うだつの上がらない考古学博士が破れかぶれで助手と一緒にダンジョンに挑み、散々な目に遭う話
ぎざくら
博士と助手のダンジョン冒険譚
「私は帰ります」
助手のエリーは、ダンジョンの入り口の、目の前で宣言した。
「えぇ!?待ってよ、エリーちゃん!?」
博士は焦ってエリーを引き留める。
「待ちません。それから、ちゃん付けはセクハラですと、前にも言いましたよね」
「あ、いや、その……助手君。せっかくここまで来たのに、いきなり帰るは無いでしょ」
二人は、ダンジョンの入り口を前に口論している。
ジャングルの真ん中のダンジョンの入り口の前で、二人の声が響き渡っていた。
「じゃあさ、せめてここで待っててくれる?僕が探索してくるからさ。戻ってきた時に怪我とかしてたら、手当頼むよ」
「嫌です。こんなジャングルの中、一人でいたくありません」
エリーは博士に背中を向ける。
「でもさあ。一人でまたジャングルを歩いて帰るのも、嫌じゃない?」
「……」
「ここまで来たんだからさ。一緒に行こうよ」
「……仕方ありませんね」
「やった!」
エリーの返事に、年甲斐も無く小躍りする博士。
「じゃあ、一緒に……」
「まずは、博士が中に入ってください」
「えっ!?」
「中に罠があったら危険ですから。先に中に入って、危険が無いと判断できたら、一度ここへ戻ってきてください」
「えぇ……」
「やっぱり、一人で帰りましょうか……」
「分かりました、行きます。しばらくお待ちください」
博士は、渋々ダンジョンへ一人、入っていった。
――――
博士は、暗いダンジョンの中を懐中電灯で照らしながら進む。
「暗いなぁ」
などと一人で口にしている。これは、怖さを誤魔化すためだ。
「スキル」と呼ばれる特殊能力を持った人間ですら、ダンジョンから大けがをして帰ってくることがあるという。博士は「スキル」を持っていない。大けがはもちろん、生きて帰れる保証すら無いのだ。
しかし、博士は生きて、ダンジョンから考古学的に価値のあるものを持ち帰らなければならない。
今後も考古学者として収入を得ていくためには、それしかもう方法が無いのだ。
「この辺は安全。そろそろエリーちゃんのところへ……おっ、あれは?」
相変わらず独り言を呟きながら歩いていた博士は、ダンジョンの奥で光るものを見つけた。
「あれは……宝石だ!」
大きめの宝箱の中に、宝石がぎっしり詰まっている。考古学的な価値はもちろん、普通に売ってもかなりの金になる。
「未開のジャングルまでわざわざ冒険してきた甲斐が、あったなぁ」
尚も独り言を呟きながら、博士は宝箱の置かれた小部屋へ足を踏み入れた。
「あっ!?」
その瞬間、小部屋の入り口に鉄板が降り、博士は部屋の中に閉じ込められてしまった。
「しまった!」
博士を取り囲むように、身長2mくらいの鬼達が、小部屋の別の出入り口から沢山出てきた。
「どうやら、こいつらを何とかしないといけないようだな……」
言いながら、博士は死ぬほどビビっていた。
前述の通り、博士は何の「スキル」も持っていない。
やれることと言ったら、持っている金属棒で敵を殴りつけるくらいである。
金棒を持っている鬼数人に対して、勝ち目など無く……
――――
「ぬぎぼぁー!!」
エリーは、ダンジョンの奥から小さく、断末魔のような悲鳴が聞こえたような気がした。
博士、まさか、やられてしまったのだろうか?と考えたエリーの前に……
気を失った博士を担いだ、身長2mほどの鬼達が、ダンジョンの入り口から現れた。
エリーは身構えた。が、鬼達は博士をエリーの前に放り投げると、無言で背中を向け、ダンジョンの中へ帰って行った。
「こ……怖かった……」
呟くエリーの前で、博士は白目を剥いて倒れている。
「は……博士!博士!?」
エリーに揺さぶられ、博士は目を覚ました。
「はっ!?ここは……?僕は確か、鬼に取り囲まれて……」
「博士!」
まだ意識が朦朧としている博士に、エリーは声を掛ける。
「はっ!エリーちゃん!?」
「セクハラです」
「じょ……助手君……」
「何があったんですか?鬼に担がれて、ここまで運ばれてきましたよ」
「えっ!?」
博士は、驚いて周囲を見回す。
「確かに、ここはダンジョンの入り口……こんな、ゲームのリスポーンみたいなことになるのか……」
「博士。なんで安全を確認したら、すぐに戻ってこなかったんですか?」
エリーの呼びかけを、博士はあまり気に留めていない様子だ。
「そうか、ここの鬼達は僕を殺すまではしないんだ。だったら、別のルートなら、宝石はダメでも考古学的に価値のあるものが……」
「博士、ダメですよ。せっかく命拾いしたんですから。もう帰りましょう」
「何を言ってる!僕はね!ここで何かを持ち帰らないと、考古学者が続けられないんだよ!」
博士は、再び帰ることを提案したエリーに怒りをぶつけた。
「分かってるだろ!?キミを雇い続けることもできない!キミは他の博士を探せばいいだけかもしれないけどね!僕はもう、学者をやめたらフリーターしか無いんだよ!」
「いいじゃないですか」
「はぁ!?」
エリーの言葉に、博士は耳を疑った。
「僕が若者にすら頭を下げるフリーターになっても、良いって言うのか!?」
「いいじゃないですか」
「そんな僕を見て、キミは見下して他の博士のところへ行くってのか!?もういい!僕は一人でももう一回ダンジョンに……」
「そんなことはしません!」
ダンジョンへ入ろうとする博士の背中に、エリーはしがみついた。
「いいじゃないですか。私も一緒にやりますよ、フリーター。何年も続けて、正社員目指しましょうよ」
「エリーちゃ……助手君?」
「私は嫌です。こんな、いつ誰に殺されるか分からないダンジョンに入って、いつ死ぬかも分からない生活をするなんて」
「でも、お金を稼げなかったら、僕の考古学は……」
「お金が無くたって、できる研究はあるじゃないですか」
「でも、お金がなかったらキミだって……」
「博士、ちゃんと私を見てください。見下そうなんて思ってる助手が、こんなジャングルまで一緒に来ると思いますか?『エリーちゃん』なんて、子どもをあやすような呼び方してるから、私が何を思って助手をやっているかも、分からないんですよ」
「エリー……」
博士は、憑き物の落ちたような感覚を味わっていた。
自分の袖をぎゅっと握り、目に涙をいっぱい溜めて自分に語りかけるエリーを見たことで。
「そうだ……僕は、エリーと……」
「博士……」
「よし!僕と一緒にダンジョンに入ろう、エリー!」
博士は元気を取り戻すと、声を張り上げた。
「はあ!?」
「こんな殺されないこと確定のダンジョンなんて、この先滅多にお目にかかれない!このダンジョンで見つけれるものを見つけて、それでダメなら考古学にも諦めがつく!エリーとフリーターになる!」
「いや、殺されないこと確定はしてないでしょ!?そんな浅はかだから学者として成功しないんですよ!」
「しかし、このダンジョンならまだやれそうな気がするんだ!これを最後のチャンスとしたい!無性にそう思う!」
「もう!分からず屋!」
口論しているエリーは、ぎょっとした。
目を爛々とさせ、ダンジョンへ入ろう、と語る博士の背後に、2mの鬼が一人、スタスタと歩み寄ってきたからだ。
「博士、後ろ!」
「そう!後ろにあるダンジョンに入って……ん?」
鬼は、博士の肩をポンポンと叩いた。
「何だ?誰か……わあ!?」
振り向いた博士は、目の前の鬼を見て仰天した。
鬼は、右手に握った金棒を振り上げる。
「わあー!やられるー!」
「きゃーっ!」
鬼は、金棒を振り下ろした。
「ごげぼぉ!」
博士は断末魔を上げ、白目を剥いて倒れた。
鬼の振り下ろした金棒は、博士の横の地面を思い切り殴って、凹ませていた。
博士は、驚いて気絶しただけだ。
恐怖に震えるエリーの前で。
鬼は、軽く会釈をした。
そして、ダンジョンの中へ戻っていった。
エリーは、その背中に向けて、軽く頭を下げた。
その後、博士とエリーはフリーターとなり、コンビニ店員として働く傍ら、余暇には考古学の採掘に出掛け、一緒に研究を続けたという。
うだつの上がらない考古学博士が破れかぶれで助手と一緒にダンジョンに挑み、散々な目に遭う話 ぎざくら @saigonoteki
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