第24話 未練と大樹 その2
確かに、木を折るなどの行動をすれば当然木にダメージが入る。いくら植物の生命力が強いとしても、生き物である以上それは動物などと変わらない。
ユウヤはほぼ確信がついていた。確かにこの老婆を含めた老夫婦による影響が強いのであろう。しかし気になるのが、「この山の他の植物も枯れた」という老婆の証言と伝説である。あまり科学的とは言えないが、もしかするとこの木は何らかの神聖な力を宿していたのかもしれない。そして今は自然が復活しているのも、現在は他の木などがその力を代わりに宿したのか、もしくは何者かがそのような力を山に分け与えたのか……
ユウヤは言葉を選びながらも老婆に問いかけた。
「でも、今ではこの通り自然は復活しています。それについては何かご存知ですか?」
「霊体になってから……長い時間が経って、何者か分からんがこの山に来て不思議な儀式を始めたんじゃ。それから少しずつ山は復活していったのぅ」
「何者か、か……でも、それなら良かったじゃないですか。今では山も元通りですし」
「違うんじゃ! 山が枯れてから集落は活気を失った! そのせいで多くの人々が悲しみ、苦しんだ! その後悔が消えないんじゃ……」
老婆は悲しそうな表情を浮かべた。先程までの憎悪はどこかへと消え去ったようだが、まだ元気を取り戻したとはお世辞にも言えない。
ただ、話を聞くことで少しでも未練を解決することができるなら……ユウヤに老婆を無視したり咎めたりする気は無かった。
「本当にそうでしょうか? もしよければ、そういうのに詳しい知り合いがいますが」
「まさか、あの世の人達と話ができるのかい?」
「もしかしたら、ですがね」
ユウヤはスマホを取り出し、メイに通話をかけた。
「もしもし。オレです、鳥岡」
「どうしたのかしら、また会議ですの?」
相変わらずメイは興味なさげだ。
「違う違う、ちょっと力借りたくてさ」
「まぁ、いいですわ」
ユウヤはテレビ電話モードにし、老婆の方にスマホを向けた。どうやらメイにもその姿が見えているようで、メイは老婆に話し始めた。
「初めまして。見たところ……貴方は既に亡くなられてしまっていますわね?」
「こ、こうやって会話できるのか! 何てすごい時代なんじゃ……それにワシのことを見抜くなんてすごいお方じゃ……」
「えぇ。
「すごい……実はワシ、何百年も前の知り合い達にどうしても謝りたいことがあっての……」
「ほう……では、霊界から貴方のことを知っている人を探しますわ。こんちゃっす水晶玉、この老婆の知り合いを呼び出して」
(何だその人工知能みたいな……)
「ハイ、ワカリマシタワ!」
(何で裏声なんだよ! それに自分で喋ったろ今!)
メイはものすごい速さで水晶玉を撫で回し始めた。呆れたような目でユウヤはメイが“知り合いを呼び出す”のを待っていると、だんだんと煙が立ち込め、通話中の画面を埋め尽くしてしまった。
「何じゃ!? 煙が出ているぞ!」
「あぁ、多分あいつの演出ですよ」
「ほ、ほう……」
煙の中から出てきたのは何ら変わりのないメイだ。しかし、その後ろに黒い影のようなものが2つほどふわふわと浮かんで見える。メイはその影に何か耳打つような動作を見せると、わざとらしく咳払いをして再びスマホに話し始めた。
「2人しか呼び出せませんでしたわ……ただ、きっと貴方の未練を受け止めてくれるでしょう」
「ワ、ワシの未練のこと、知っておるのかい!?」
「えぇ。私、そういう能力を持っていますの」
「では……その2人と話をさせてくれるかの」
「分かりましたわ。いいですわよ」
メイはスマホを水晶玉に立てかけるとそのまま画面外へとフェードアウトしてしまった。すると後ろに浮かんでいた2つの人影がふわふわと画面の前まで来たかと思うと、何となくではあるがスマホに向かって話し始めた。
「……もしかしてトメかい? トメなのかい?」
「そ、そなたはコマチ……! それに横にいるのは我が子のノブヒデ!」
「母上……ずっと探していましたのに」
「あの、もしかして……友達と、息子さんですか?」
邪魔をするつもりはなかったが、関係が気になったユウヤは思わず尋ねた。
「そうじゃ、特にノブヒデは……山の木々が枯れ始めた時、下まで降りてきたイノシシに襲われてそのまま命を落としたんじゃ」
「そんなことが……ごめんなさい、悲しいことを掘り返してしまって」
「いいんじゃいいんじゃ、悪いのはワシなんじゃから。それにこうやって再会できているからのぅ」
老婆は少し悲しそうな顔を隠すようにすぐさま画面にじっと近づけると、再び話し始めた。
「それにしても……ワシのせいで山はめちゃくちゃになってしまって……誰かがここまで回復してくれたようじゃが」
「仕方ないですよ、過去のことを悔やんでも……それに、この山も復活したならそれでいいじゃないですか。母上も見てくださいよ、周り」
「そうじゃよ。たくさんの命が戻ってきておるではないか。命は廻る、完全に滅さない限り。ほらこの通り」
老婆が周りを見渡すと、そこには沈みゆく夕日に照らされるたくさんの草木、飛ぶ鳥の鳴き声、そして何より澄んだ空気……意識してそれらを観察してみると、やはりこの山はあの時のように再び命で活気づいていた。
老婆は安らかな顔に変わると、ユウヤに近づいて話しかけてきた。
「ありがとねぇ坊や。さっきは未練が暴走して取り乱してしまったわい。名前は何て言うんだい?」
「鳥岡です。鳥岡ユウヤです」
「ユウヤくんかい。そなたからはとても強い理念と何か神々しいオーラを感じる。その目を見れば分かる、何か強大な者と戦っておるんじゃろ?」
「はい……皆が使える力を独占しようとする、そんなヤツらです」
「そうかい……」
老婆は少し考える素振りを見せた後、ユウヤの肩に手を置いて何やら呪文のようなものを唱え始めた。
「ど、どうかしましたか?」
ワケが分からず混乱するユウヤに老婆は微笑みを見せると、小さく口を開いた。
「さっきは何か反応したりはしなかったが……そなたには強大な動物霊が味方してくれているじゃろぅ? その霊が持つ力を引き出したんじゃ」
「確かに力が湧いてくる感覚がします……でもどうして?」
「これはせめてものワシの償い。これ以上“皆が利用できる物を独占する者”が現れてほしくはないんじゃ。素晴らしいものは、特定の者だけが利用できるワケでは無いからこそ価値があって、それを独占できるようになっても価値はない、人々から笑顔が消えるからのぅ」
「お婆さん……」
「それじゃ、ワシはもう少しゆっくりしたらあの世に行くつもりじゃ、でもその前に爺さんを探さなければいけないのぅ」
「あれ? 確かにいないですね、伝説では“男女の声が聞こえる”って、その通りならばお婆さんと一緒にいるはずなのに……」
その時だった。誰もいないはずの草陰から、老いた男の断末魔が響き渡ったのは……
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