第6.5章 咎を背負う女王

 術の詠唱と共に、男の背後からオーラで出来た実体のない蛇の化身が姿を現し、口を開け牙を向いて、王座へと放たれようとした直前、恭一は、触れられるはずのない蛇の首根っこを確かに掴み、地面に叩き付けて阻止した。



「…『滅』」



 恭一の蛇を掴んだ手の平には一枚の『滅』と書かれた紙が仕込んであり、恭一の言霊によって、式の呪法が発動し、蛇の化身は首から上が爆散し、消滅する。



 この突然の出来事に、周りにいた神官達は一人を残して後ずさり、恭一達と同じく警護についていた兵士達は素早く出口を固め、こちらに向かってきた。


その最中、恭一は蛇の化身を出した神官を素早く拘束し、冷たい石の地面の上で抑えた。



「何の真似?」


「っ……何故気がつい…」


「答えになってないね。何の真似か言わないと、二度と腕の感覚がなくなるよ」



 ハルクマンが駆けつけ、全員動くなと叫ぶ。兵士達がその場にいた使者達を全員囲むと、関係ない国の者にまで刃を向けて警戒し始めた。



「人のいる前で、堂々とアイテルを狙ったのか?」


「主犯は誰?」


「っ……皇帝陛下…!!万歳っ!!」


 恭一とハルクマンを前にして、体を強く抑えられながらも、その神官は声高らかに叫んだ。…そして、赤く染まった瞳の眼球を剥き出して苦しみ始め、口から泡と血を噴いて、力が落ちる。


 抑えていた腕から脈をとって死を確認した恭一は、恐らく、口の中に毒を仕込んでいたのだろうと推察した。この面前の中で、一国の王に向けて堂々と術を放ったのだから、死ぬことは覚悟の上でやったのだろう。


男の口から叫ばれた皇帝とは、真王の事ではないのは明らかだった。


恭一は王座の方を見上げる。そこから出てきたジュドーは険しい顔で恭一の方を眺めていた。



_____




「ジュドーの前でやらかしたわけだ。時間かかるぜ、ありゃ。なぁ、お前は、悪魔の呪法を止めたあの術、どうやって覚えたんだ?」


「教える必要ある?」


「教えてくれたっていいだろ?仲間なんだから」


「仲間じゃない」


 素っ気なく恭一が返事をすると、ハルクマンはやれやれといった様子で首を振った。

 暗い部屋の鉄格子の中で、怒り心頭のジュドーが使者の代表を尋問している様子を、ハルクマンと恭一は離れた所で一緒に眺めた。


 烈火の如く怒っているジュドーの様子に、近付けばこっちにまで火の粉が降ると考えたからだ。


「あの執事、主人が狙われる度にいつもあんな感じなの?」



 他国の使者にも関わらず、容赦なく顔面を殴り付け、暴力まで加えているジュドーを眺めながら恭一はハルクマンに聞くと、あっさり「当然だ」と答えた。


「特にあの国の事は嫌悪どころか、はっきり言って、潰してやりたいとさえ思ってるだろうよ。痛い目にあったって言ったろ?」


「戦争にそれは付き物でしょ?どんなことがあったのか知らないけど」


「…イブリシールの中でも強い軍事力を持つ独裁政権下で、排他的思考を持つ最悪な皇帝は言った。明けの明星、神に逆らいし者、悪魔の王となった者の血筋が、真にこの世界を支配するべきだってな。

 服従するかしないか、それとも俺達ビーストみたいな人種は不浄だと言われ、見つかり次第収容施設送りにされるか、殺された」


 そんな時代があったんだと、ハルクマンは語ったが、恭一は、「今だって変わらない」とだけ答え、話の続きを待つ。


「アイテルは、真王としても、半人前の小娘だった。この世界で起きてた戦争に勝つために、イブリシールと組んだ。もちろん、ヘレルサハル帝国ともな。その時アイテルは、皇帝にはめられた」


「はめられた?」


「俺達がどうすることも出来なかった卑劣なやり口でな。他のイブリシールの王達は、皇帝に対して強く出ることも出来ず手が出せなかった。皇帝が死んでも、ジュドーはかなりキレてる。あいつが側から離れてた時に起こった事だったしな」


「…じゃあ、放っておくと、あのまま殺すんじゃない?止めに行ったら?」


 ジュドーが痛め付けて血だらけになって泣いている使者の髪を掴み上げて脅している所を指し、ハルクマンは「そうだな」と答え、寄りかかった壁から背中を離し、殺伐としていく尋問室の中に入って行った。


 悪魔崇拝の国との間で具体的に何があったのまでは聞かなかったが、先ほどアイテルに手を触れられてる時に見たものと関係があるのではないかと恭一は考え察するに、アイテルに強いトラウマを植え付けているかもしれない。まだよく知らない本人に直接聞くのは、無粋だろう。



「待たせたな。クソ背教者のせいで予定の時間が遅れたが、良しとする」


 散々殴ったり蹴ったりでストレスを解消出来たような笑顔で、返り血をハンカチで拭いているジュドーに、恭一は別に待ってないと言い返そうとした口を閉ざした。


「ハルクマン、後は任せる」


「ったく、こんなに散らかして結局俺が片付けか…」


「綺麗にするのは後でいい。俺の代わりに、続きをやれ」


「は?」


「必要なら歯を抜いてもいい」


「そんなこと聞いてねぇよ」


 主犯と伴う計画を吐かせるまで続けろと鬼畜にも程がある指示に、ハルクマンと顔が腫れ上がっている使者の男は同時に唖然とした顔をするが、ジュドーはそのまま振り返りもせず、恭一に「来い」と告げて留置場を出る。


 少々やりすぎとも思える尋問だが、一国の女王が狙われたのだ。

 過去に問題のあった国の人間がやったのだと言うのだから、手荒いことをしても防ぐことが、ジュドーにとって重要なのだと恭一は察し、彼らと違って何も言うことはなかった。


____



 取り止めとなった謁見の後、アイテルは自身の執務室にて、ジュドーから渡された書類に目を通していた。その際、途中で来客を部屋に迎える。


「国の者が、陛下を急襲したと聞きました。この不敬の罪は、ヘレルサハル帝国第一皇女である、わたくしの責任です。どうか、厳しい御沙汰ごさたをお与えください」


 

 アイテルに向けて言った言葉に、アイテルは書類から一度目を離し、騒ぎを聞き付けて来訪した車椅子の少女に目を向けた。

 


「どうして、私と他人行儀な話し方をするのですか?貴方は何も悪くないでしょう?」


「…慈悲のあるお言葉ですわ。お父様が亡くなられ、相次ぎ義兄様おにいさま方も亡くした国で、今やわたくしが、この責任を負う立場です。…わたくしを、お疑いにはなりませんか」



 少女の言葉にアイテルはすぐに椅子から立ち上がってシルクのドレスの裾を引きながら回り込み、車椅子に座る少女の前に膝をついて、同じ目線になって語りかける。



「疑うわけがないでしょう?聡明な貴方が、母である私の命を、狙う理由があると言うのですか?」


「いいえ…。わたくしは、お母様を心より、お慕いしております」


「その気持ちは、この母にもよく届いています。シャヘル、そうでしょう?」



 アイテルの心からの言葉に、少女はまだ少女の歳であるとは思えないほど美しい美貌に溢れた顔をほころばせた。その表情は、母であるアイテルも羨ましく、尊いと感じさせられ、アイテルは彼女を優しく抱き締める。


 インド様式のきらびやかな衣装に褐色の肌とその美しくも妖しい魅力のある容姿は、アイテルとあまり似ていない。似ているとすれば、切れ長の大きい目の中の、赤い瞳ぐらいだ。


「貴方が心配する事は何もありません。後でお母様と一緒にお庭でお菓子でも食べましょう。最近、私が作れる余裕がないけれど、貴方の好きだって言っていた苺のタルトを用意しますから」


「嬉しいですわ、お母様」


アイテルが少女の頬を撫でて、互いに微笑みかけていたとき、扉がノックされた。


 ミツキはすぐに扉の方に早足で向かうと、ノックの仕方で誰だか分かっていたようで、すぐに扉を開けた。

アイテルは立ち上がり、扉の方に体を向けると、戻ってきたジュドーと恭一の姿を見る。


「陛下」


「お二人とも、御苦労様でした。…恭一さん、お怪我はされていません?」


「怪我?あるように見える?」


「"ご心配なく、大事ありません"と、この無礼者は申しております」


 ジュドーが笑顔で青筋を立てながら恭一の耳元でも言い聞かせるようにそう言うと、「それなら安心しましたわ」とアイテルはクスクス笑った。


「…陛下。こちらの方が、守護者ですか?」


 少女の声に、恭一とジュドーは少女の存在に気づいた。恭一はビロードの座り心地のよさそうな車椅子に腰掛けたインド様式の衣装の少女を一目見て、他とは違う印象を受けた。


 年齢に合わない美しい造形の顔立ちと褐色の肌。大人びた声とその雰囲気が、少し気味悪く見えたのだ。


ジュドーは少女を見ると、これはこれはと会釈をして挨拶した。


「シャヘル様、いらしゃっていましたか」


「陛下のお見舞いに参りました。もう戻ろうと思っていたところですわ。お仕事のお邪魔に、なってはいけませんから…」


「いいのですよシャヘル。またお顔を見せに来てくれたら嬉しいわ。上に戻って。また後で会いましょう」


「はい、陛下。…失礼致します」


 恭一のすぐ隣にいた従者の女性達がすぐに動き、少女の車椅子を動かした。ゆっくりと車輪を動かして部屋から出ていこうとする際、シャヘルは頭の飾りをジャラジャラと動かして恭一を見上げると、動きが一度止まった。


「陛下を助けて頂き、感謝致します。貴方に、エバの祝福が与えられますよう」


そう一言感謝を告げて、再び車椅子を押されて部屋から出ていったのを、恭一は見送った後、アイテルの方に振り向いた。


「今の誰?」


「娘です。もうお勉強のお時間でしたし、ちゃんとご挨拶出来ませんでしたので、また機会があればご紹介します」


「…君の娘?」


 政治的な理由で結婚した旦那がいることは知っていたものの、娘までいることは知らなかった恭一は、表情は変えなかったが、内心、夫より娘がいる事の方が不思議だった為、正直受け入れるのに時間がかかった。


「はい、シャヘルと言います。私と似ていますでしょう?」


「全然似てない」


「えっ」


「何処をどう見たら、似てるって思えるの?」


 たれ目、おっとりしたたぬき顔、白い肌のアイテルとは対照的なつり目がちな目と、整った狐顔、褐色の肌の少女との容姿を単純に見て、ズバッと恭一は答えた。


 あまりにも即決過ぎる言い方に、アイテルもさすがに戸惑い、ジュドーは再び額に青筋を立てることになった。



「に、似てますもの!!よく言われますもの!!お顔立ちが私に似てきたって言われますものっ!」


「顔?尚更似てない」


「に、似てない…?似てないのですか?」


「陛下、一思いにこの無礼者を殺せと仰ってくだされば、喜んで殺します」


「何で?似てないから似てないって言ってるだけだけど」


「う…うぅ……そんな。はっきり仰らなくとも…!」


 何故か酷くショックを受けているアイテルの様子に、さっき命を狙われたって言う事実よりショックを受けている意味が、恭一には分からない。

 女心を全く理解していない恭一としては、美醜ではなく、単に見た目のパーツなどを比較して言っただけなのだ。


 その事だけは、同じ男のジュドーには理解してはおり侮辱しているわけではないと悟っているせいか、ジュドーはただ、静かに恭一を殴って廊下に蹴りだしてやりたい衝動を抑えながら、フォローへ入る。


「陛下、シャヘル様は大変お美しい容姿をお持ちですが、その美貌は陛下より与えられたもの。シャヘル様は父親似の肌とパーツをお持ちですが、それ以外の黄金比率は全て陛下と同等のもの。そうでしょう?…源氏みなもとうじ


 自分の名前を強調して呼ぶジュドーに、恭一は少し黙ったが、アイテルの様子とジュドーの頑固たる意思を感じる気迫を察した。


「……………うん」


「…本当に?本当に、そう思ってらっしゃいます?」


「思っておりますとも。そうでしょう?」


「思う」


「まぁっ」


 完全に乗せられて即答した恭一だが、ショックを受けていたアイテルはその一言を聞いて、何でもなかったかのように立ち直り、「そうでしょう?あんなに美しい子、私が産んだ子なのかといつも疑ってしまいますのよ」と能天気に笑った。



「ジュドー。ヘレルサハルの使者はなんと仰っていらしたのですか?」


「申し訳ありません。この事について、使者は知らないとばかりでして。引き続き調査を進めております」


「…そうですか」


「この件に関しての沙汰は、いかが致しましょうか。他の者に関係性がなかったとしても、あのヘレルサハル、厳しく処罰を与えるべきかと」


 ジュドーの進言に対して、アイテルは何か言おうとしたが、一瞬、恭一の方に視線を向けて、唇の動きを止める。

机の上の資料をしまう素振りを見せると、女王らしく毅然とした姿に戻っていく。



「それは、後で考えます。次の議会は既に始まっているのでしょう?」


「陛下はこちらで指示を出していただくことも出来ますが」


「このような事で、いちいち隠れて過ごしては何も進みません。今日の議題は私も出ると通達していることです。行きましょう」


 殺されかかっても、恐怖におののいて隠れるようなことはしないと言った姿勢を見て、恭一はアイテルに意外性を見つける。


 おっとりしているくせに、切り替えの早く天然なところのせいかとも思えたが、「では行きましょう」と恭一に告げる姿は、一人の女性ではなく、女王であった。

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