けた。その様子と、延びている弁慶を床で支えるミツキを交互に見たハルクマンは、ため息をついた。
「すいませんハルクマンさん!騒いでしまって」
「あー…ミツキ。ここは俺に任せろ。薬は?出来てんのか?」
「えっと、そこにあります。もう混ぜてはありますので…」
「おう。弁慶は任せたぞ」
ミツキは恭一の背中を困ったように眺めた後、自分よりも大きい体の弁慶の腕を肩に回し、そのまま引きずるようにして部屋から出ていった。
恭一と二人になったハルクマンは、机の上に置いてある薬のビンを取ると、寝台に腰掛けて、恭一の背中にビンの底を当てた。
「寝るんだったら飲んでからにしろよ」
「……」
「
ハルクマンの言葉に、恭一は渋々といった様子で手だけを動かしてビンを受け取った。背を向けて寝そべりながらビンの中身を飲むと、ハッカが入った水のような飲み触りだったが、喉から下を通ると、広がって身体中に浸透していくような感覚がした。
「アイテルが心配してたぜ」
「…」
「あんなことになるなら、お前に条件飲ませるんじゃなかったってよ。危うく自分達が簡単に手出し出来ないとこで殺されるとこだったってな」
「俺が勝手に決めたことにまで責任感じてるって所がほんと図々しい」
「個人テリトリーに踏み込まれて嫌なのは分かるよ。あいつそういうの分からねぇ環境で育ってきてるからな」
覚えている記憶の限り、周りに常に誰かがいる状態の中で生活してきたアイテルに、距離感というものが分からないところは確かにあると、ハルクマンは恭一の気持ちに同調するかのように言いつつ、アイテルの気持ちだって分かると、こうも言った。
「クーロンを見ただろ?あそこはな、
そんなとこにお前は入った。行くなって止めるのはいつでも出来たんだ。それをしないで今回黙って見送ってたのは、お前の意思を尊重したからだろうと。
表面上冷静で、動じてないように見えても、命のタイムリミットに焦ってるのは分かる。それに、一人で何でも出来るって感じで危なっかしくて、こっちも心配になる。そうハルクマンは恭一の背中に告げると、今までずっと自分の面倒は自分で見てきたという自負がある恭一はムッとして答えた。
「君達が俺の心配してどうするの?俺が勝手にやってることに、いちいちケチつける権限でも持ってるのかい。特に彼女。俺の保護者にでもなってるつもりなのが余計気に食わないんだよ。弱者を助けてるようなつもりなんだろうけど、俺はそこまで世話をしろとお願いするような弱者じゃない」
「…それで?物をあっちこっち投げて暴れるほど怒るような事なのか?」
「…余計なお節介はいらない」
ハルクマンは内心、向こうじゃこいつ扱いに困る奴だったんだろうなと思いつつも口には出さず、恭一の次の言葉を黙って待った。
「いらないって言ってもやってくるし、放っておいてって言うだけ寄ってくるし。あんなに来るなってオーラが読めないしつこい女、居たことない。加えて、自分を犠牲にしても俺の命を優先するようなことまで言い出す。そこまで親しいわけでもないのに、何考えてるのか…分からない。理解する気もないけど」
「それで、視界から消えろって言ったのか?」
「……」
「嫌いか?アイテルの事」
「別に嫌いじゃない。…また余計な力使って倒れられたら、俺のせいになるし。仮に俺が死ぬことになったとして、女を踏み台にして生き残ろうとするほど愚かじゃない」
「それ、要はアイテルの体調を心配して遠慮してたのにしつこいからつい強く怒っちまったって事だろ?」
…"心配?"
ここ最近、ラミエルにも指摘された事を恭一は思い出す。むず痒く、受け入れるに受け入れられなかった事だ。
ただしつこくされるのが嫌だった。自分の感情を引っ掻き回されるのが嫌だった。それだったのに……こうもモヤモヤするのは、その感情に覆い尽くした物が、ずっと隠れていたからだ。
「そりゃーアイテルも悪いな。結婚しても男心ってのを分かっちゃねぇんだから」
「……」
「少しは素直になれよ。謝って来たらどうだ?きつい言い方して悪かったって」
「なんで俺が」
「お前が許さなきゃ、何も解決しないだろうが」
先に自分から謝りに行くという行動理念が恭一にはなかった。ハルクマンにそう言われるまでは。アイテルは恭一が怒った時に謝罪している。それを受け入れないまま別れてしまっているのだから、恭一が許さなければ何も始まらない。
「それで、なんでそこまで俺にしてくれるんだってはっきり理由聞いてこい」
「…前に一回聞いた」
「なんて答えた?」
以前、夢遊病で彷徨っていたアイテルと庭で別れる前に話したあの時。アイテルは顔を背け、何か言い含めているような様子でこう言ったことを思い出す。
『…私、恭一さんが思っているほど、すぐに命はかけませんのよ』
思えば答えを避けられていたような。そう思い起こしながらハルクマンにその言葉をそっくりそのまま伝えると、ハルクマンは何か察したような顔をした。
「その答えを聞いて、お前はどう思ったんだ?」
「どうって、意味が分からないから聞き返したけど」
真顔でそう答えた恭一に対し、あーそうかと何処かバカにしたような笑いを含めた表情に、恭一は不快感を覚えた。
「そんなこったろうと思った。まぁ今のこの状態なら答えるだろうから聞いてこいよ」
「…寝てから考える」
なんで俺が先に謝りに行かなきゃいけないのかと不満に思いながら、確かに少しは言い過ぎたとも思う恭一は寝返り、ハルクマンに背を向けて目を瞑った。
そのうち、ハルクマンの気配が離れ、眠りへと落ちていく。
穏やかな眠りだ。天使も現れない意識の底で眠りを感じるのはどれくらいぶりか。膝を曲げて、暖かく心地のいい繭の中でじっと横たわっているような心地よさに身を委ねる。
久しぶりによく寝つけた後、目を覚ました。設備が古いながらも手入れのされた部屋の調度品、ガラスのない窓からは夜の景色が見えた。寝付いて二、三時間ぐらいしか経ってないと推察したが、ほとんど寝れてなかった恭一には十分な休息だった。
あくびをしてもう少し寝ようかと思ったが、まだ何も食べていないことに気がつく。食事はどこで取れるのか。弁慶を探して部屋まで持ってきて貰おうかと考えた恭一はよれたシャツを着替え、部屋の外へ出た。
たまに地元の人間が掃除に来る程度の場所らしくほとんど廃墟で、壁が一部ないところや廊下に何処かから入ってきた落ち葉が落ちていたりもしている。それでも未知の護りに護られている事はなんとなく恭一にも分かった。
「……弁慶の部屋…何処」
一人覚えてもいない弁慶の場所を探していると、柔らかな水のせせらぎがする中庭へと出る。生え放題になった雑草や水草の中に澄んだ水の流れる溜め池があり、足をつけてじっとしている長い髪の後ろ姿を見つけた。
…アイテルだ。と、この前夢遊病で寝間着のまま噴水の中に入っていた時同じ後ろ姿だったことからすぐに分かった。
履いているズボンも濡れることも気にせず、水に足をつけて座り、空を眺めている事から起きているのが分かる。ハルクマンから言われた事や、自分のやったことを思い出して足が一度止まる。
このまま何も気づかなかったふりをして通りすぎることも出来るが、自分が思っていたよりも後味が悪いと恭一はモヤモヤしていた。
あんな風に人を遠ざけたのは一度や二度じゃない。なのに、彼女に関しては…。
そのまま彼女の背後に近づいた。
「そんなところでボケッとしてたらまた狙われるよ」
「ひゃぅ!?」
背後からの恭一の気配に全く気づいていなかったようで、アイテルは驚き上半身が飛び跳ねた。そして、ゆっくりと彼の方に振り向いた。振り向いた彼女にまず、どう声をかけたものかと、恭一も黙って彼女を見つめる。
「…お休みになられたのかと思っていました。体調はどうですか?」
「普通。なにも食べてないから、人を探してたんだけど」
「あら。誰も食事を置きに行かなかったのでしょうか?でしたら、食堂にまだ残りがあるかもしれません」
一緒に行きましょうとアイテルは水の中から足を戻した。
「…もちろん、恭一さんが良ければですけど。場所、分からないでしょう?」
「…君がいいなら」
「そうですか。では、行きましょう」
お前何やってんだよと天使目線から言いたくなるほど、謝るタイミングを掴めない恭一。だが、アイテルは何事もなかったかのようにサンダルを履き、恭一の前を歩いて案内し始めた。
ついていく道中でさっと謝ってしまえばよいものを、ただでさえプライドが高く自分から謝ると言うことになれていない恭一には至難の技だ。どうせならいっそ責めてくれればいいのに、アイテルは責めもしなかった。
まだ食べ物の匂いがする食堂に着くと、無人になったキッチンの中に入ったアイテルは、置いてあった鍋の中身や、食材の残りと一緒に放置されている調理器具を確かめた。
「スープはまだありましたので、暖めますわね。でもおかしいわ、ジュドー何処へ行ったのかしら。食材もこのままにして」
「…人の気配がない。全員就寝したにしては、静かすぎる。外で何か問題が起きたとか、聞いてない?」
「いいえ?……」
アイテルは再び火を入れて鍋を暖めながら、周囲の様子を見て恭一も感じる違和感と同じものを感じる。おもむろにまな板の上の包丁を手に取り、近くの食材を切る。かなり手に力を入れて、トントンとまな板の音が響く程。しばらく切ってから、アイテルは再び首を傾げた。
「おかしいですわ。私が包丁使ってると、ジュドーはすぐに飛んできますのに」
「そういう確かめ方してたの今」
「ついでにおかずも作りますわね。座っててください」
夜も更けている頃でもないのに、人の気配がないという事に呑気に構えて鼻唄を歌いながら何か作り始めるアイテル。
周囲の異様に気づいていながらも、恭一はアイテルが何を作ろうとしているのか気になりながら空腹感を優先して適当な席に座った。
テーブルにはまだ食べかけの器や食べ終わった食器も置いたままで、あの綺麗好きな執事がこのままの状態で部屋に帰ったとは思いにくい。黙って自分の直感を張り巡らせてはいたが、やはり人の気配がないことだけしか分からなかった。
アイテルを置いて全員何処かへ行くわけがないし、何かあったなら自分を起こしに来るはず。何が起きているのかを考えている間に、アイテルが料理を運んできた。
残り物のスープと余っていた食材で作ったサラダと味噌をつけて焼いた魚。あまり時間をかけられないので大したものではないですがと告げたアイテルだったが、十分美味しそうなものだった。
「…料理、出来たの」
「少しだけ、基本的なところはジュドーに教わりました。昔はアクロポリスでも毒殺の危険があるから、ジュドーに何かあったら最悪自分で作って食べて欲しいと。でも包丁は危ないからって握らせて貰えないのです。過保護だと思いません?」
「…いただきます」
恭一は彼女の作った焼き魚が食べられるものかを確かめる。身をフォークで切って口に含んで見ると、しっかり焼いており、味噌の他に少しレモンを加えたのか、和風の少ししっとりした味付けでよく舌に馴染んで美味しかった。
料理なんて出来ないものだと勝手に思っていたが、あの執事はいざというときのためによく仕込んでいたらしいことを伺える。
「どうですか?お口に合いますか?」
「…普通」
「まあ、よかった!」
普通じゃなくて、美味しいと素直に言ったらどうなんだと天使目線から言いたくなるが、不味いと言われなかった事に喜ぶアイテルは、運んできた御膳に放置されたままの食器を集めてキッチンへ置きに行く。
これで白米と味噌汁がつけばいいのにと我が儘な事を思う恭一だが、異世界にそんな食文化のものがあるのかは分からない。
「では、皆を探してきますね。ジュドーは散らかしっぱなしで何処へ行ったのかしら」
「…待って」
食堂から出て行こうとするアイテルを呼び止める。入り口で振り向いたアイテルは、こっちに来てと目で訴える恭一の方に戻った。
「勝手に歩き回らないで」
「…分かりました」
アイテルは思いの外大人しく恭一に従うと、目の前の席に座った。しばらく二人は沈黙していたが、空気を破るように口を開いたのは恭一からだ。
「言い過ぎた」
「…?」
「……鬱陶しく思ってたのは事実だけど、あまりにも、粗末な言い方だった」
そこまでようやく絞り出しただけでも進歩したものと言うべきか、遠回しな謝罪にアイテルはなんの事かと首をかしげたが、少しして「あぁ」と一言漏らしてから、意味が分かったように微笑んだ。
「気にしてませんわ。嫌なことに気づけなかった私がいけませんでしたから」
「……」
「本当に気にしてませんから、ね?」
「……なんで嫌か、分かる?」
手を降って平気だと言うアイテルに恭一がそう聞き返した後、答えも考える時間も与えず、すぐに続きを言った。
「昔から他人に干渉されるのが嫌い。自分の人生でもないのにする事にケチつけて、都合の良いように作り替えようとする。出る杭は打つように。けど、君みたいに薄っぺらい善意で近寄ってくるのはもっと嫌い。なんでか分かる?」
「…」
「俺を自分より惨めな存在だと思ってる。君は自分と違って、軽傷の怪我も治せないような可哀想な存在に優しくすれば、後は恩に着せて都合の良いように引っ掻き回せると思ってる。俺をそう言うミジンコみたいなものだと思ってるところが嫌いだ」
そこまで余計なことを言った恭一に、アイテルはきょとんと目を丸くしたまま立ち上がり、わざわざ恭一の隣の席に移動し直す。その行動に少し驚いた表情をして隣のアイテルの顔を見た彼に、アイテルは告げた。
「…私も恭一さんの嫌いなところ言います」
「…何?」
「貴方は自己中心的過ぎます。可哀想と思った事はありますが、自分より貴方が惨めだと思った事は一度もありません。ミジンコもありません。勝手に決めつけないでください」
そうはっきりと何処か淡々とした口調で告げると、赤い瞳は少し暗さを秘めていた。
「私が命をかけてでも貴方を助ける理由は、貴方が私を頼ってここに来た事だけじゃない。呪いが育てば、周りに大きな被害を産むからです。だから、貴方の状態を常に気を配っていなくてはいけません」
けして、貴方を特別扱いして切り傷一つで騒いでいたわけではないと、はっきりとアイテルは面と向かって恭一に告げた。
恭一は顔をしかめてそれを聞いていたが、返す言葉がなかった。
「他人に干渉されるのが嫌なのは結構ですが、そうしていなければいけない状況なのです。ご理解ください」
「……要するにそれは、黙って言うこと聞けって言ってるんだよね?」
「そうです」
物怖じせず、はっきり自分に意見を言ったアイテルに、内心面白さを感じた恭一は、持っていたフォークを置いて体ごと彼女に向き合う。そして、アイテルの顔を顎の辺りから掴んで質問を投げつけた。
「この間は、簡単に自分の命はかけないって言ってたよね。この答えを言わなかったのは、なんで?」
「……聞きたい、ですか?」
「この際だからはっきり言ったら?せっかく、うすら寒い演技もない言葉が出てきたんだから」
「聞いたら後悔致しますよ」
「ふぅん。なら、聞いてから判断する」
さあ、言ってみなと迫る恭一に、アイテルは目が一瞬揺らぐも、その理由を告げようとした時、神殿の異変を感知し、二人は一度離れた。
「…なんでしょう?竜脈の流れが変わりました」
恭一は立ち上がり、恐る恐る外を覗く。景色に変わりはないが、やはり様子がおかしいことに気づき、アイテルと共に、神殿の外へ向かった。
外に出たところで、異変の意味をようやく知ることになる。この神殿より先の道がなくなっていたのだ。その先の景色は異次元の空間になっており、オーロラのような光が漂って一種の結界のようになっている。
「…閉じ込められた。というのに、中に誰もいないのはおかしい。俺達だけ別の場所に移されてる」
「そう考えて他にありませんわね」
「この現象、何か覚えある?」
「いいえ。でも、私達がこの先へ進むことを妨害している誰かの仕業だと考えるべきでしょう。出られる方法があるはずですわ。戻って、まずはこの神殿の主に会えないか試みましょう」
「…主?ほとんど人も来ないような廃れた場所だって聞いてたけど」
「神殿には必ず、神々がいるものです。さ、行きましょう」
簡単に神がいると確信して冷静に振る舞うアイテルの後に恭一はついていった。
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