占い師

金子ふみよ

第1話

 外回りの時だった。

 よく当たるという占い師が近くにいると、思い出してふらっと寄った。古い一軒家の二階で行われているとのことで、ガラス戸の玄関で助手なのか家族なのか20代くらいの女性に居間で待っているように伝えられた。悩み相談のつもりもなかったので帰ろうとすると、「まあまあそういわずに」と背中を押された。居間と紹介されたのだが、明らかに居間ではない。リフォームした納戸ではないかと思われる。炬燵がある。掛け布団がやたらに分厚い炬燵。誰もいなかった。炬燵に入って天井を見上げた。二階がある。人気の占いの家のはず。それなのに上から物音ひとつ、足音一つ聞こえてこない。変には思わなかった。さぞかし深いお悩みで外部に漏れないよう小声でしかも身動きせずに長時間、というのはありえなくはない。それが10分、15分と経った。やはり音はない。あるのは壁掛けの古い時計の秒針の音だけ。変に思えてきたのは他に誰もいないことではなく、他に誰も来ないということだった。ここは人気店のはず。予約もさぞかしたんまりあるはずで、飛び込みの身のほうが珍しい、いやあるいは迷惑なはずだ。だから、丁重に案内されたわが身の方が怪しまれるべき側なのだ。玄関にいた女性が障子戸を開けた。二階へ案内するという。やはり帰ると言おうとして、「まあ、そうおっしゃらずに」とにんまりと遮られた。仕方なくしたがった。黒い木の階段を上がると真正面に障子戸がある。部屋の奥から光が漏れてきている。そういえば、誰もおりてきてないじゃないか、催眠が解けたような焦る気持ちになって下りようとすると、階段の途中にあの女の人がこちらをじっと見上げていた。障子戸の前にも同じ女性がいる。中へ入るよう手を差し伸べている。もう一度振り向いた。やはり同じ女性が見え上げている。どうしようもなく障子戸を開けた。高級そうなテーブルが中央にあり、床の間を背負って座椅子が置かれている。その座椅子には誰も座っていなかった。それどころか部屋には誰もいない。占い師はどこにいるのか、部屋の中をきょろきょろとしていると、障子戸が閉じられた。同じ顔の女性が二人並んで立っていた。

「おかえりなさいませ、ご主人様」

 従者は恭しく頭を下げた。狐につままれたように黙ったままでいると、

「ご主人様のおっしゃったとおりの日時でございます」

 一人が言うと、

「お申し付け通りにご案内いたしました」

 もう一人が付け加えた。二人は笑んだ。なんという笑みだろう。してやったりといった具合ではない。嘲笑っているのでもない、冷ややかでもない。確かにうれしそうなのだが、どことなく高みから見下ろされているような感じがしないでもない。

 いや、それどころではない。彼女たちが何を言っているのか皆目わからない。一体彼女たちは何が言いたいのだろう。

「では呪いを解きましょう」

 二人が同時に頬に口づけをしてきた。瞬間である。光の道が過去から現在に至るまで克明に因果を見せつけた。一切を思い出した。

 女二人はまたしてもにっこりと笑った。今度は確かに言える。艶っぽく笑ったのだ。頬を赤らめて。その肩を、いや体を取り巻くように白く鮮やかに光るストールが揺らめいていた。いや、あれはストールではない。そうわかってしまった。

「ああ、楽しい。楽しくて仕方ありません。ご主人様」

「本当に、本当におっしゃったとおりになるなんて」

 二人はもはや悦に浸っているのも同然だった。それに対して恐怖も戦慄も、あるいは侮蔑も起こりえなかった。彼女たちと同じように愉悦が泉のごとく体の奥から湧いてきて仕方なかった。ああ、本当だ。本当にあの時に言ったとおりになっている。着ていたはずのスーツがもはやいつの間に和装になっていることにさえも疑心は起こらない。なぜなら、これが本来の姿なのだから。

「世俗はいかがでしたか」

「お勉強、さぞかしご不快になられましたでしょう」

 愉快そうにねぎらってくれるこの二人を不躾なとたしなめる気にはならない。ねぎらうべきは彼女たちの方だ。

「よくやってくれた。下準備ができたのは君らのおかげだ」

 この声はスーツを着ていたころの声ではない。響く低い声になっている。いやこれが本来の声だ。

「滅相もございません」

「もったいのうございます」

 二人は遠慮しながらも愉快そうでならない。

「さあ、始めるか」

 人気の占い師とはこれから始まる私のことだ。それは手段。世俗に下降してまでやる目的なんぞ一つしかない。

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占い師 金子ふみよ @fmy-knk_03_21

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