第4話 平穏な世界

 ぼんやりとした意識に浮かぶ花は牡丹だった。白では無くて赤。時期がくると花弁を散らすことなく、ポトンと花を落とす。

 とても潔い。高潔なイメージのある花だ。比べて俺はどうだろうか。


 ポトン、ポトン。


 何度も頭を落とされた。玉座に座ったビッチが億劫な様子で手を振ると、俺の頭は簡単に取れた。鮮やかな切断面なのだろう。

 滲んだ視界で首なしの俺を見上げる。不思議な感覚だ。数秒のデュラハン気分を味わい、また指定席に戻る。やはり、首の上は見晴らしが良くていい。当たり前のことに少しの感動を貰い、ネタについて考える。

 駄洒落には無関心で説明しても納得しなかった。薀蓄うんちくを絡めたネタには欠伸を返された。下ネタは最後まで語ることができなかった。

 全てのネタでポトンの駄目出しをされた。もう、何も残っていない。俺の頭の中をどれだけ探っても何も出て来ない。

 女神の笑いのツボが全くわからない。過去問が欲しい。誰よりも切望している。心の奥底で憤り、同時に落胆もしていた。


「おちんちんびろー」


 はい、ポトンされました。何をしても無駄。ビッチに人並みな感情があるのかもわからなくなってきた。この理不尽な仕打ちは何なのか。

 俺が何をした? 司法試験に通らなかったことが罪なのか。この世界では大罪に当たるのか。例え資格を得たとしても弁護士事務所で働けるとは限らない。雇って貰えなければ弁護士バッジなど、安っぽいブローチと一緒なんだよ。


「おちんち」


 さっきよりも早くに落とされた。何回、落とせば気が済むんだ。俺は司法試験で三回も落ちたんだぞ。更に無理をして勉強した挙句、風呂場で溺死できしだよ。

 どうすれば良かったんだ。ふざけるな。この結末を用意した者は誰だ。天界でせせら笑うのは神なのか。いないんじゃなかったのか。嫌がらせだけに精を出すのか。

 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなよ!

 怒りが沸点を超えた。頭のどこかでプツンと何かが切れる。

 俺は手前のマイクに喰い付く勢いで叫んだ。


「神は死んだああああああ!」


 全てを出し切った。あとは何もない。どうにでもすればいい。ばちになった時、けたたましい笑い声が耳朶じだを打つ。

 悠然と脚を組んでいたビッチが玉座から転げ落ちた。両脚をばたつかせて笑っている。両手で腹を押えて尚も笑う。

 呼び掛けても答えない。笑っているせいで答えられない状態に陥った。俺は顔の強張りを感じながら、ただマイクの前に立ち尽くした。


 時間の経過がよくわからない。感覚で言えば一時間くらいになるだろうか。ビッチは笑い続けた。涙を流してゴロゴロと転がる。

 ようやく起き上がった時には足元がふらつき、少し心配になった。俺は勇者として旅立たなければいけない。ビッチの力がどうしても必要だった。

「いやー、笑ったよ。笑い転げたよ。この世界であんなことを、もうね、非常識にもほどがあるよぉ」

 まだ笑いの余韻を引き摺っていた。腹を摩りながら目元に浮かぶ涙を人差し指で器用に弾き飛ばす。

「笑って貰えて俺も素晴らしい達成感を味わうことができました。ありがとうございました」

「最高だよ。こんな勇者、見たことも会ったこともないよ。もうね、手放すのが惜しくなっちゃった」

「またまた、ご冗談を」

 背筋に冷たいものが流れる。ビッチには早く世界を決めて貰いたい。その一心で俺は命を賭けたのだ。この白い世界で長居をするつもりは毛頭ない。

「勇者が頑張ってくれたから、わたしもそろそろ本気モードになろうかな」

「期待しています。頑張ってください」

「まあ、程々にね」

 ビッチは両腕を水平に広げた。十字架を思わせる姿で眩い光に包まれる。

 一対の白い翼が視界に広がった。長い金髪は変わらなかったが、大人びた純白のドレスに一変した。右手には錫杖のような物を持ち、天に掲げた。先端から溢れ出す光は神々しく、白い世界全体を包み込んだ。


 風を受けて遠方にある風車が回る。五本の角を生やした馬が荷馬車を引いて帝都に出発した。刈り取った農作物が出荷されてゆく。野良着姿の俺は畑の横に座って眺めていた。

「勇者様、仕事は終わったのですか」

 三つ編みの女の子が俺に声を掛けてきた。恥ずかしそうにする姿が初々しい。

「もう少し、仕事が残っているからあとでね」

「遊ぶ約束、忘れないで」

 頭を撫でると女の子はくすぐったそうに笑った。

「もうー、いいかーい」

 畑の横手から声が聞こえてきた。大木の幹に顔を押し付けたような格好の男の子が見える。周囲にいた同年代の子供達は一斉に、まーだだよー、と怒鳴るように返して駆け出した。

「カクレンボか。懐かしいな……懐かしい?」

 自分の言葉に疑問を投げ掛ける。頬を摘まんだり、撫でたりした。

 俺は勇者で、この世界に蔓延はびこる悪をたおした。平和になった世界で笑顔の人々に囲まれて生活をしている。カクレンボをする子供達は元気で、髪はこうべを垂れる稲穂のような黄金色。目が深い緑色をしていて一様に肌が白い。

 性別や身長は違うが、全員が同じ顔に見えてきた。

「……メガッチなのか!?」

「やっとだね」

 側にいた三つ編みの女の子が急激に成長した。その姿は古い記憶と重なった。

「……そうか。ここは白い世界で、俺は未だに旅立っていなかったのか」

「そうだよ。救う世界を選ぶのが難しくて、その間に始めただよ」

「そうでした。はっきりと思い出しました。早く勇者として旅立たせてください!」

「まあまあ、ちゃんと考えているから。今度はでもする?」

「もう、勘弁してくださいよおおおお!」


 勇者として旅立てる日が本当に来るのだろうか。

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