怪機―九尾妖華伝― 改稿前
蒼色ノ狐
第一幕 遭遇―ナインテイル―
妖はどれほど遅く見ても平安時代には人々の暮らしに根付いていたであろう。
歴史さかのぼれば『古事記』『日本書紀』などといった文献にも妖の存在は書かれている。
古代神話においてはヤマタノオロチが、平安時代においては酒呑童子などが有名であろう。
更に江戸時代には浮世絵にも描かれその存在は揺るぎないものであっただろう。
しかし日本が近代化していくにつれその存在は薄れていく。
そして近代においてはその存在を信じる者はとても少なくなっていった。
ー妖怪は時代と共に消え去った。
妖の存在を信じていてもこの認識は強いであろう。
ー果たしてそれは真実か?
いや、妖は実際にいるのである。
ただし人間には見えない世界に、その姿を大きく変えて。
ー妖はあなたのすぐ傍にいるかも知れない。
二〇××年四月中旬木曜日の午後、私立縁真高等学校。
終礼を告げる音が鳴り響き周りにいた学生たちは帰り始めたり部活に向かったりしている。
高校一年生である彼ら彼女らも入学してから数日が経ちその初々しさも段々と薄くなってきたようである。
皆が居なくなった教室で一人の男子学生が窓を見つめていた。
その少年に別の教室からやって来た学生が声を掛ける。
「おーい!叶夜(かなや)!授業終わったぞ!」
「…ああ、信二(しんじ)。いつもサンキュ。」
窓を眺めていた少年の名は朧 叶夜、声を掛けたのは佐藤 信二。
二人は中学時代からの付き合いであり何処か抜けている叶夜を信二は放っておく事ができないでいた。
「なんだ今日も外見ていたのか?飽きねぇな。」
「…いいだろ別に。」
「これでテストが常に平均点は取るんだから不思議だよな。」
その信二の言葉を無視しながら叶夜は帰り支度を終え教室の外に出ようとする。
そんな叶夜の反応も予想内なのか信二は気にしてない様に横に並ぶ。
「そんでお前何か部活決めたか?」
「特に…というか部活は強制じゃないだろ。」
中学とは違い高校では部活は強制でない場合が多い。
この縁真高でも帰宅部は許されていた。
「いや~、折角の高校デビューなんだからお前も青春を味わうのもいいんじゃないかと心配になってな。」
「…お前は俺の親父かよ。」
ハハと笑い流し二人は階段を降りていく。
「親父と言えばお前んトコのオヤジさん海外に単身赴任なんだよな?」
「ああ、今はA国にいるはずだけど。連絡も少ないから今何してるか知らないけど。」
「しかしお前も大変だよな。お袋さんは早くに死んで父親も海外なんだから。」
「…まあな。」
叶夜は母親の顔を覚えてはいない、三歳の頃に交通事故で亡くなったからだ。
父親も仕事人間でそれなりに心配して貰ってはいるが叶夜を放任している。
「ま、俺より大変な奴なんて世の中には一杯いるからな。不満なんて言えないさ。」
昔から放任だった為かそういった面では叶夜は達観していた。
フーンと感心なのかどうなのか分からない返事を信二は返した。
「っと、脱線したけどよ。お前も何か部活してもいいんじゃねえの?入りたい部活が無ければ作ってもいいしな。例えば…妖怪同好会とか。」
「…何で妖怪同好会なんだよ。」
「だってお前妖怪詳しいじゃんか。」
「ちょっと調べたりしてるだけだよ。別にそこまで興味があるわけじゃ無い。」
確かに叶夜は妖怪に対してそれなりに詳しいと自分でも思っている。
しかしあくまでもそれなりなのだ。
まして同好会や部活にしようなんて考えは叶夜には無かった。
だが信二は下駄箱に着き靴を履き替える間にもこの話題を変えようとしなかった。
「けどよ、どうせなら興味が少しでもあるヤツがいいんじゃねえの?今なら俺もメンツに入ってやるからさ。」
「それより何より入る気が無いんだって。勿論作る気もな。気持ちだけ貰っとくよ。」
その様な話を二人でしていると女子の黄色い声がグラウンドに轟いていた。
二人が様子を遠目で見るとサッカー部の練習試合の観戦をしてるようであった。
一人の選手が鮮やかに相手選手を躱していきゴールを決めていた。
「ああ高梨の奴か、人気もんだなアイツ。」
「そりゃそうだろ。頭良くて運動神経抜群で顔も良い、女子が群がらない訳が無いよな。」
高梨とは叶夜と同じクラスの人気者である。
だが高梨と叶夜はそれ以外に接点は無い。
互いにとって関係の無いどうでもいい人である。
「…行くぞ、信二。」
「ああ、けど良いよな~。俺もあんな風にモテたいもんだぜ。」
「だったら俺の世話辞めて彼女作りに精を出すだな。」
「ハハ、それが出来たら苦労しないぜ。」
「…ハァ。」
学校に植えられた桜の並木道を通りながら二人は会話を続けていく。
余談ではあるがこの二人の仲を邪推する者が学内にそれなりに存在しており秘密裏に行われたカップリング調査で今順位をグングン伸ばしている。
二人はこの事をまだ知らないがそれを知るのもそう遠い日ではないであろう。
並んで校門を出る二人であるがそこで叶夜は普段とは別の方向に向かおうとする。
「ん?どした?」
「いや、今日こっち側のスーパーで卵が安いらしくてな。偶には行ってみようかと。」
「そうか、じゃまたな。」
「おう。」
そう言って二人は別れる。
また今日と同じような日が続くと信じて疑わず。
だが残念な事に朧 叶夜の平穏はこの日を境に消え去るのであった。
「卵、思ったより安く買えたな。」
そう独り言を言いながら叶夜は自宅への帰路を歩いていた。
その時の気分は叶夜にしてはいい方であった。
卵だけでなく幾つかの野菜も安く買えた為である。
肉系統はすでに別の店で購入済みなので今日の叶夜の晩御飯メニューの候補は無限大である。
「そうだ、久しぶりにカツ丼でも作るかな。」
そう口にしながら角を曲がった時であった。
不意に世界が切り替わったような気がした。
「ウッ!?」
視界が歪み酷い耳鳴りが叶夜を襲い吐き気を催した。
買い物袋を思わず落としてしまうがその様なことを気にしている余裕は無かった。
耳鳴りが止み吐き気が収まり始め視界は通常になり始めたが叶夜は目の前の現状が信じられずにいた。
「…なんだよ、これ?」
叶夜が時間を確認した時午後の五時半ほどであった。
冬でもない限りはまだ明るい時間帯である。
なのに周りは真夜中のように黒一色、だというのにやけに建物の輪郭などがハッキリとしており色も判別出来る。
異常はそれだけでは無い、音が全くなく人の気配も無いのである。
普通車など走り人の話し声も聞こえるはずで所によったら晩御飯の支度をしているであろう。
だというのにそれらの気配がまるで無くまるで世界で人間が一人きりのような気分に叶夜はなった。
「って、そんな訳があるわけが…。」
「「あるんだよな~これが!!」」
不意に後ろから声が聞こえ後ろを振り向く叶夜。
そこには春だというのに長いコートで身を包んだ男が立っていた。
(さっき確認した時は居なかったのに!)
「…えぇと、どちら様でしょうか?」
驚きつつも少しずつ距離を取りながら相手に探りを入れる。
可能性は低いだろうが相手がただの変質者である事も考慮しながら何時でも走れるようにする。
「ハハハ!どちら様と言われたら答えてやるのが筋ってもんだな兄者!」
「そうだな弟者!」
「「見て驚くといい!この素晴らしい体を見て驚き叫ぶといい!!」」
謎の男はコートを一気に脱ぎ去る。
そこにいたのは明らかに人間では無かった。
異様に手が長いが足の短い生物を異様に足が長く手が短い生物が肩車している。
この明らかに異様な生物の名を叶夜は一つ思いつくものがあった。
「あ、足長…手長…?」
足長手長、江戸時代に現れた手の長い手長人と足の長い足長人という妖怪の総称。
その様なぐらいの事しか叶夜には分からなかったが目の前に存在している生物は正に叶夜の知っている足長手長そのものであった。
「ハハハ聴いたか兄者!!こいつ俺たちの名を言ったぞ!!」
「ハハハ聴いたぞ弟者!!俺たちも有名になったものだな!!」
「「そう俺たちが足長手長様だ!!…アレ?」」
二匹が気を良くして喋っている間に叶夜は向こう側に走り去ろうとしていた。
「ハハハ見たか兄者!!あいつ俺たちが名乗っている間に逃げようとしているぞ!!」
「ハハハ見てるぞ弟者!!これはキツイお仕置きが必要だな。」
「「ま、逃げなくても
「ハァ…ハァ…!!」
叶夜は全力を使ってその場から去ろうとしていた。
なぜこんな所に自分はいるのか?本物の妖怪なのか?何よりここは何処なのか?
それら全ての答えを奴らは知っていただろうが叶夜は逃げる事を選択した。
ーあのままいれば奴らに殺される。
そう直感が告げていた。
その勘は的中しており逃げるという選択も間違いでは無い。
ただ不幸な事に妖怪は人間が知らない内に進化していたという事である。
「ハァ…ハァ…ん?後ろから影が伸びて…は?」
影の正体を見ようと叶夜は走りながら後ろを向き思考が停止する。
その際に足が止まらなかったのは不幸中の幸いと言えた。
そこに居た、いやそびえ立っていたのは間違いなくロボットであった。
それも先ほどの足長手長を模したようなデザインの巨大なロボットである。
「「ハハハ!!驚いたか人間!!幸運だぞ!!この足長手長コンビの【鉄ノ器】を見る事が出来たのだからな!!」」
「っ!(鉄ノ器って何だよ一体!?)」
そう思いながらも叶夜はただひたすら走り続ける。
足に響く巨大な振動を感じながらただ真っ直ぐガムシャラに。
「ハハハ!!そろそろいいのではないか兄者!!」
「ハハハ!!まだまだだ弟者!!もっともっと疲れさせよう!!」
「「逃げろ逃げろ人間!!止まったら喰われるぞ!!」」
(クソッ!!遊んでやがる!!)
酸欠で走り続けながらでも叶夜は気づいていた。
あの巨大ロボの長い腕をもってすれば叶夜を捕まえる事など簡単である事を。
(…死ぬのか?こんな訳の分からない所で!?)
この事実に知らず知らずの内に涙が溢れて来ている。
それを拭う余裕もなく叶夜はひたすら走り続ける。
死にたくない。
その一心で走り続ける叶夜であったが体はもう限界を迎えようとしていた。
(もう…無理…ちくしょう。)
徐々にペースが遅くなり叶夜の頭の中に諦めが過った時であった。
(こっちじゃ。)
不意に右側からその様な声が聞こえた気がした。
ちょうどこの先には十字路で右に曲がれる。
考える暇は無くまたそんな余裕もなかった。
だから叶夜はこの声を信じる事にした。
幻聴でも何でも良い、それで生き残れるのならばと。
残った力を絞り出し全速力で十字路を右に曲がる。
「ま、不味いぞ兄者!!」
「そ、そうだな弟者!!」
「「に、人間!!そっちには行くな!!」」
足長手長が急に何かに慌てたように叶夜に手を伸ばす。
叶夜の進路の前には古い神社がそこだけ世界が切り抜かれたようにあった。
全力で叶夜はその神社に向けて走る。
「「と、止まれ!!」」
足長手長が叫ぶが時すでに遅し。
叶夜が神社の鳥居を潜った瞬間、その姿はこの世界からも消えるのであった。
叶夜は鳥居に潜った瞬間、足が縺れ盛大に転ぶ。
だが最早疲れ切ってどこが痛いのかも分からなかった。
天を見上げて大きく息を吸う。
久しぶりに肺に空気が入っていき呼吸が徐々に落ち着いてゆく。
どれほどの時が経ったかは叶夜には分からないがようやく呼吸が落ち着き始めると足長手長とは違う声が掛けられる。
「フン、入って来て挨拶も無しか。無礼であるな人間。」
それはこちらを邪険にするような物言いであったがとても美しく澄んだ声であった。
叶夜は声がした方に顔を向けるとそのまま固まってしまう。
恐怖で固まった訳では無いただ目に入った存在が美しかったのである。
それは透き通るような白い毛をした九本の尾をもった先ほどのロボットにも引けを取らない巨大な狐であった。
「九尾の…狐?」
「なんじゃ、少しは物を知っておる様じゃな人間。」
この出会いがお互いの運命を変える事をまだ二人はまだ知らない。
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