第25話
「心望、いきなり点数良くなりすぎじゃない?」
10月の昼休み。莉果が不意に言う。
テスト返却という地獄から解放された我々生徒たちは、鬱憤を晴らすように、あるいは高得点の余韻を噛み締めるように食事をしていた。
私は後者だ。
自分の頭の良さに若干の恐怖を抱きながら、私はお弁当をぱくついていた。
可愛くて勉強もできるって、すごくないか。明日からもしかすると瑠璃と同じくらい男子に告白されるようになるかもしれない。
いやぁ、困った困った。
優れすぎているのも罪になるなぁ。
「ふふふ。今までは力を隠してただけだから。跪いて私を崇めなよ」
「すげえ調子に乗るじゃん。去年からずっと成績悪かったのに。まぐれじゃないの?」
「お馬鹿の嫉妬が心地いいですね」
「殴っていい?」
「ちょ、振りかぶるのやめて。野蛮人ー!」
隣に座った雪凪に髪をわしゃわしゃされる。
何分時間をかけて髪をセットしていると思っているのだ。やめたまえ。
「……でも、テストもそうだけど最近心望、変わったよね」
雪凪は私の髪を指でくるくる巻きながら言う。
変な癖がついたらどうしてくれるのか。
「え、どこが?」
「前より自信がついてきた気がする。恋人の影響かな」
「……うーん?」
私は昔から自信満々ですが。
でも、確かに瑠璃のおかげで前よりもっと強くなったかもしれない。馬鹿にされてもそう簡単には怒らなくなったし。
今ならクラスメイトのキラキラ女子にも話しかけられるのでは?
そう思って、瑠璃の方を見る。彼女は相変わらず、友達とお昼を食べて談笑していた。
前に彼女に話しかけようとして舌を噛んだことを思い出して、私は視線を雪凪の方に戻した。
やめておこう。
余計な痛みを味わう必要はない。
別にキラキラ女子の集団に飛び込まなくたって、私は私だし。
「心望の恋人って、どんな人?」
雪凪は興味ありげに聞いてくる。
いつまで髪に触っているんだろう。
「優しいっちゃ優しいけど、意地悪でちょっと掴みどころがない人かな」
「ふーん。どっちから告白したの?」
「そりゃあもう、相手から! 向こうは私の魅力に首ったけだからね!」
「嘘っぽすぎ」
「何おう! ほんとだし!」
「写真とかあるの?」
「いや、そういうのはちょっと……事務所を通してもらわないと……」
「怪しいし。……でも、まあ、あれだ。仲良よきことは美しき云々ってことで」
「略すとこおかしくない?」
雪凪は涼しい顔をしている。
この調子で彼氏とも接しているのだとしたら、彼氏は大変だなぁと思う。
むしろ私は雪凪の彼氏がどんな人かって方が気になる。この野蛮で適当極まりない雪凪を制御できているんだろうか。
「勉強も彼氏に教わったわけ?」
莉果が言う。
「ううん。それは私の実力で——」
「私が夏休みの間、教えたんだよ」
背後から、聞き慣れた声が聞こえてくる。
振り返るまでもなく、瑠璃が来ているのだとわかった。
「ね、心望」
「……違いますけど」
「いや、そこで見栄張らなくても」
「なんだ、瑠璃に教わってたんだ。それなら心望でも成績上がるか」
「心望でもって何?」
「ていうか、いつの間にか名前で呼び合うようになってるよね。夏休みでそんな仲良くなったの?」
「ちょっと、心望でもって?」
「まあね。ほぼ毎日会ってたから」
「あのー」
ええい、私を無視して話をするんじゃない。
ていうか、私が勉強を教わっていたことくらい、秘密にしてくれてもいいじゃないかと思う。
せっかく下々の者を見下して気持ち良くなっていたのに。
……こうやって調子に乗っていたら、バラしたくもなるか。
「心望、立って。髪ぐちゃぐちゃになってるから、直してあげる」
「あ、うん。いいけど……」
まだお弁当食べてる途中だったんだけど。
立ち上がると、彼女に手を引かれる。てっきりここで直してくれるものだと思っていたが、違ったらしい。
「こうやって見ると完全に姉妹だね」
「というよりは、犬と飼い主?」
「あ、わかる」
わかるな。
誰が妹で、誰が犬なんだ。
せっかく成績が上がっているのに、結局莉果たちには舐められっぱなしだ。こうなったら瑠璃とのドキドキエピソードでも話して、私が大人だということを知らしめてやるか。
でも、ドキドキエピソードかぁ。
一番ドキドキしたのは、多分瑠璃のことを名前で呼ぶようになった日だ。あの日のエピソードについて話したら、色々言われそうな気がする。
それに、あの日のことは私と瑠璃だけが知っていればいいとも思う。誰かに教えるものでもない。
だけどなぁ。
元々皆に話す恋人っぽいエピソードを作るっていうことで瑠璃と偽の恋人になったはずなんだけど。
二人だけの秘密が増えてしまったら、意味がないような気もする。
それはそれで、嫌じゃないんだけど。
「せっかくだし、髪型変えようか。ヘアゴム持ってるし」
トイレの鏡の前で、彼女は言う。
瑠璃はプラスチックか何かでできた青い花の飾りがついたヘアゴムをポケットから取り出した。
用意周到だ、と思う。
瑠璃っていつも髪下ろしてるけど、なんでヘアゴムなんて持ってるんだろう。ていうかブレザーのポケットにいつもヘアゴム入れてるのか。
それは、どういう?
「何かしたい髪型とかある?」
「んー。じゃあ、私に似合いそうな大人っぽい髪型で!」
「ふふ、わかった。じゃ、目瞑ってて」
「はーい」
瑠璃に髪を触られるのは、雪凪に触られるのとはまた違う気がする。妙に手つきが優しくて、それがかえって落ち着かない。
なんかむずむずするというか、恥ずかしいからちょっとやめてほしい気もするけれど、弾んだ感じが伝わってくるから何も言えない。
私の髪に触るの、楽しいのかな。
いや、まあ、ちょっとわかるけど。人の髪をいじるのって、結構楽しかったりするんだ。最近はあんまり触らしてくれる人がいないから、あれだけど。
「……告白、私からしたことになってるんだ?」
彼女はぽつりと言う。
「魅力に首ったけとか言っちゃって。相変わらず、見栄っ張りだよね」
「む。いいじゃん。実際彼氏に会わせてーとか言われても、どうせ会わせないんだし」
「私はいいけどね。莉果たちに心望の彼女です、って挨拶しても」
「いやいや」
彼女、彼女かぁ。
瑠璃とは結構仲良くなってきたつもりだけど、当然恋愛感情があるわけでもない。瑠璃だって私が好きとかそういうのはないだろうし。
……む、待てよ?
考えてみれば、瑠璃ってどんなタイプの人が好きなんだろう。優しいとか、かっこいいとか、身長が自分より高いとか?
瑠璃とはあんまり恋バナとかしないから、そういうのは知らないよなぁ。
ちょっと、気になるかも。
他意はないけど。
「……瑠璃って、どんな人が好きなの?」
「どんなって?」
「いや、恋人にしたい人ってどんな人なんだろーって思って。告白とか全部断ってるんでしょ? 理想とかあるの?」
「うーん……。私の変化にすぐ気づく人とか?」
「髪伸びたーとか、そういうの?」
「ちょっと違うけど。まあ、そんな感じってことで」
「そっかー」
意外に理想が低いんだな、と思う。
「今までそういう人から告白されなかったの?」
「さあ? 告白してくるのって、記念受験みたいなものらしいしね」
「え」
「どうせ付き合えないだろうけど、ダメ元でってやつ。だからあんま知らない奴から告白されること多かったし。そもそも私、恋愛ってよくわかんなかったしね」
ダメ元かぁ。
あんまり良くないと思うけど、気持ちはわからないでもない。
瑠璃はかなりの美人さんだし、付き合いたいと思うのも無理はないのかな。
「心望は? どんな人が好き?」
「えー、私かぁ」
どんな人、どんな人?
わからん。
人に恋したことなんてないから、自分がどんな人を好きになるかなんてさっぱりだ。うーん?
「……私に本気で向き合ってくれる人?」
「ふーん。照れるね」
「は?」
「それ、私のことでしょ?」
「えぇ……何その自意識過剰な感じ。違うし。絶対本気で向き合ってくれてないでしょ」
「いつでも本気だけどね。ほら、できた」
「あ、うん。ありが——」
目を開けると、そこには子供がいた。
子供っていうか、私だ。私が鏡に映っている。
彼女には大人っぽい髪型をリクエストしたはずだが、いつの間にかツインテールにされている。
私は小学生か?
「何これ」
「似合ってるよ」
「似合ってるわけないでしょ! 私、大人っぽい髪型がいいって言ったんですけど!?」
「よくないよ、心望。こういう髪型は大人っぽくないとか言ったら、この髪型が好きな人に失礼でしょ」
「それはそうだけど……。笑ってるよね。絶対子供っぽいって思いながらこの髪型にしたよね。私のこと舐めてるでしょ」
「ぷっ……ふふ、ほんと、可愛いってば」
この女。
なーにがいつでも本気じゃ。
瑠璃は私に本気で向き合っているんじゃなくて、私を全力で小馬鹿にしようとしてきているだけだろう。
舐めるな。
「髪、下ろす」
「駄目だよ。このまま教室に戻ろうね」
「やだってば! るーりー! 離してー!」
瑠璃はお構いなしで私の手を引っ張っていく。
よし、決めた。
今日こそは絶対に、瑠璃を痛い目に合わせてやる。
後悔するなよ小娘。
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