たゆたう
伊富魚
第1話
久しぶりに伏見稲荷大社へお参りに行こうと、
下宿近くのバス停から市バスに乗った時の話だ。
乗り込んだ僕は、バスの中をさらっと見回してから、
後ろ寄り左側の二人席に座った。
その席には先客がいて、僕は口の形だけ作って
すいませんと言って、彼女の隣に座った。
窓の外から日の光が顔に当たった。
冬の中の陽気は好きだ。だがいささか眩しい。
黒髪の彼女は白いウールのコートを着ていた。
耳には白いイヤホンをつけていて、
そのコードがスマホに続いているのが見えた。
彼女の顔を見たわけでも、女の子から香る何かに
惹かれたということもなかったが、僕は彼女のことを意識していた。
そのバスは堀川通を南に向かってまっすぐ進む。
停車するたびに何人かが足早に降りていき、また新しい乗客が乗ってきた。
僕はゆっくりと深く息を吸い込み、そして吐いた。
その間も、彼女は隣で音楽を聴いているようだった。
バス停をいくつか過ぎた頃、
ふと僕の左腕に彼女の右腕が当たった。
腕から腕に、もちろんその分厚いコートの上からだが、
彼女のあたたかさと呼吸とが伝わってきた。
すう、すうとからだ全体で呼吸をしている。
僕は、それに合わせてみようとした。
どうしてそうしようと思ったのだったか。
彼女の呼吸に沿って、すう、すうと繰り返した。
それはいつもの僕の息継ぎよりも早かったから、
続けていると呼吸が浅くなって、苦しくなった。
胸が痛くなった。
彼女の方をちらっと見ると、窓の外には、
二羽の水鳥が並んでぷかぷか浮かんでいるのが見えた。
僕が合わせることをやめた後でも
彼女は変わらず、たしかな息をしていた。
当たり前なんだけれども。
「次は京都駅〜、京都駅、終点です」
バスが止まると僕は席を立ち、
彼女をちらりとも見ずにバスを降りた。
降りると、目に陽光が照った。
こんな日を確か、ふゆうららといったっけか。
凍るような京の冷気に、
陽のぬくもりがぼんやりと、浮かんでいた。
たゆたう 伊富魚 @itohajime
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