堕天
タノマヤ
信じる者はなんたら
「ねぇーいっしょに遊ぼー」
「人間が話しかけるな」
まさかこの発言が園児のものとは思わないだろう。
小学生なら喧嘩かな?
中学生ならお年頃かな?
高校生なら冗談かな?
なんて言えるが園児だと何と言うべきか、家庭が心配である。
そして私自身の話である。
こんなことを言い出したきっかけは物心が付いた頃。園児なので物心が付いた頃じゃなければ腹の中かとなってしまうので当然のことではあるがさておき、原因は父親にあるのだ。
私の父親は悪く言えば自己中心的で、良く言えばナルシスト。典型的な自分は大丈夫と言って事故に遭うタイプである。そして後でまさか自分が、なんて言っておいて次は大丈夫と学習しないような人だった。要は自己評価が高いのだ。
「この世に神がいるなら其れは俺だ」
なんて言ってしまえるような父親。
今になれば冗談半分に言ったのだと分かるが、当時の幼い私に親の言葉の真偽を疑えとは無茶な話である。特に父親は周りには慕われていたのもあって神だから慕われているのだろうと信じてしまった。
最近では酷い親を毒親なんて言うらしいが、私の父親はそう呼ぶべきか否か、少なくとも父親は優しかった。何しろ自己評価が高いものだから。
「お前は神である俺の子だから特別なのだ」
そう言われ続けて育ったので神の子、つまり自分も神なのだと思っても不思議ではないだろう。
幼稚園で「君は人間だよ」と教えて貰えたら何か違っただろうか。
小学校で「貴方は人間ですよ」と教えて貰えたら何か違っただろうか。
中学校で「お前は人間だぞ」と教えて貰えたら……。
おかげで私は神であるという自尊心と父親という最高神を信仰する立派な変人になってしまった。
どれほど変人かと言えば、人生において睡眠は三分の一を占めると聞いたので寝なければ三分の一も無駄が減ると思い眠らなかったので、目元は今でも消えないクマに覆われて、遠近を見る際に目を使い分ければ疲労と半分になると思い片目を閉じていたので、今でも左右の目は視力が違う。
そんな目つきをした人が、周りの人を哀れな人類だと見下しているのだ。少なくとも私は近づこうとは思わないし、私に近づいてくれた友人らには感謝してもし足りない。しかし後記の理由によって連絡すら取らなくなってしまった。
私の神としての生活に転機が訪れたのは中学校の三年生。受験の季節で皆が受験勉強に勤しんでいる頃。私は適当な高校にでも行って未来永劫に人類でも見守って居るのだろうと思っていた。
テスト期間が始まっても早く帰れる程度の認識で、いつもなら後ろの席へテスト用紙を回したら役目は終えたと問題すら見ずに眠っていたのだが、今回は期末なんたらで成績がどうのこうのと成体の人間が言っていたので久しぶりに解答してやろうと用紙を捲る。
「Xとは何だ、数学とは足したり引いたりと聞いたが、こいつはどこから来た?」
これまで神には関係の無いことだと放置していた勉学。基礎も知らないのに解き方なんて分かるはずも無い。
社会科や理科といった授業で聞き流した内容を書けば済む教科は点を取れたが、解かなければいけない数学と、そもそも問題文が読めない英語の成績は散々なものだった。
その結果、進路相談で学力の低い高校しか厳しいと言われて初めて、自分が神ではないかもしれないという疑問が生じた。
なぜなら神とは全知全能の存在だから、思い通りにならない事なんて無いはずで、今まで出来ないのではなくしないだけ。と誤魔化していたが進路という明確な他人との格差を前にして自分が全知全能の存在では無いと思い知らされてしまった。
詩的な表現で、モノクロだった世界が色付いて見えた。なんて言葉があるけれど。この時の私はまさに逆。
なんでも出来ると輝いて見えた世界の色が褪せて見えて、なんでも出来ると軽かった身体が重く伸し掛るような気がした。
いずれは最高神であらせられる父親の生涯と御言葉を綴った聖典を全人類に伝道せねば。と思っていたが、無力な一個人がどうして世界を変えられようか。
結局、高校は先生に絶対受かると言われた学歴が無くても入れるような所を選んだ。
「ここなら確実だけど……」
「じゃあそこで」
というように正確には選んだと言うより、はい、大丈夫です。はい、大丈夫です。と繰り返していたらそこに決まっていたという様な感じだった。
受験の為に慣れない土地へと行った時には階段から滑って転び、受験生に落ちたは禁句らしいのでこれは逆に縁起が良いとケラケラ笑っていたくらいには全てがどうでもよくなっていた。
思えばその頃からか、今までは欲しい物やしたい事が沢山あったはずなのに、欲しいものもしたい事も無くなった。
将来の夢はと聞かれたら不老不死だと答える。しかしそれを聞くと皆が真面目に答えろだとか冗談だと思ったりする。
自分が人間だということに気づいてからは、いずれ死んでしまうという恐怖で毎晩飛び起きては部屋の中を徘徊しているというのに。
学者にでもなって不老不死を研究しようかとも思ったが、不死とは素人でも分かるほどに無理難題なのだろう。
「偉人も罪人も等しく死ぬのなら何もしない方が楽」
私が悟った真理である。
「ここなら家から近いよ」
「じゃあそこで」
社会人となった私は、就職の際も高校受験の時ような流れを繰り返して、派遣会社に就職するも熱意なんてものは一切持ち合わせていないので契約更新して貰えず、次の派遣先は電車で数時間の後に送り迎えの車で数時間かかる工場しかない言われたので退職した。
少し愚痴らせて貰うと初めての就職だったこともあり当時はそんなものかと納得したが、今になって思い返せば改善案を出したのに、みんな我慢してるのだからいつまで不満が通る学生気分じゃ困る。っておかしくないか?
なので現在では無職で父親の介護をしている。書き忘れたが父親は私が小さい頃から白髪で母親は何人目かの妻らしく把握しているだけで異母兄弟が三人ほど居る。
そんな父親は確か二番目の妻との娘だったかが家を買う際に連帯保証人となり、その娘が病気か何かで死んでローンが残っていたとかで出差し押さえにより家を失ってからというもの一気に老け込んだ。
元気に動き回っていたのが今じゃ杖が無いとまともに歩くことも出来ずに認知症まで発症している。
病は気から。という言葉をこれ以上ないほど体現した様を見ると、絶対にストレスは貯めまいと誓ってしまうほどだ。
なのでどうか世の人類が気丈でありますように。
どうか世の自意識過剰な人が現実を思い知らされませんように。
堕天 タノマヤ @tanomaya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
コロナ体験談最新/鴉
★15 エッセイ・ノンフィクション 連載中 9話
日刊ネットDE小ネタ(不定期)最新/にゃべ♪
★66 エッセイ・ノンフィクション 連載中 2,171話
中日ドラゴンズへの独り言最新/浅倉 茉白
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 15話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます