第十九幕 吹雪―ファイスバトル―
「だん…な…さま?」
「ほほう。叶夜もやるのう。短時間で雪女を口説き落とすとは。」
「ちゃうねん二人とも。話聞いて。」
睦の爆弾発言に三者三様の反応を示す。
叶夜は何故か関西弁ぽくなりながらも良い訳しようとするが。
「か・な・や・君?」
「や、八重さん?顔が怖いよ顔が。」
般若も恐れるような顔をした八重が振り向くのを恐れて一歩でも動けば死ぬような感覚に襲われる叶夜。
そして八重は距離を詰めると胸倉を掴み激しく揺らす。
「人が!死ぬほど!心配!してたのに!よりにも!よって!目標を!口説く!なんて!どういう事よ!!」
「せ、説明するから一旦止め…うぇ気持ち悪い。」
叶夜の懇願が耳に入っていないのか揺らすのを止めない八重にストップを掛けたのは意外にも玉藻であった。
「まあそう言うでない。昔の元気な男子であるなら愛人の一人や二人作ってみるもんじゃろ。そうじゃろ愛人一号。」
「昔の常識を現代に持ってこないで!今は一夫多妻は禁じられているわよ!そもそもなんであなたが正妻面してるのよ!…じゃなくて!私を勝手に愛人にするの止めてくれる!!」
「なんじゃ?案外満更でもない顔をしとったではないか。」
「し・て・な・い・わ・よ!」
今度は玉藻に食って掛かる八重であるが赤くなった顔は怒りのためか、寒さのためか、それとも別の理由なのかは本人にも分からない事であった。
ちなみに叶夜は気持ち悪くなって吐くのを必死に我慢してるためそれに気づきはしなかった模様である。
玉藻に発言を撤回させようとさらに詰める八重であったが。
「「!!」」
突如飛んできた氷柱を見て八重と叶夜を尾で抱えた玉藻が大きく避ける。
「人をのけ者にして話を進めないでもらえますか?それと正妻は私で一夫多妻も愛人も認めません。」
睦は二人を睨みつつ何本もの氷柱を自分の周りに展開していた。
「その人は戦うような人ではありません。あなた達を倒せば旦那様は自由の身になれるのです。…少しでも思うところが有るのであらば今すぐ離れなさい。」
「っ!」
八重は痛いところを突かれた顔を思わずしてしまう。
どのような事情があるにしても一般人である叶夜を引きずり回しているのは事実であるのだから。
「一つ聞くが雪女。それは叶夜が望んだ事か?」
「っ!…。」
「なるほどのう。だったら離れる訳にはいかんのう。」
玉藻は未だ吐き気と戦っている叶夜を見つつそう言ってのける。
「他の誰がなんと言おうと決めるのは叶夜自身じゃ。お主が叶夜とどの様な関係じゃたとしても叶夜が言わん限りは我は離れん。」
「…言うに事を欠いて!そうやって追い詰めるつもりですか妖狐!」
「じゃとしても。会ってたかだか数時間のお主に言われる筋合いはなかろう?」
「有ります!だって彼は私を彼女にしたいと!つまり求婚した訳ですから一心同体も同じです!」
「「ん?」」
睦の発言に玉藻も静観していた八重も引っかかり思わず声を出す。
「…すまんが雪女。その詳細を語ってくれんか?」
「フ、いいでしょう。その狐耳をよく立てて聞きなさい!」
睦はその時あった事を多少乙女チックに(バレバレであったが)話を盛りつつ無駄に似ている叶夜のモノマネを含め語った。
そしてその話が終わった時には二人とも呆れかえっていた。
「ごめんなさい叶夜君。…大丈夫?背中擦ろうか?」
八重は今になって叶夜の心配をして。
玉藻に至っては肩を落として。
「なんじゃ。ただの痛い妖の妄言じゃったか。はぁ、折角叶夜が大人になったかと思うたのに。」
と本人を前にして言う始末であった。
「た、玉藻。それ言い過ぎ。あと何でそこでガッカリするのさ。」
とようやく喋れるくらいには回復した叶夜がツッコミを入れるがそれは少し遅かったようである。
「フフ。…フフフフフフフ!!」
そんな睦の声と共に一層吹雪がその猛威を振るいだす。
「そうですか。…そこまで私の恋を笑い物にしますか。」
「い、いや。私はそこまで言った覚えは…。」
八重が控えめに訂正するが睦にその言葉は通らない。
「少し脅すつもりでしたがそこまで言われてはこちらも勘弁なりません!ここで永遠の氷像にしてくれます!!」
そう言うと睦が光に包まれ徐々に大きくなっていく。
「っ!【怪機】になるのだったら!」
それを見た八重も陰陽機の札を取り出し法眼を呼び出す。
「ほれ。叶夜、早く触れんか。」
「ち、ちょっと待ってまだ少し気分が…。」
そう言う叶夜であったが玉藻は無理やり触れさせ【怪機】になるのであった。
吹雪く雪山において睦の【怪機】はまるで風景に溶け込むようであった。
雪女に代表的な白装束のような装甲がよりそう思わせていた。
【怪機】の時の専用武器なのか薙刀を構え法眼と玉藻に対峙している。
「…どうしても戦う事を止めない気ですか旦那様。傷つけたくはないのです。」
と本当に辛そうに叶夜に語り掛ける睦。
だが叶夜の答えは最初から決まっている。
「そう思ってくれるのは嬉しいよ、本当に。けどここで立ち止まる気は無いから。」
そう言って叶夜は妖術で刀を作り出すと構える。
八重も錫杖を構え何時でも戦闘に入れるようにする。
「…そうですか。…なれば最早言葉は無用!誑かす女狐と陰陽師を倒した後に説得させて頂きます!」
そう宣言すると睦は雪を蹴り上げまずは八重を標的にその薙刀を振るう。
だがその薙刀は法眼の錫杖によってガッチリと受け止められる。
「っ!」
「そう簡単にやられはしないわよ!」
火花出るような力比べが拮抗する中で叶夜は刀を睦に対して振るう。
「!!」
それに気づいた睦は上空に大きく跳躍したと同時に巨大な氷柱を八本作り出すと八重と玉藻に投げつける。
二人は迫り来る氷柱を薙ぎ払っていくがその間に睦は遠くに着地する。
そしてすぐさま雹が混じった吹雪を二人に浴びさせる。
八重も叶夜もそれを見て結界を張るが若干遅れた叶夜には肌に雹が掠る感覚がする。
「痛っ!」
そう思わず言う叶夜に思うところがあるのか一瞬であるが睦が反応する。
「いま!」
一瞬弱くなった吹雪を見逃さず八重は札を取り出し三枚の札を睦に投げつける。
「甘い!」
睦も対応して凍らせようとするが突如複雑な軌道を描いた札に動揺したのか三枚中二枚しか凍らせる事が出来なかった。
残る一枚が睦の装甲に触れると大きな爆発が起きる。
「きゃあ!!」
と同時に思わず吹雪を解除してしまう睦。
そしてその隙に叶夜は結界を解除して大きく飛び跳ね刀を構える。
「っ!」
それを薙刀で受け止めようとする睦であったが同時に八重が錫杖での攻撃をしようとしてくるのが見えた。
「…まだまだ!」
睦は分厚い氷の盾を二枚作り出し二人の攻撃を受け止める。
氷と言えど睦の妖力で作り出された氷は割れる事無く攻撃を弾き返す。
睦はその隙に攻撃をしようとするが弾き返されると同時に札を投げつけた為に近づけなかった。
叶夜が上手く八重の隣に着地するのを見てから睦は話し出す。
「…なるほど。確かに言うだけの実力はありますね。」
そう言うと睦は再び薙刀を構える。
(…思っていたより強い。叶夜君も戻って来たしここは撤退も視野に…。)
「言っておきますが結界は張り直しました。帰りたいのであれば私を倒す他ありませんよ。」
(っ!先手を打たれてた。…どう攻略すべきか。)
八重が内心悔しそうにして次の策を考えていると睦が先に動く。
「動きませんか。だったら此方から行かせて貰います。」
「「!!」」
睦はそう言うとまるで舞でも踊るかのような動きをしだす。
「させるか!!」
叶夜がそれを阻止しようと動くが何かに弾かれてしまう。
そして見る見るうちに吹雪の牢獄が二人を包む。
「っ!だったら!」
そう言って八重は札を取り出し四方八方に投げつけるが爆発する前に凍らされ不発に終わる。
「だったら妖術で!」
「止めといた方が良いと思うぞ叶夜。今出せる火力ではこれは突破できん。」
叶夜が妖術による突破を図るが玉藻に止められる。
そしてその間にも吹雪の牢獄は徐々に縮まっていく。
「まとめて氷漬けにするつもりじゃな。」
「分かってるわよそんな事!少しは案を出しなさい!他人事じゃないんだから!」
「案と言っても…。札も妖術も駄目ならどうすれば。」
「ほれそこは都合よく力が目覚めたりするもんじゃろ。人間やれば出来る、今すぐ他の尾も引き出してみい。」
「人間そう簡単に覚醒するか!!だから相談してるんだろうが!!」
そう言い合ってる間にも牢獄は徐々に法眼や玉藻に触れようとしていた。
「っ!本当に言い争う暇が無くなって来たわね。」
「一体どうすれば…ん?」
八重と叶夜が悩んでいると突如叶夜の頭の中で声が聞こえた。
それを聞いて叶夜の顔に笑みが乗り始める。
「もうそろそろ…ですかね。」
徐々に規模が小さくなっていく吹雪の牢獄を見つつ睦はそう呟いた。
九尾と言えど三尾までの力しか引き出せていない【怪機】と陰陽師一人ではあの牢獄は突破されない自信がある。
あとは氷漬けにした【怪機】から叶夜を引き釣り出せばいい。
玉藻前と陰陽師はほとぼりが冷めた頃にも解凍して外に放り出せば勝手に逃げて行くだろう。
「…。」
だというのに睦の心は晴れない。
恋心と怒りでここまでの事をしたが冷静になれば自分のやっている事が正しいかどうか分からなくなる。
元をただせば彼らが来たのは睦が人間を凍死寸前にまで追い込んだからである。
後悔はしていないが善か悪かと言えば確実に悪であろう事は理解していた。
だからこうして抵抗しているのもお門違いでは?
そんな思いが彼女を蝕む。
「…。」
それに叶夜の事も考えれば考えるほど分からなくなる。
戦ってみれば【怪機】を操る才能はあるのは見てとれる。
だが彼が何の力も無い一般人である事は間違いない。
守られる側の人間である事は言うまでもない。
だが理由はどうあれ彼は戦う事を選んだのだ。
それを否定する権利は誰にも無いのではないか?
そのような事をつい考える。
「…もう終わった事ですが。」
既に牢獄もかなり小さくなっている。
全てとはいかずとも半分ほどは氷漬けになっているだろうと結論づける睦。
あとは彼と暮らしていく内に分かるだろうと思っていると何処からか熱気が伝わって来る。
「?…まさか!?」
最初は分からないでいたがある考えが睦の中によぎり牢獄の方を見る。
すると吹雪の牢獄を突き破るように火炎の竜巻が現れる。
「そんな!?三尾の妖力でここまでの火力が出せるはずが!」
そう叫ぶ睦をよそにその竜巻の中から何かが炎を纏い何かが突進してくる。
「!!」
咄嗟に氷の盾を作るが炎によって溶かされ威力を殺すには至らずよろめいてしまう睦。
そこでようやくその正体が判明しだす。
「ハハ!ピンチに頼れる男!鎌鼬の栄介ここに参上だぜ!」
「っ!鎌鼬!」
内心しくじったと思う睦。
どちらの式神かは分からないがこれほど強力な妖を連れているとは思わなかったのである。
(鎌鼬が風を起こし火力を上げて脱出。随分と荒い手を!)
ともかく今はこの鎌鼬どうにかすべきだと判断した睦は栄介を凍らせようとするが。
「おっと!見惚れるのは分かるが俺にばっかり注目してていいのか。」
「!!」
睦がそれに反応して振り返れば牛の頭をした妖と馬の頭をした妖がこちらに武器を振るおうとしていた。
すでに盾を作るには間に合わないため薙刀で受ける睦であったが力の差は歴然であった。
「きゃあぁぁぁぁぁ!!」
防ぎきれずに悲鳴を上げながら遠くに飛ばされる睦を警戒するように三匹は囲う。
「栄介の【怪機】を呼び出せるようにして正解だったな。」
「ええ。とても、とても不本意だけどそう思うわ。」
「気が合うのう陰陽師。我もじゃ。」
「活躍したのにそれはねぇんじゃねえの!?龍宮寺の姉御と玉藻前!?」
そう言い合いながら近づいて来る二人を感じつつ睦はゆっくりと立ち上がる。
「終わりよ雪女。大人しくしなさい。」
「…ええ、終わりね。」
睦は小さくだが確かに己の敗北を認めるのであった。
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