第1話 歓迎する国

1-1 砂漠の真ん中で

 ここは砂漠地帯。眩しく光る太陽の光が容赦なく黄色の大地に振り注ぐ。当然、辺りに水なんてものはない。

 どの方角を見ても砂、砂、砂。方角すら見失ってしまうほど代わり映えのない景色が広がっていた。

「ねぇー、わざわざこんなとこ通らなくて良かったんじゃないのぉー?」

 一匹の小さなドラゴンが歩きながら言った。

 体色は黒と灰色、背中から小さな羽が生えていて、鼻先に1本、頭に2本の茶色い角が生えていた。

 そんな黒ドラゴンは目を細めながら、巨大な黄色い翼を日傘代わりにして歩いていた。

 巨大な黄色い翼、というのは、黒ドラゴンの隣を歩いている身長2.3mほどのドラゴンのことである。

 体色は黄色、頭の先から長い尻尾にかけて、硬い鱗が全身を覆っていた。

 その黄色ドラゴンが口を開く。

「仕方ないだろ……。他に道がないんだから」

 そう言いながらも、黄色ドラゴンは歩く速度を落として黒ドラゴンに並んだ。そして顔を覗き込むようにして言う。

「おい、大丈夫か? ダーク」

「喉乾いたぁー」

 ダークと呼ばれた黒ドラゴンは空を見上げて唸った。

「……もう少し歩いたら休憩にするから我慢してくれ」

 黄色ドラゴンはそう言うと再び前を向いて歩きだした。


「相変わらず平気そうだな、ディーク」

「え、何?」

 黄色ドラゴンの前を歩いていた緑色の生物が振り向いた。

 ディークと呼ばれた生物、背丈はダークより少し低く、大きな目玉が特徴的な生き物。手足は短く、羽のようなものは生えていない。

 こんな見た目ではあるが一応ドラゴンである。

「こんな暑さの中、日除けもせずに歩いているじゃないか。疲れてないのか?」

「うん、大丈夫だよ、チェイン」

 チェインと呼ばれた黄色ドラゴンの問いに、ディークは笑いながら答えた。

「良いよなー、ディークは気温変化に強くて。火で燃やしても平気って、どんな身体してんだよ……」

 チェインの翼の下でダークが恨めしそうに言った。

「知らないよ、ボクを作った動物に聞いてよ」

「あまり喋るな、体力を消耗するぞ」

 チェインが会話の隙間を縫って制した。

 それから3匹は言葉を発することなく、黙々と前に進み続けた。


「あ、あれ? 遠くに何かあるよ」

 ふと、ディークが前を指差した。その方向にはまだ何も見えていない。

「何だ、ディーク?」

「なんか、とっても大きい。もしかしたら国かも」

「国だって!? 父ちゃん、休めるかもよ!」

 ダークから父ちゃんと呼ばれたチェインは、しばらく前を眺めていた。

「よし、ちょうど通り道にあるんだろ? それなら2日くらい寄っても良いだろう」

「よっしゃー! やっと休めるぜ……」

 ダークは控えめな歓喜の声を上げた。

 こうしてディーク達は歩いていると、前方にテントの集団が見えてきた。


「これはこれは、ようこそお越しくださいました。ささっ、どうぞこちらへ」

 ディーク達の姿を確認するなり、近くに居たラクダが声をかけてきた。

 ラクダは深緑のマントに身を包み、頭にはターバンのような布を巻きつけている。

「いやぁ、こんなへんぴな国に来客とは久しぶりですなぁ。嬉しいですねぇ」

 そう言ってラクダは大きな口を開いて笑った。よく見ると歯が何本か抜け落ちていた。

「たまたまここを通りかかったもので、良ければ2日泊めていただけますか?」

 チェインが礼儀正しく訊ねる。

「おや? 2日でよろしいのですか? この国にはいくらでも居ても良いのですよ」

「折角のおもてなし、感謝しますが、私たちには行くところがあるので」

「そうですか……。分かりました。ではせめてもの気持ちとして、今日はささやかな食事を用意しましょう」

「ありがとうございます」

「いえいえ、これも砂漠の民の務めというもの。どうかご遠慮なさらずに。あ、付きましたよ」


 そこは周りより一回り大きいテントだった。中に入ってみると綺麗に整頓されていて、まるでホテルのようだった。

「おお、すげぇ! しかもこの中涼しいぜ!」

 ダークが感嘆の声を上げる。

「ふふ、そうでございましょう。突然の来客にも対応できるように毎日清掃をしております」

「……へぇ、毎日……」

 ディークはラクダを見つめながら呟いた。

「しかし、本当に2日で良いのですか? 3日あれば、私たちも歓迎の準備ができるのですが」

「父ちゃん、良いじゃんか3日くらいさぁ」

「う、うーん」

 ラクダからの提案とダークからのおねだりに悩んでいたチェインだったが、

「ダメだ、俺たちは──」

「やっぱ3日で良くない?」


 チェインの言葉を遮るようにディークが言った。

「ディーク……?」

「おっ、ディークもそう思うだろ!? ねぇ父ちゃん、良いでしょ?」

 ダークがチェインの肩に乗り言った。

「ディーク、俺たちは遊びに来ているんじゃない。急いで次の街まで行かなければならないんだ」

「まぁまぁ、チェイン。期限が決まってるわけじゃないんだ。それにいつも頑張ってるんだから、たまには少しくらい休んでも良いと思うな」

「そうだよ父ちゃん! あっ、どうせなら4日とかは──」

「それはダメ」「それは駄目だ」

 ダークのお願いをディークとチェインが同時に断った。

「ちぇ、なんだよ。……まぁ3日でもいっか」

「……あの、話はまとまりましたか?」

 テントの入口で立っていたラクダが尋ねた。

「あ、ああ。3日間、失礼させていただく」


「ディーク、何故だ? 何故3日もいる必要があるんだ?」

 ラクダが去った後、チェインはディークに聞いた。

「うーん……。この国の動物たちに興味があってね」

「まーたそうやってはぐらかして。今回は何なんだよ」

 ダークがテントの一番涼しそうな場所で横になって聞いた。

「だって、あの動物たちはずっとボクたちを待ってたんだよ」

「ずっと待ってた?」

「うん。ボクたちが来ることを分かっていて、待っていた。そんな気がするんだ」

「なんだそれ?」

 ダークは仰向けになってケタケタと笑う。

「お前がディークじゃなきゃ、気のせいだろ、って言うところなんだがな……」

「ディークの勘は当たるからなぁー」

 チェインとダークは顔を合わせて苦笑いをした。そしてチェインは立ち上がり、テントの端の方へ歩き出す。

「確かに、この国の動物たちにとって俺たちは珍しい存在かもしれないな。こっそり覗き見してみたくなる気持ちも分かる」

「え、覗き見?」

 ダークは身体を起こして首を傾げた。

 するとチェインは隅にあった木箱を開け、中を覗きこんだ。

「そうだろう? ぼうや」

 そこには申し訳なさそうに微笑む一匹のリスがいた。


「あの、ごめんなさい。勝手に入ってて……」

 3匹に囲まれるように立っていたリスは、頭を下げて謝った。全身は茶色で、目は青かった。尻尾は短く、手足は短い。耳は垂れていて、頬には大きなヒゲがあった。

「いいや、気にしなくて良い。それより、君は何者だ?」

 チェインが優しく問いかけると、リスはゆっくりと口を開いた。

「私はラティ。この国に住んでいるごく普通のリスです」

 ラティと名乗ったリスが、はきはきと自己紹介した。

「そうか。俺はチェイン。この黒いのがダークで、あそこの緑色のがディークだ。3匹である国に行くつもりだったが、通り道にこの国があったから寄らせてもらった」

「通り道……。やっぱり、あなた方は旅をしているんですね」

「そうだ。ところで、ラティはどうしてあんなところにいたんだ?」

「はい……。実は私、久しぶりの来客が来たと聞いて嬉しくなって。泊まれる場所はここしかないので、先回りしていたんです」

「なるほど。それで俺たちが来るのを知っていたのか」

「はい。……でもまさかこんなに早く見つかるなんて、恥ずかしいです……」

 そう言ってラティは顔を赤らめた。

「恥ずかしがることは無いさ。旅をしているとたまにあることだ」

「は、はぁ……」

 ラティが言葉に詰まっていると、ダークが話しかけた。

「でもさぁ、こんなクソ熱い砂漠でよく暮らせるなぁ。食料はあるのか?」

「あー、はい。一応食べ物はありますし、産まれたときから砂漠育ちなので熱いのは慣れました」

「凄いな……」

 ダークは感心したように言った。

「あの、良かったら、この国を私に案内させてください。恐らくこれから、旅に必要なものを買いにいかれるのでしょう?」

 ラティはチェインを真っ直ぐ見つめて提案した。

「そうだな……。頼む」

「やったー! では早速行きましょう! ついてきて下さい!」

 ラティはそう言い残してテントを出て行った。

「……なんかあいつ、テンション高いな」

 ダークがチェインにしか聞こえないように呟いた。

「まぁ、初めての旅人なんだろう。気にしないでやれ」

 チェインはそんなダークをなだめた。

 チェインの後ろでディークは、前を歩くラティをじっと見ていた。

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