第16話

 本当に夜這いなのか。いや、え、本気でそういうこと、するの?

 漫画で色々予習はしてきたが、本当するとなると話が別だ。ていうかこういうのは好きな人とするべきことであって、友達同士でふざけてしていいことでもない。


 しかし最初に寝たふりをしてしまったから、止めるタイミングに困る。

 本気でしようとしているなら、実は寝てませんでしたーって言ったらすごい気まずいことになりそう。

 でも、私の初めてはそんなに安くないから、早く止めないとなんだけど。


「ねえ、小日向。止めないならほんとにしちゃうよ? いいの?」


 いいわけあるか。

 そう思っている間にも彼女のては私の体を弄っていく。この前お腹を舐められた時も思ったけど、やっぱり国光は変態だ。


 やることなすこと全部おかしい。

 もしかして国光は恋人ができたら絶対えっちなことをしないといけないとでも思っているのだろうか。だから私に触れてきている、とか。


 ええい、学生の恋人同士なんてもっと軽い関係でいいはずだ。

 私は恋人ができたって、ハグとキスくらいができれば十分だ。


 いや、でも、莉果たちの話を聞くに今時は結構すごいことをする子の方が多いらしい。


 ってことは、彼女たちと話を合わせるなら私も過激なことをしないといけないのか。


 今更ながら、ちょっと後悔する。

 見栄なんて張らなければよかった。見栄は張れば張るほど苦しむものらしい。人生の教訓を得た気分だ。また一つ成長して——


「……小日向」


 あれこれ考えていると、国光が私のことをぎゅっと抱きしめてくる。

 迷子の子供が親を見つけた時みたいに遠慮がなくて、不安に満ちた感じの抱き方だ。

 ……おや?


「起きてるってわかってるから。もう返事していいよ」

「……わかってたのに触ってきたの?」

「確認はとったでしょ? 止めないならほんとにするって」

「いや、それ触った後に言ったじゃん。この変態。脳内ピンク。エロエロ思春期女」

「何その罵倒のセンス。嫌なら拒めばよかったのに」


 確かに、と思う。

 本当に嫌なら私だって、多分拒んだはずだ。でも拒まなかったってことは、少なくともちょっと触られるくらいなら別に嫌じゃなかったってことで。


 まあ、今は恋人な訳だし。

 スキンシップも嫌いじゃないし。


「国光に触られるのが嫌なら、キスだってさせてないよ。……ていうか、なんで私が起きてるってわかったの?」

「呼吸が規則的じゃなかったし。何より、ほんとに寝てるときはもっと寝相悪いし、むにゃむにゃ言うし」

「そういえば、前に国光には寝てるとこ見られてたっけ」


 おまけにお膝で眠らせていただいていたのだ。そう考えるとすごい貴重な経験をさせてもらった気がする。恋人の膝枕で寝るとか、話の種にもなるし。


 私、もしかして他の子より進んでいるのでは?

 いよいよ本物の恋愛マスターに近づいてきたかもしれない。


「……国光は、何の用で来たの?」

「夜這い」


 わお。

 ど直球にも程がある。

 ていうかほんとにするつもりだったんだ。

 やっぱり変態じゃん。


「ついでに一緒に寝ようと思って」

「へー。……させないからね、そういうことは」

「そういうことって?」

「だから、えっちなこと」

「……ふふ。しないよ。今日はやめとくことにしたから」


 目を開けると、国光の顔が見える。

 国光はどこか、いつもとは違う感じの笑顔を浮かべていた。


 眠いせいかと思ったけれど、そういうわけでもなさそうだ。なんか、さっきより元気ない?


 どうしたんだろう。友達から変なメッセージもらったとかかな。

 うーん。


 仕方ない。

 私は布団を剥がして、立ち上がった。


「じゃあ、私に付き合ってよ」

「付き合う?」

「そ。国光のせいで目が冴えちゃったから、ちょっとお散歩したいなって」

「……あはは、いいよ。私の地元、小日向に案内したげる」


 国光はそう言って、ゆるゆる立ち上がった。





 日が沈んだ後でも暑いから夏ってやだなぁと思う。でも冬は日が出ていても寒いからもっと嫌だ。


 暑さは嫌だけど、その辺を歩いているだけでわけもなく楽しくなる夏の方が、結局私は好きかもしれない。


 でも楽しくなるのは、入道雲とキラキラした太陽のおかげらしい。

 夏でも夜だとあまりテンションが上がらないということを、私は改めて実感した。まあ、夜にテンション上がっても困るんだけど。


「この公園で小さい頃よく遊んでたんだよね」


 肩を並べて歩いていると、不意に国光が言う。

 街灯に照らされた公園は、結構大きい公園のようだった。

 色々遊具があって、子供は楽しいだろうなと思う。


「あの頃から私、楽しいこと大好きだったなー。あそこの遊具のてっぺんに意味もなく登ってみたりして」

「国光も子供っぽい子供だったんだね。……ちょっと遊んでこうか?」

「……え、小日向?」


 私は駆け足になって、あみあみの遊具に手を掛ける。

 国光が小さい頃からあるらしいこの遊具で遊んでみれば、もっと彼女の気持ちを理解できたり、しないだろうか。


 しないかな。

 昔は昔、今は今だ。十年経ったらもう別人になるとよく言うし、きっとここで遊んでいた頃の国光と今の国光はもう別の人だ。


 ということは、だ。

 十年後の私は今よりもっともっと大人っぽくなって、魅力溢れすぎてこの世が終わるくらいの美人になっているのでは?


「国光遅いよ! そんなんじゃ地元最強の名が泣くよ!」

「いや、別に地元最強とは言ってないし。ていうか、お風呂入った後にあんま動きたくないんだけど」

「そんなこと言うなら、クラスの皆に言っちゃうよ? 国光にえっちなことされたーって」

「何その脅迫」


 国光はゆっくりとネットに手をかけて、登ってくる。私はその間に、さらに高いところまで登っていく。


「遅い遅い! やーいのろまー!」


 言いながら、遊具を登っていく。

 上から国光の様子を眺めてみる。やっぱり、なんか元気がなさそう。いつも楽しそうに笑っているのに、今は変な顔しているし。


 なんか、モヤッとする。

 いつでも笑えとは言わないけれど、今の国光はあんまり見たくない感じの顔をしている。


 とはいえ。

 私は人を楽しませる達人だと自負している。国光が何を考えていようと、私が笑わせればいいだけだ。

 ふん、私の力を舐めるなよ。


「国光ー! どう? 楽しい?」

「登ってるだけで楽しいわけないでしょ!」

「わけあるよ! だっていつもの国光は、何したって楽しそうにしてるもん!」

「……私、そう見えてるんだ」


 私は遊具のてっぺんに座って、国光を待った。


「そうだよ! この前バスケした時だってそうだし、いつだってニコニコニヤニヤしてて、たまにムカつくのが国光だよ!」

「ムカつくって、面と向かって言う?」

「言うよ、恋人だもん!」


 国光が私の隣まで登ってくる。

 彼女は少し困ったように、私を見た。


「……国光、ビリだね。罰ゲームです」

「そういうシステムなら、先に——」

「はいだめー。文句は聞きません」


 私はにこりと笑って、彼女の頬を両手で引っ張った。

 今度はぎゅっと押して、変な顔にしてみる。


 美人もこうなったら形なしだ。二物三物を持っている国光だって、所詮私と同じ人間である。


 悲しければ落ち込むだろうし、楽しければ笑うし。

 なんてことはない。ていうかむしろ私の方が上だ。私はどんな時だって人を笑わせる自信があるし、何より国光より誕生日が先だし。


「ふへへ、国光変な顔! ブサイクになってる! あはは!」

「……小日向」


 国光は少し呆れたような声を出してから、ふっと笑った。


「ほんと、小日向は相変わらず小日向だ」

「うん。私は私だよ。……やっといつもみたいに笑ったね」

「私を笑わせるために、こんなことしたんだ。……ていうか私、そんな変な笑い方してた?」

「してた。いつもの笑顔は好きだけど、さっきの笑顔はあんまりって感じ。でももう安心だね。ちゃんと笑ってくれたし。いやーよかったよかった」


 まあ、変な顔してた原因の方がわかっていないからアレだけど、笑えるなら多分大丈夫だろう。


 そう思っていると、国光に抱きしめられた。

 さっきとは違う柔らかな抱き方は、国光だーって感じがする。

 だから私は、安心して彼女に体を任せた。

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