星露アラカルト
皇帝栄ちゃん
ガンマ線ネーポン
「何十年も前に閉店した〈アジアコーヒ日の出通り店〉が復活したそうです。当時の味を完全に再現したネーポンと、新しいネーポンが味わえるといううわさで。星くん、行ってみませんか」
半世紀以上も昔に超がつく偉人伝説番組で紹介され、日本国内で一躍有名になった伝説の喫茶店と飲み物である。露はときたま変わったものに興味を持つなあと思いつつ、綺麗で可愛い恋人の提案を気持ちよくオッケーする星。なにしろ面白そうなデート場所だから異議はない。
大阪に到着したふたりは環状線に乗って玉造駅で降りた。遠い過去には小さな映画館やトーエーというスーパーがあった玉造商店街を鶴橋駅方面へ通り抜けた右手に、それは再臨していた。
〈
往時の不気味な店構えが最新技術で忠実に建築されており、廃墟のようなボロボロの外観は初見で二の足を踏むレベルだ。塗装が剥げた看板の店名を見た露が感心してうなずいた。
「極超新星とは、太陽の二十五倍以上の質量をもつ恒星が死を迎えるときに発生する極超新星爆発という現象のことです。太陽を意味する日の出通りを越えた先に極超新星の名前を冠するとは、それだけのエネルギーで新しさをアピールする意気込みが伝わってきますね」
「へ、へえー……。めちゃくちゃ入るのに躊躇しそうな見た目なんだけど」
「なんだか引き気味ですね。大丈夫です、私がそばにいますからっ」
恋人の手をぐいぐい引っ張り、露はガタガタのドアを開けた。今日の彼女はかなり積極的だな――と星は心地よく微笑した。
お世辞にも褒められたものではない狭い店内が昭和独自の空気を色濃く漂わせる。壁に貼られた白い紙に黒マジックでメニューが書かれていた。
ネーポン。インドカレー。ガンマ線ネーポン。
当然ながらコーヒーはない。
「なんにしまひょ」
店主らしい老女がカウンターからしわがれた声を発した。往時の店主の面影をもとに作られた精巧なアンドロイドであった。アンドロイドを所持するには様々な必要条件をクリアしたうえで政府の許可を得なければいけない。彼女の存在自体がこの店の本気度を物語っていた。
「私はぜんぶ注文します。星くんは?」
「そんなお腹すいてないし、ネーポンと新しいネーポンだけでいいよ」
店主がこれぞ昭和スタイルといったレトロな冷蔵庫から四つの壜を取り出してテーブルに置いた。ネーポンのラベルが貼られたオレンジ色の壜と、ネーポン極のラベルが貼られた濃いオレンジ色の壜である。さらに店主は青いボウルを二つ、調理場の奥から持ってきた。
「ガンマ線ネーポンを飲んだ客が直後に使いまんねん」
秘密めいたハスキーボイスに不穏な空気を感じた星が眉をひそめる。向かいの露は気にせず通常のネーポンをグラスに注いだ。
「ふむ。これがネーポンの味ですか。思ったよりも甘くて、おいしいですね」
「うーん。なんていうか甘いオレンジジュースって感じだね」
一八歳と一九歳の若き百合カップルが飲むネーポンは、甘かった。
「それでは星くん、ガンマ線ネーポンを味わうとしましょう」
ふたりが濃いオレンジ色の液体をごくごくと飲んだ。
一拍の間をおいて、胃でなにかが爆発する感覚と衝撃――断続的に喉まで逆流し、両者とも勢いよく胃液とオレンジの液体をボウルに噴き出した。
なにがなんだかわからず、星は鳶色の目をぱちくりさせるばかり。「マネキン・ミイイイくん」で体内検査をした露が、非凡発現者の証である
「ネーブルとポンカンの果汁を合わせると通常のネーポンの二十五倍以上になります。この果汁を極超新星爆発、胃をブラックホールとすると、胃に吸収されなかった果汁がネーブルとポンカンの成分に分離されて降着円盤をつくり、ジェット――高速の粒子流――を形成して断続的に逆流します。このとき、ネーブルジェットとポンカンジェットのかたまりが喉のあたりで衝突することで膨大な果汁エネルギーが発生、ビーム状のガンマ線――すなわちガンマ線バーストと形容できる噴射液となって口から放出されるわけです。まさにガンマ線ネーポンの名にふさわしい飲み物ですよ!」
「……えっ? まったくわかんないんだけど、いま褒めるとこなのこれ?」
星が困惑しているあいだに、店主がインドカレーを持ってきた。露はスプーンでルーとごはんをすくうと、やわらかくほほえんで、星の口もとへ運んだ。
「お口直しにどうぞ」
わけがわからないまま食べたインドカレーは、いかにも「よくある喫茶店のカレー」としか思えない味だったが、おかしな体験をした後では妙な安堵感のほうが勝った。
それから露が一口やり、スプーンをほおばった状態で幸せいっぱいに唇をほころばせる。星は――理解不能な展開のなかで――ようやく納得いくデート場面に落ち着いた。今日の露はほんとに積極的だ。
「間接キスをしゃぶった感想はいかがですか?」
星がいつもの嗜虐的な調子でにんまり言い当てると、
「からいけど、あまいです」
露はいつもの羞恥に頬を赤く染めた。
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