1-8 国の裏側

 こうして歓迎会は大いに盛り上がり、終わりを迎えようとしていた。

 夜も更け、住人たちが会場を後にする。

「いやぁ、久しぶりの歓迎会、楽しませていただきました」

 カルバドがディークたちに話しかけた。

「おかげさまで、我々も久々に楽しい時間を過ごせました」

 チェインが礼を言うと、国長の後ろからラティが顔を出した。

「あ、ラティ!」

「えへへ、私も楽しかったです」

「では、私たちもこの辺でおいとまさせていただきます。それでは」

 カルバドが振り返り、歩き出したその時だった。

「諦めたの?」

 ディークの言葉がカルバドの足を止めた。


「ディーク?」

 思わずチェインが尋ねる。するとカルバドは先ほどまでの穏やかな表情とは一変し、強張った表情で振り向いた。

「……ディークさん。あなたはとことん勘が良いのですね。嫌いになりそうです」

「どーもありがと」

「……どうして分かったんですか?」

「んー……、勘かな」

「…………」

 しばらく沈黙が続いた後、チェインが口を開いた。

「ディーク、俺たちは全然分からん。説明してくれ」

「うーん……。ボクも確信があったわけじゃないんだけど……」

 ディークは少し考えたあと、ゆっくりと話し始めた。

「キミたち、多分この国の動物たちは、最初はボクたちを殺そうと思って近づいたんだよね?」


「はぁあ!?」

「えっ!?」

 ダークが驚いて声をあげ、チェインはディークとカルバドを交互に見ていた。

「……」

 カルバドはしばらく黙っていたが、やがて口を開く。

「はい、その通りです。申し訳ありませんでした」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! どういうことだ、ディーク!?」

 チェインが慌ててディークに詰め寄る。

「まあまあ、落ち着いて。チェイン。もうこの国の動物たちはボク達も殺すのを諦めてるよ。さっきの歓迎会で分かった。っていうか、本当は歓迎会のときに殺すつもりだったんだよね?」

「……やれやれ、どこまで知っているのだか……」

「だってちょっと不自然だったんだもん。この国に旅の動物はそんなに来ないって言ってたわりに、わざわざテントを用意して、ホコリもないくらい掃除までしてたじゃないか。まぁ、これだけじゃ殺されるなんて想像はつかなかったけど」

「……」

「あと、歓迎会だね。ほとんどの国じゃ、襲撃があっても狙われにくい奥の席には国長が座るはずなのに、ボクたちが座ってた。これはボクたちを逃さないようにするためだったんでしょ? まぁ今回は諦めてたみたいだけど、慣例でつい座らせちゃった感じかな?」

「くふっ、あはは……」

 黙って聞いていたカルバドが乾いた笑いを漏らした。


「大体、正解です……。いやはや、恐ろしいドラゴンだ」

 カルバドは近くにああったイスに腰掛け、話し始めた。

「ディークさんが仰った通り、我々は最初、あなた方を殺そうとしていました。理由は、ただの捕食願望です。この国では食料が少なく、微塵も無駄にはできない状況です。国の動物の数に制限をもたせることで、なんとか凌いでいますがね」

 カルバドはテーブルにあった、食べカス一つない綺麗な皿をつまみあげた。

「いつからでしょうか。この国では、外からの来訪者さえも食料として考えるようになっていたのです。最初は盛大にもてなし、隙を見て国民全員で襲いかかる。野蛮ですが、これも我々が生き残るためなのです」

「なるほどな。だから俺たちにわざとあんなに丁寧に接していたのか」

 ダークが納得した様子で呟いた。


「諦めた、と言っていたな。なぜだ?」

「簡単なことです。あなた方は強い。返り討ちに遭うのであれば、普通にもてなして旅立たれて頂こうと思ったのですが……」

「あっ、言わなきゃ良かった?」

 ディークが申し訳無さそうに言うと、カルバドは笑った。

「ふふふ、いいえ。もう今更ですし。それに、正直なところ、我々も普通に歓迎したかったのでしょう。あなた方を殺さずとも、我々は飢え死するほどまでは困窮してませんからね」

 カルバドは遠い目をしながら語った。

「慣例に縛られて、今回も外来の客を殺すところでした。……そろそろ、変わるときなのかもしれませんね」

 カルバドがそう言うと、ラティが前に出た。

「ごめんなさい。私も、このことは知ってました」

「ラティ……。あ、そういえば、家に帰らなくて良いのか!? もう夜遅いぞ!?」

 ダークが心配そうに声を上げた。

「あっ、大丈夫です。実は……」

 ラティはそう言うと、カルバドの横に立った。

「私、国長の孫なんです」


「はぁ!? ちょっと、ラクダがリスを産んだって!?」

 ダークが驚きの声を上げる。

「産んだのは妻の娘です。お恥ずかしながら、リスに恋をしてしまいまして……」

「はぁー……、たまにいるけど、言われるまで分からねーよ……」

 頭を抱えるダークを見たラティが薄ら笑いを浮かべる。

「でも、ディークさんは分かってそうですよね」

「いや、ボクもそれは分からなかった」

「あれ? そうなんですね」

「てっきり、国長さんから送られてきたスパイか何かだと思ってた」

「……それは合ってます」

 ラティが小さな声で答えた。

「でもさ、ラティも本当はボクたちのことを食べたくなかったんでしょ?」

「……どうして分かるんですか?」


 ディークはラティのそばに近づき、誰にも聞こえないように耳打ちした。

「崖に行ったとき、歓迎会をすっぽかしてまでホタルを見たがってたじゃないか」

「……!」

 ディークの言葉を聞き、ラティはハッとした表情になった。

「ほら、やっぱりそうだ。ボクたちを食べるつもりなら、あんな顔しないよ」

「……怖いです」

「あっ、ごめん……」

 ディークとラティはお互い小さく笑った。

「さて、そろそろ帰りますよ、ラティ」

「あ、はい、おじいさま」

「では皆さん、今までありがとうございました。良い旅を」

「うん、またねー」

「はい、それでは」

 こうしてカルバドとラティは去っていった。

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