第3話 口移し
次に目を覚ました時は先程の天井と一緒だった。違っていることがあるとすれば、口と鼻に薄緑色の何かが取り付けられていた。
なんだろう…?と疑問に思うが、先程と違いきちんと呼吸が出来ていることに
息を吸い、そのまま吐く。鼻と口に覆われている何かが白く曇り、そのまま数秒経つと元の色に戻った。
おそらく酸素マスクか何かだろう…と予想できたが、ならなぜ今酸素マスクを付けているのだろう…?
それに、ここはどこなのだろう。酸素マスクがあるのなら病院なのだろうが、なぜ病院にいて、酸素マスクを
周囲を見渡すように首を少しだけ左に動かせば窓があり、その窓からはたくさんの星と三日月が見えた。
(夜……)
正確な時間は分からないが、今は夜だった。何故かいつもより星が綺麗に見える。
確か昼前にあいつ―母親と言い合いになり、家を飛び出して、行くあてもなくフラフラと歩いていたら交差点を赤信号で渡るおじいちゃんを見つけて……その後…どうなったんだっけ?
「…起きましたか?体調は大丈夫?」
凛と透き通る様な声が耳に響いた。声がした方向に首をゆっくり動かすと、可愛らしい女性がいた。女性と言っても、俺と同じ位の歳だろうか?それにしては少し大人びている印象を受ける。彼女は白色のペプラスブラウスの上に亜麻色のカーディガンを羽織っており、黒のシフォンスカートを一流のモデルの様に着こなしていた。
「だっ……だ…」
誰ですか?と言いたかったが、口の筋肉が上手く動かせず、上手く声が出なかった上に、微かに出た言葉はご老人の声の様に
「声、掠れてますね。水、いりますか?」
机の上に置いてあったペットボトルの水を手に取り首を
肯定の仕草を見た彼女はペットボトルの蓋をパキッと開け、その中にストローを差し込み、口元まで持ってきてくれた。
そのまま飲んでもいいのだろうが、寝たままの体勢で飲んでも零すことなど容易に想像がつくので、少し手こずりながらも体を何とか起こして、酸素マスクを外しストローを
空気を吸う感じで吸えばいいのだが口に上手く力が入らず、ストローの半分まで水は吸えているが、あと一歩という所で吸えないでいた。
口からストローを外し、申し訳ないという気持ちを込めながら首を小さく横に振った。
「まだ水飲めませんね…」
彼女はそう呟くと目を伏せて唇に自分の人差し指を当て、何かを考えるようなポーズを取った。その真剣な表情は有無を言わせない迫力を
少しの間何かを考えていた様だが、何かを閃いたのか顔を上げた。
「その、水…飲みたい…ですよね?」
首を縦に振る。
「けど、ストローでは飲めませんよね?」
首を縦に振る。
「じゃあ…口移しなら…飲めます…よね?」
首を縦に振…れない!
反射的に縦に振ろうとしたが明らかに駄目な発言をした彼女にできる限りの速度で首を横にぶんぶんと振った。
「でも水分は摂らないと。大怪我してますし」
痛いところをついてきた。確かに全身がありえないほど痛いから何かしら怪我をしているとは思ったがかなり酷いらしい。これを持ち出されたら否定しずらくなる。左腕なんてピクリとも動かない。
「それに……1回してるから…」
(…は?)
今、なんて言った?1回してる?何を…?口移しを?どこで?そもそも彼女の名前すら知らないし、今初めて彼女と会ったはずだ。それなら彼女と口移しは出来るはずがなくて…彼女の言葉の意味が理解できず思考がショートしている中、彼女はストローをチューと吸い、口に水を含むと、ペットボトルを机に置いた。
ゆっくりと俺の顔と彼女の顔が近づいて―
ふわりと、どこかで嗅いだ事がある甘い匂いが
(この匂い…)
彼女の唇と俺の唇は重なり合うと、少量ずつではあるが、彼女の口の中の水が俺の口の中へと入ってきた。
優しく丁寧に俺の口へと口の中に含んでいた水を全て移した彼女は顔を真っ赤に染めて、少し目線を下げたまま口を開いた。
「その…まだ、いります…?」
顔を真っ赤に染めて恥ずかしがりながらも俺なんかのために尽くしてくれる彼女に見惚れながら俺はこくりと首を縦に振った。
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