Steam&Steel
るでぃあ
《第一章》 第一話 ギアス ~はじまりの鼓動~
―――カーネイジ砂岩地帯 1時00分AM
夜の帳(とばり)が降りる荒れた大地…
その暗がりを掻き分け、
濃霧を突き進む一つの光があった
煙を巻き上げながら進む”ソレ”は
軍旗が刻まれた特別な蒸気機関車…
所謂(いわゆる)、”装甲列車”である
その車両の一室
座って外を見ているローブ姿の少女と、
後ろで手を組んで立つペストマスクの男
顔を合わせてはいない…
ヨウェル:
「…霧が濃くなってきましたねぇ
”機械蟲(バグ)”も飛び回っているようです
住処ごと破壊したのは些かやり過ぎましたか
こうも視界が悪いと、
外を見続けるのは退屈でしょう
…如何(いかが)です?
昔話に花を咲かせるというのは」
少女は外を見たまま、一言
メル:
「…アナタに話す事なんてない」
ヨウェル:
「…随分冷たいですねぇ?
久しぶりの対面だというのに…」
窓に映る男を一瞥して、一言
メル:
「…アナタなんて知らない」
ヨウェル:
「まぁ、良いでしょう…
”目的地”へ到着するには
まだ時間があります
過去の事は水に流して、
私の研究にご協力頂きたいのですが」
少女は向き直り、男を睨みつけて、一言
メル:
「…アナタは、信用できない」
ヨウェル:
「やれやれ、困りましたねぇ
そのように頑なですと…」
男はそう言いながら少女の傍まで近付くと
少女の顎に指を添え、自分へと向かせる
ヨウェル:
「”身体”に聞くことになってしまいますよ…?」
メル:
「…ッ」
ヨウェル:
「私も心苦しいのですよ…?
できれば穏便に済ませたいのです
とても”大事”な存在ですからねぇ…おっと」
突然の爆発音
列車が大きく揺れる
男は無線機で通信を始める
ヨウェル:
「…私です、何事ですか?
ほぉ…それはそれは、
わかりました、対処はお任せしますよ
いえ、私もそちらに向かいます
…実に、興味深いですからねぇ」
無線機を切り、向き直る男
ヨウェル:
「どうやら、”招かれざる客”が来たようです…
私はその者を排除しなくてはいけません」
メル:
「…此処(ここ)から出して」
ヨウェル:
「それはできません
こちらで暫(しば)らくお待ち下さい?
なぁに、すぐに終わりますよ
では、また後ほど…」
男はそう言い残して扉を閉め、
少女が出られないよう施錠した
【場面転換】装甲列車内
銃弾が飛び交う通路
物陰から応戦する青年
身に着けている通信機から声が響く
シュナイザー:
「ねぇ”ゼファ”!
ホントに突撃しちゃったの?!」
ゼファ:
「うっせぇな!黙ってられっかよ!
違法採掘だけじゃねぇ、
民間人の拉致だぞ!?」
牙のようなマスク越しに声を荒げるのは
ゼファと呼ばれた青年
大型の黒い拳銃を軽々と扱いながら
向かってくる武装集団を次々と撃退していく
シュナイザー:
「まーったく君ってやつは…
仕方ない、サポートは任せてよ
女の子は前から三両目に乗ってるはずだよ?」
ゼファ:
「マジか!助かるぜ”シュナイザー”!!」
列車の外、シュナイザーと呼ばれた青年は
酸素ボンベを咥えたようなマスクで
ゴーグルに搭載した望遠レンズを覗き込み、
呆れた声で通信機に向かって話しかける
シュナイザー:
「…確認もせず突っ込むんだもんなぁ
でもチャンスだったかも
バグが列車を襲ってた…
きっと強引なやり方で採掘したんだろう
住処を荒らされて凄く怒ってる
装甲に”クロム帝國”の紋章があったから
軍部関係だろうけど…採掘のイロハが無い
正式な手続きを踏んでないのは確かだね…」
ゼファ:
「俺達の”島”で好き勝手しやがって…
ぜってぇ許さねぇ!採掘の…
ナントカってやつよ!」
シュナイザー:
「採掘法、第八条第二項
探求者でない者が権利者の許可なく、
採掘または資源の強奪を行った場合は
コレを制圧しても良い」
ゼファ:
「そう、それそれ!」
シュナイザー:
「ちょっとは覚えなよ…」
ゼファ:
「お前が覚えてんだから良いだろ別に」
シュナイザー:
「良い訳あるか!」
ゼファ:
「頼りにしてるぜ相棒!」
シュナイザー:
「も~調子良いんだからぁ…」
ゼファ:
「…ん?」
シュナイザー:
「どしたの?」
ゼファ:
「おかしい…急に静かになりやがった
胸騒ぎがする」
シュナイザー:
「銃声が止んだ…?気を付けて、ゼファ」
気が付けば銃弾の雨が止んでいた
硝煙の向こう側から
一人の男がゆっくりと歩み出る
ヨウェル:
「これはこれは…
ようこそ、元気な御客人さん」
ゼファ:
「…テメェ、ただモンじゃねぇな?」
ヨウェル:
「私はこの部隊を率いている
”ヨウェル”と申します
…貴方は?」
ゼファ:
「名乗るワケねぇだろ、この犯罪者が!」
ヨウェル:
「…それは残念です
話し合いを通じて親睦(しんぼく)を深め、
より良い関係を築けると思ったのですが…」
ゼファ:
「話し合いだぁ?」
ヨウェル:
「我々は現在、重要な任務中です
…そちらのご用件は何でしょう?」
ゼファ:
「拉致した女の子だ!居るんだろう!?」
ヨウェル:
「はて…女の子…?
申し訳ありませんが、存じ上げませんねぇ」
ゼファ:
「惚(とぼ)けてんじゃねぇ!
こっちはちゃんと見てたんだ…
探求者の”目”、誤魔化せると思ってんのか!」
ヨウェル:
「…”アレ”の事を言っているのなら、
見当違いですよ」
ゼファ:
「んだと…?」
ヨウェル:
「アレに、
人としての”価値”はありませんので」
ゼファ:
「テメェ…!」
ヨウェルに銃口を向けるゼファ
銃身が展開し廃熱機構が剥き出しとなる
取り付けられた装置からエネルギーが注がれ、
その熱量により、内部が赤熱していく…
ヨウェル:
「…穏やかじゃないですねぇ?」
シュナイザー:
「ちょっとまさかそこで使うつもりじゃ―――」
ゼファ:
「”炸裂弾(バースト・ブリット)”!!」
凄まじい音と共に蒸気を噴出させながら放たれた弾丸が、
一直線にヨウェルへと向かう…
しかし躱(かわ)され、そのまま壁に当たった弾丸は爆発
爆風で装甲を破壊し、大穴を空ける
ヨウェル:
「…やれやれ、危ない危ない
もう少しで直撃してしまう所でしたよ
ですが…驚きました
内側からとはいえ、
帝國が誇る高密度装甲を破壊するとは…
うまく避けられて、本当に良かったです
実に…惜しかったですねぇ?」
ゼファ:
「狙いは、”そっち”じゃねぇ」
ヨウェル:
「ほぉ…これは―――」
抉(えぐ)られた装甲の外側から
大量の影が押し寄せる
機械で出来た虫…バグである
ヨウェル:
「なるほど…コチラが狙いでしたか
虫は、嫌いなんですがねぇ…
助けて頂けますか?」
あっという間に全身をバグに覆われるヨウェル
だがその声は不気味な程落ち着いていた
ゼファ:
「冗ぉ~談!クソ野郎にはお似合いだぜ」
シュナイザー:
「今のうちだよ!ゼファ!」
ゼファ:
「わかってるって!」
虫に集(たか)られるヨウェルを残し
空けた穴から外に飛び出すと
列車の屋根上へ移動した
ヨウェル:
「…困りましたねぇ
あまり”コレ”を使いたくは無いんですが」
そう言うとヨウェルは
ゆっくりと右腕を上げる―――
【場面転換】装甲列車 屋根の上
再び前方車両を目指すゼファ
通信機からシュナイザーの声が響く
シュナイザー:
「バグは鉱石や熱源に反応する…
うまくいったね!やるじゃん!」
ゼファ:
「へへっ…まぁな?」
シュナイザー:
「でもよくわかったね?
アイツが”熱源体”だって…」
ゼファ:
「ヤツの着てた軍服は他のとは違ってた
あれはきっと”耐熱防護服”だ
あんな胡散(うさん)くせぇヤツは
何かしらの武器を隠し持ってる…
だから吹っ飛ばしたのさ
けどま、あそこまで食いつくなんて
正直思っちゃいなかったが―――っと
…此処だな?」
屋根にアンカーを打ち込み、
窓に飛びついて室内を見る
少女が暗い顔で俯いていた
コンコンと窓をノックする
メル:
「…ん」
顔を上げて音の方向、窓を見る
にっこり顔のゼファと目が合う
メル:
「人…?」
ゼファが何やらジェスチャーをしている
声はまったく聴こえない
メル:
「…なんだろう…”離れろ”…かな」
扉まで離れた所で青年は頷き
その手元が次第に輝いていくと
壁を蹴りつけて後退し、次の瞬間
窓とその周囲を木っ端微塵に破壊した
ゼファ:
「ふぅ…助けに来たぜ、お姫様?」
メル:
「…アナタは…?」
ゼファ:
「俺はゼファ、探求者だ!
偶然アンタが連れ去られる所を見ちまってな
助けに来たってワケさ?」
メル:
「…助けに…?」
シュナイザー:
「僕の事も紹介してよね
あ、僕はシュナイザーだよ?」
メル:
「たんきゅうしゃ…」
ゼファ:
「ん?どした?」
少し考える少女
やがて口を開く
メル:
「…アナタがゼファで、
小さいのが…シュナイザー?」
ゼファと通信機を交互に見る少女
シュナイザー:
「…僕は通信機じゃないぞ」
ゼファ:
「なっはっはっは、良いじゃねぇか
チビなのは合ってんだし?」
シュナイザー:
「良い訳あるかぁ!」
ゼファ:
「悪かった悪かった!
コイツも探求者さ?
俺の親友で、仲間だ
今は少し離れた場所で待機してる」
シュナイザー:
「そ…そこは相棒って言えよ…!」
ゼファ:
「そうとも言う」
シュナイザー:
「も~…恥ずかしいなぁ」
ゼファ:
「照れんなって」
メル:
「ふふ…おもしろい」
二人の問答に
少し心を開いた様子の少女
ゼファ:
「そだ、アンタの名前は?」
メル:
「私…?
…私、は…えっと…」
戸惑い、再び俯く少女
シュナイザー:
「どうしたの?まさか、記憶が…?」
ゼファ:
「なっ、忘れちまったのか?
そりゃ…大変だな…」
シュナイザー:
「相当怖かったんだろうね…
女の子だもん、無理もないよ」
ゼファ:
「何か、覚えてる事は無いか?
なんでも良いぞ?」
シュナイザー:
「こういう時はそっとしとく物だよ?
ツライ事が起きてショックだろうし―――」
メル:
「メ…ル…」
シュナイザー:
「え?」
ゼファ:
「名前か!?」
メル:
「うん…そう言われてた気がするの…」
ゼファ:
「”メル”か…良い名前だな!」
シュナイザー:
「うんうん、可愛い名前だね」
メル:
「アナタ達も、私を…連れて行くの…?」
シュナイザー:
「えっと…それは勿論―――」
ゼファ:
「ついて来い…なんて言わねぇよ」
メル:
「…?」
シュナイザー:
「ゼファ…?」
ゼファは破壊した窓際に進み
振り返って、右手を差し出す
ゼファ:
「”一緒に”、行こうぜ?」
メル:
「…うん」
ゼファ:
「そうこなくっちゃな」
シュナイザー:
「まったくも~…
かなわないなぁ」
ゼファの手を取り、微笑むメル
ヨウェル:
「そこまでです…」
扉が開き、
ヨウェルと護衛達が入って来る
ゼファ:
「チッもう来やがったか…」
ヨウェル:
「”ソレ”は、我々にとって必要なのです
さぁ、此方(こちら)へ…」
メル:
「…嫌…」
ゼファの後ろに隠れるメル
ゼファ:
「嫌だとさ?
メル、予備の”ガスマスク”だ
付けたら…俺に掴まれ」
メル:
「…うん!」
ゼファ:
「シュナイザー!”合図”を頼む!」
手渡されたマスクを装着する
キャニスターが二つ付いた
口元を覆うシャープなデザイン
ヨウェル:
「…聞き分けがありませんねぇ?」
シュナイザー:
「いつでも良いよ!ゼファ!」
追ってくる護衛達を退け、
足場を蹴り、外へ飛び出す二人
銃口を室内に向けるゼファ
黒い銃が三度放つ…渾身の一撃
ゼファ:
「バースト・ブリット!」
爆風と共に二つの影が闇夜に消え、
濃霧がその痕跡をそっと包み隠した…
しばらくすると、
何事も無かったように煙の中からヨウェルが現れ
二人が去った場所で一言、呟く
ヨウェル:
「…やれやれ、
お転婆な”お姫様”ですねぇ…」
残された静寂の夜に、
列車の走る音だけが響いていた―――
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